(第19話)聖女の後悔~ルーラ目線~
自分が聖女だなんて想像したこともなかった。
病気で『もう長くない』と言われてしまったお父様をなんとか助けたくて必死で手を握って回復を祈っただけなのに、お父様の体が急に光に包まれたと思ったら全快していた。
そこからはあっという間で、訳も分からないまま私は『聖女』と呼ばれ、ガーデンパーティー以来初めて王宮に招待されたと思ったらそのままフレディ様の寝室に連れていかれた。
ええっ? 国王陛下なんて初めて話すし、祈り方なんて知らないし、と大混乱したけど、怖いおばさん先生に習ったマナーを必死で思い出しながら国王陛下に挨拶をして、とりあえずお父様の時と同じようにフレディ様の手を握って祈った。
そしたらお父様の時と同じことが起こってほっとしたし、王子様であるフレディ様が、キラキラした目で私を見つめてくれた。
その日からずっと夢みたいだった。
フレディ様は、信じられないことに侯爵令嬢であるデイジー様との婚約を解消してまでも私を選んでくれた。
子爵令嬢の私が、身分が低いからという理由だけで意地悪な女の子に暴力を振るわれて泣くことしか出来なかった私が、第一王子の婚約者になったの! 私は浮かれて舞い上がった。
相手がライアン様だったらもっと嬉しかったのにって少しだけ思ったけど、ライアン様は私が聖女に選ばれてからもその冷たい態度を少しも変えてくれなかった。
でも、フレディ様だってとっても素敵だし、それに何よりも私を選んでくれたから。だから私はフレディ様を好きになったの!
侯爵令嬢であるデイジー様が他の子達みたいに、皆の前で身分の低い私にフレディ様をとられたことを怒ってくれたら、身分よりも大切なものはあるって皆に分かってもらえるかなって思ったけど、デイジー様は私に対して悔しい顔を見せることも、怒りを向けることもなかった。
だけどいいの。私がフレディ様に選ばれた事実は変わらないもの。
フレディ様は私のすることを何でも肯定してくれた。だから私は私の好きなように振る舞っていいんだよね? デイジー様に祈りを捧げる時もフレディ様が隣にいてくれてとっても心強かった。そんな私は、お父様を助けたいと、フレディ様に目を覚ましてほしいと、必死で祈った時のことなんてすっかり忘れてしまっていた。
★☆★
「ルーラ。父上からは、学園卒業後に僕と結婚をして国中を癒す旅に出ることを宣言されると思うけど、断ってほしい」
業務が忙しいみたいで学園に来ていないフレディ様から王宮の執務室に呼び出された私は、唐突にそんなことを言われた。
たしかに聖女として国王陛下から数日後に呼び出しを受けていたけれど、国王陛下から通達されるはずのその内容をそれより前にフレディ様から聞いてしまっていいのかな? それに……。
「国王陛下からの宣言を断ることなんて出来るんですか?」
「ルーラは聖女なんだから、ルーラが拒否すれば父上だって無理強い出来ないはずだ!」
そうなの? そういうものなの? でも、どうして断らないといけないの?
考えることはあまり得意ではないけど、目をパチパチさせながら一生懸命考えてみた。
聖女はこの国に私しかいないから、私が助けてあげないと死んじゃう人もたくさんいるんでしょう?
だったら私が国中を回って困っている人を助けるのは当然なんじゃない?
馬車での移動は大変かもしれないけど、きっとたどり着いた町とか村では『聖女様ありがとう』って大歓迎されてちやほやされるだろうし。私は身分なんかで意地悪したり殴ったりなんて酷いことはしないから平民とだって仲良く出来るしね。
それにフレディ様と結婚して一緒に旅をするなら、長い新婚旅行みたいで楽しいんじゃないかしら?
「私は、聖女として国中を旅して病気の人を治したいです!」
フレディ様が『可愛い』と言ってくれた最高の笑顔で、聖女らしく私は言った。
なのにフレディ様は、今まで見たこともない険しい顔を私に向けた。
「僕は嫌だ!」
はっ?
「僕は王太子になるために生まれてきた人間なんだ!」
はぁ……?
「……ルーラ。ジェイクのことはどう思う?」
「ジェイク様ですか? どうって……」
「ルーラはジェイクと結婚する方が上手くいくと思うんだ」
「はっ?」
「それで僕がデイジーと再度婚約すれば何もかも元通りだ」
「はぁ……?」
「ルーラ。聖女からの願いとして国王陛下に嘆願してくれないか? どうか僕との婚約を解消してジェイクと婚約をさせてほしいと」
えっ? この人は何を言っているの? えっ? 自分で言えば? えっ? もしかして自分で言ってみて駄目だったから私に言わせようとしてるの? えっ? 待って、私でも分かるくらいおかしいことだよね? この人何真顔で言ってるの? えっ? なんで私がジェイク様と婚約するの? えっ? なんで? フレディ様が私を選んだよね? フレディ様が私を望んだから私はフレディ様と婚約をしたのになんで今からジェイク様と婚約するの? えっ? なんで?
私は、混乱したまま婚約者であるフレディ様の顔を見つめた。
初めて見た時とは違って、その瞳は少しもキラキラしていなかった。
「フレディ様と私の婚約が解消出来ないことくらい私でも分かりますよ」
だってデイジー様との婚約を解消までして、あんなに大々的にパーティーで宣言したじゃない。
「それにデイジー様はすでにライアン様と婚約してますよね?」
私だって知っているただの事実を言っただけなのに、フレディ様はその顔をぐにゃりと歪ませた。
『私を選んでくれたから』という理由でフレディ様と婚約をした私は、『王太子になりたい』という私には理解出来ない理由でフレディ様に見捨てられた。
フレディ様に、婚約者に裏切られて、自分に同じことが起こって、初めて分かったの。
今まで理解出来なかったことがやっと理解出来た気がするの。
どうしてライアン様が私を視野に入れてくれなかったのか。
どうして意地悪な女の子達が私にあんなに怒ったのか。
どうしてせっかく出来た女友達が私の側から離れて行ったのか。
どうして私に近づいてくる男の子達がいなくなってしまったのか。
どうして婚約を解消してまで私を選んでくれる男の子がいなかったのか。
遊び感覚で私が壊したものは、とってもとても大切なものだったんだ。
婚約者に裏切られた女の子達は今でも婚約を続けている。私のせいで婚約を解消されたのはデイジー様だけだ。
だけど……婚約を解消していない女の子達だって、たった一回だけだとしても……一度裏切られたという事実は決して消えない。
私のせいで壊れた絆や信頼はきっともう戻らないんだ。私が壊したものはきっととっても大きすぎたんだ。
それに今までにないくらい贅沢をさせてくれて目一杯甘やかしてくれるフレディ様に浮かれきった私は、デイジー様を側妃にすると言ったフレディ様に賛同した。私が許せなかったのはあの意地悪な女の子で、デイジー様に意地悪をされたことなんて一回もなかったのに。
だからもしかして私がフレディ様に裏切られたことは因果応報なのかな。
私とフレディ様もきっとこのまま結婚しなくちゃいけないけど、一度裏切られた私がフレディ様を心から好きだと思えることはきっともう一生ない。
私が婚約者のいる男の子達と仲良くならなければ、謝っているふりをしながら相手の女の子達を挑発して怒らせたりなんてしなければ、もっと自分自身を見つめてくれる人をちゃんと誠実に選んでいれば。
そうすれば『私のために婚約を解消してくれたから』なんていう理由で、フレディ様と婚約をすることはなかったかもしれないのに。
これからの長い人生を、フレディ様と夫婦として生きていかなければいけないという現実に絶望した。