(第18話)聖女の初恋~ルーラ目線~
「ライアン様とデイジー様が婚約した」
その話を聞いた時、衝撃で眩暈がした。
どうして? どうしてデイジー様が? ライアン様は私の初恋の人なのに。
私がライアン様に初めて出会ったのは、十歳の時だった。
フレディ様とデイジー様の婚約パーティーは王国中の貴族が招待された大規模なもので、そのとても良く晴れた日のガーデンパーティーで、私はライアン様に一目惚れした。王子様のフレディ様はもちろんかっこよかったけど、ライアン様には敵わないって思っちゃった!
何あの人! すっごくカッコイイ! でももうたくさんの女の子に囲まれてる! でも囲んでる女の子達の中には私より可愛い子なんていないわ! いつもお父様や皆から『可愛い』って言われてる私が話しかけたらすぐに私だけを見てくれるはずよね!
そう思って自信満々に他の女の子達を押しのけてカッコイイ男の子の前まで進んでいった。私が押しのけたせいで女の子が一人転んでいたけれど、私には彼のことしか見えていなかった。
「私、ルーラっていうの! 貴方の名前は?」
とびっきりの笑顔で話しかけたけれど、信じられないことにそのカッコイイ男の子は私を無視した。
「イライザ。大丈夫か?」
私がさっき転ばせた女の子のところに向かって、その子を連れてどこかに行ってしまった。
なんで? なんで? なんで? その子よりも私の方がずっとずぅっと可愛いのに!
そんな風に思ってむくれている間に、私より可愛くない女の子達に囲まれていた。
「貴女、今までのお茶会等ではお見かけしたことがありませんけど、どこの令嬢ですの?」
「えっ? 突然なに? 私はオズ子爵家のルーラよ!」
「まぁ! 子爵家ですって! 貴女、たかが子爵令嬢にすぎないのに私達を押しのけて、公爵子息のライアン様に礼儀知らずにも話しかけたなんて信じられませんわ!」
「私はただあのカッコイイ人とお話ししたかっただけなのに! どうして貴女にそんなこと言われないといけないの!」
意地悪そうな女の子に負けないように私は言い返した。そしたら信じられないことにその子はいきなり私の頬をぶった。
「たかが子爵令嬢にすぎないくせに立場を弁えなさい! ましてや貴女が転ばせた相手はライアン様の妹のイライザ様ですのよ!」
ぶたれたのなんて初めてで、私はその場で大泣きした。
そして慌ててやって来たお父様とお母様に無理矢理お屋敷に連れて帰られた。
「高位貴族の令嬢達に暴行したうえに、倒れたイライザ様を無視するだなんてどういうつもりだ! おめでたい席だからとサマセット公爵が大目にみてくださらなかったら一体どうなっていたか!」
いつもは優しくて私のことを可愛い、可愛いって言って何でも褒めてくれるお父様が、目玉が飛び出しそうなほど興奮して真っ赤な顔で怒鳴ってくるので、私はまた泣いてしまった。
「私、悪くないもん。それに私だって意地悪な子に叩かれたもん」
「彼女にも感謝しなさい。伯爵令嬢である彼女が先にルーラに制裁してくれたから、子ども同士のいざこざということで済んだのよ」
お母様は諭すように言ったけど、意味わかんない。
どうして叩かれた私があんな子に感謝しないといけないの? 私の方がずっと可愛いのに! たかが子爵令嬢にすぎないだなんて、身分だけで意地悪されて絶対に許せない!
その日からただひたすら私に甘かったお父様とお母様は信じられないくらい厳しくなった。
優しかったマナーの先生も厳しいおばさんに変わって、私は徹底的にマナーと教養を学ばされた。
そしてお父様とお母様は学園に入学するまで私を社交の場に出してはくれなかった。
色々と学ぶ中で、私があのガーデンパーティーでしたことがマナー違反だったことは理解したけど、でも身分が低いからってだけで一方的に私を叩いたあの意地悪な女の子のことはずっと許せなかった。
学園に入学してからは毎日が楽しかった。きちんと身に付けたマナーと教養のおかげで友達も出来たし、男の子達は皆私のことを『可愛い』と言ってちやほやしてくれた。
そんな時にあの時の意地悪な女の子を見つけた。
伯爵令嬢のあの子には、伯爵子息の婚約者がいた。私は、彼に近づいてすぐに仲良くなった。婚約者であるあの子を邪険に扱って私を優先させるくらいにね。
「私の婚約者に近づかないでくださいませ!」
あの子が昔と変わらない意地悪な顔で言ってきた時、私は出来る限り申し訳なさそうな顔をして言った。あのガーデンパーティーであの子が私に言ったことを私は忘れてなんかあげないんだから。
「私にもどうして彼が、たかが子爵令嬢にすぎない私を、伯爵令嬢である貴女よりも、優先してくれるのか分からなくて……。だって、私なんてたかが子爵令嬢にすぎないのに」
その瞬間のあの子の悔しそうな顔。その顔を見た時に、たまらなく嬉しかった。私は過去のあの子に勝ったんだ。爵位しかとりえがないくせに私に意地悪をするからだよ。思わず笑ってしまった私の顔を見てその子は怒りを露わにした。
「どうして貴女なんかが!」
また叩かれる! そう思ったけれどあの子の婚約者である彼が私を庇ってくれた。そして、あの子をとても強い口調で罵ってくれた。あの子は涙目になって去っていった。彼は私をベンチに座らせてくれて『大丈夫?』ってずっと心配してくれた。
すっごく気分が良かった。やっぱり爵位よりも大切なものはあるんだ!
だけど、彼は婚約者であるあの子よりも私を庇ったことを両親にとてつもなく咎められたみたいで、それ以来私と距離を置くようになった。
それにその出来事を聞いた女友達が私から離れていった。
なんで? 私は何も悪くないのに! 私にはなぜ彼女達が私から離れていったのか全然分からなかった。
友達がいなくなって寂しかったから、『可愛いね』って言って話しかけてくれた男の子達と仲良くなった。でもその男の子達には婚約者がいて、その婚約者の女の子達は皆あの子と同じように意地悪そうな顔をして私を呼び出した。
意地悪そうな子に意地悪を言われるたびに、私はあの時と同じように申し訳なさそうに謝ることを繰り返した。そのたびに私より身分が上の彼女達は面白いくらいに同じ反応をしてくれた。悔しそうに顔を歪めて、私に怒るの。だけどそのたびに面白いくらい同じように彼女達の婚約者達は身分が低い私の方を庇ってくれた。
いつの間にか私にとってそれは楽しい遊びのような感覚になった。
意地悪な女の子達が悔しそうな顔をするたびに、婚約者の男の子達が私を庇ってくれるたびに、身分よりも大切なものがあるって証明出来た様で嬉しかったの。
頑張ってライアン様にも近づこうとしたけれど、ライアン様は私を視界にも入れてくれなかった。せめて生徒会に入れたらって思ったけど子爵令嬢の私には無理だった。
いつもライアン様と一緒にいられるデイジー様とベッキー様が憎かった。
だけどさすがにデイジー様の婚約者は第一王子だから手が出せなかったし、ベッキー様はそもそも婚約していなかったので、どうしようも出来なかった。
ライアン様のことはさすがに諦めて私も婚約者を探そうと思ったけど、なぜだか私のことが学園で噂になっているらしく私に近づいてくるまともな男の子はいなくなってしまっていた。
仲良くなった男の子達も、婚約者との婚約を解消してまで私を選んでくれる人はいなかった。
そう。私のために婚約の解消までしてくれたのは、フレディ様たった一人だったの。