(第14話)デイジー様の帰ってきた生徒会~ベッキー目線~
「デイジー様が登校されている」
デイジー様とクラスの違う私の許にまでその話はすぐに流れてきた。
デイジー様が一週間前に目覚められたことはすでに学園でも噂になっていたので知っていた。本当はすぐにでもお見舞いに行きたかったけれど、きっとまだ体調が万全ではないだろうと控えていたので、思いがけなく早い復学に心が弾んだ。
授業が終わって、はしたないとは思いつつも少しだけ駆け足で私は生徒会室に向かった。
さすがに初日から生徒会室に顔を出すことはないかもしれないけど、デイジー様ならいらっしゃるかもしれないわ! そんな期待に胸を弾ませた。
けれど、途中で中庭に人集りが出来ているのを見て足を止めた。教室からカフェや正門への移動のためには中庭に繋がる廊下を通る構造になっていて、中庭には噴水やベンチもあることから休憩時間等にはいつも人がたくさんいるけど、それでも人集りになっているのは珍しいわ……。
「何かあったの?」
人集りの中に同じクラスの友人がいたので、聞いてみたら返ってきたのはため息を吐きたくなるような回答だった。
「それが……礼儀を弁えない優位に立ちたい令嬢がデイジー様に絡んでいるようなの……」
あの女、病み上がりのデイジー様にありえない! 許せない気持ちで友人の視線の先を辿ると、人集りの中央にルーラ様とデイジー様がいらっしゃった。
「デイジー様! 私、やっぱりデイジー様にどうしても謝りたいのです! デイジー様がお休みされていたのは、フレディ様がデイジー様ではなく私なんかを選んだショックなんですよね? たかが子爵令嬢にすぎない私のせいでデイジー様が病まれてしまっただなんて本当に申し訳なくて……」
「ルーラ様。以前も申し上げましたが、私はルーラ様に対して何も思っておりません」
二ヶ月ぶりに見た目覚めているデイジー様は、とても昏睡状態だったとは思えないほど、以前と何も変わず美しかった。
「何も思ってないだなんて嘘です! デイジー様は、たかが子爵令嬢にすぎない私が聖女となってフレディ様に寵愛されていることを怒っていらっしゃいますよね?」
その言葉とは裏腹に勝ち誇ったような顔をしているルーラ様に対して、デイジー様は少しも動じなかった。
「どうしてフレディ殿下がルーラ様を寵愛したからといって私が怒るのですか? それにルーラ様は聖女として侯爵家までご足労いただき、眠る私に祈りをささげてくださったと伺いました。むしろ感謝をしております」
デイジー様の言葉にルーラ様は初めて表情を歪めた。ルーラ様が祈ってもデイジー様が目覚めなかったことはきっと学園の全員が知っている。
「わっ、私はまだ聖女の力に目覚めて間もないんです! だから効果が出るまで少し時間がかかってしまったかもしれませんが、デイジー様が目覚めたのは私の力のおかげです!」
すぐに表情を戻して、自分のおかげだと堂々と言い切るところは思わず感心してしまった。……さすが優位に立ちたい令嬢……。
「ええ。ルーラ様のおかげです。本当にありがとうございました。フレディ殿下にお祈りをする際は跪いて手を握っておられたのできっとすぐに祈りが届いたのでしょう。私の時は立ったまま祈りを捧げてくださったと伺いましたので、きっと祈りが届くまでに時間がかかったのではないでしょうか」
デイジー様のその言葉に、集まっていた生徒達は騒めいた。
「まさかフレディ殿下とデイジー様に対する祈り方が違ったということ?」
「やはりわざとデイジー様の時は雑に祈ったのでは……」
「侯爵令嬢であるデイジー様を立ったまま祈っただなんて……」
周囲の反応にルーラ様は、真っ青になっていた。
「ちっ、違います! 私が精一杯祈ったことはフレディ様が知っています! そのことは王妃様の前でも言ってくれました! フレディ様が私を守ってくれます!」
必死で言うルーラ様に対する周囲からの視線は冷たいままだった。
「フレディ殿下が婚約者であるルーラ様をお守りするのは当然のことです。私がルーラ様に対して怒ることなど何もございません」
デイジー様はきっぱりとルーラ様に告げた。その凛とした態度に、先ほどまで騒いでいた野次馬達も思わず見惚れてしまうほどだった。
「デイジー様! 先ほどはとても素敵でした!」
デイジー様を追いかけて生徒会室に飛び込んだ私は、興奮したままデイジー様に思いを告げた。
「ベッキー様。まずは他に言うことがあるだろう?」
私のあまりの勢いに目を丸くしたデイジー様の横にいたライアン様が、呆れたように言った。
「あっ! そうですよね! 大変失礼しました。デイジー様、ご快復おめでとうございます! お元気そうで安心しました。体調はもう大丈夫でしょうか?」
「ベッキー様。ありがとう。体調はとても良いの。ライアン様とベッキー様が何度もお見舞いに来てくださったと侍女から聞いているわ。本当にありがとう」
二か月前と少しも変わらない美しい笑顔に、私も思わず笑顔になった。
「目が覚めた時、フリージアの花束が目に飛び込んできました。本当にありがとうございます」
ライアン様に向かってそう言ったデイジー様の頬はほんのりと赤らんでいた。デイジー様のこんなに照れたようなお顔は初めて見たわ。
そんなデイジー様の顔を見て、ライアン様は真っ赤になっていた。
……これってかなり良い感じなのでは? 私はそんな二人の様子を見てニヤニヤが抑えられなかった。
「私がお休みしている間、生徒会の仕事の件でお二人にはご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
デイジー様は申し訳なさそうに頭を下げた。ライアン様はともかく爵位が下の私に頭を下げるだなんて! 私は慌ててしまった。
「そんなことは全く問題ないです! 以前も言いましたけれど、デイジー様はもっと私達を頼ってください!」
「ベッキー様。ありがとう」
デイジー様の花が咲くような笑顔をまた見ることが出来て本当に幸せ。
「ベッキー様の言う通りデイジー様はもっと僕達に頼ってほしい。それに生徒会長の決裁が必要なものについてもフレディ殿下が週に一回程度まとめて決裁をしているから問題ないよ。もっとも殿下は書類の内容なんて見てはいないようだけれどね」
「いらっしゃってすごい勢いで書類に決裁印だけを押してお帰りになります。……試験の成績が落ちたのは生徒会の仕事が忙しいせいだと吹聴しているようですが……」
事実を告げたライアン様の言葉や、思わず漏らしてしまった私の不満に、デイジー様はただ困ったように笑っただけだった。以前だったらきっとフレディ殿下をフォローするようなお言葉を紡いだはずなのに……。
今日のルーラ様に対するお言葉もそうだけど、デイジー様はなんだかフレディ殿下のことはもう吹っ切れているように見えた。
二ヶ月前にフレディ殿下の心無い言葉で泣いていたデイジー様はもういないようで、私はとても安心した。