(第13話)目覚めたデイジーお嬢様~専属侍女サラ目線~
それは、デイジーお嬢様がある日突然目覚めなかった時と同じように、突然訪れました。
お嬢様が眠りについてちょうど二ヶ月目の朝に、お嬢様が目を覚ましたのです。
「サラ。おはよう」
二ヶ月も眠っていたとは思えないほど、デイジーお嬢様は自然でした。
「デイジーお嬢様! ああ。良かった。お嬢様は二ヶ月も眠っておられたのですよ! お医者様をすぐに手配しますね! 体調は大丈夫でしょうか? どこか苦しいところなどございませんか? ああ。お嬢様、本当に良かった」
思わず涙ぐんでしまった私に、デイジーお嬢様は二か月前と少しも変わらない優しい顔で笑いかけてくださいました。
「サラ。ありがとう。私は大丈夫よ。貴女は眠る私にいつも話しかけてくれたわね。本当にありがとう」
「デイジーお嬢様! そんなもったいないお言葉を私なんかに! 私にはお嬢様にその日の出来事を報告することくらいしか出来ませんでした」
「いいえ。それが本当に嬉しかったの。私にとっては聖女であるルーラ様の祈りよりもずっと、ね」
「……デイジーお嬢様?」
「それに、フリージアの花束! やっとこの目で見ることが出来たわ」
「はい! ライアン公爵令息にいただいたのです。ベッキー伯爵令嬢と一緒に定期的にお見舞いにいらしてくださっていたのですよ」
「……ええ。知っているわ。聞いていたの。ずっと……」
「聞いていた? まさかデイジーお嬢様には意識があったのですか? お医者様は原因不明の昏睡状態だと……」
そんな私の疑問には、デイジーお嬢様は答えてはくださいませんでした。
デイジーお嬢様が目覚めたことに、アスター侯爵家のお屋敷で働く使用人達は歓喜しました。
喜びの中で、執事はお医者様を手配して旦那様に速達を出しました。
そしてシェフはデイジーお嬢様のお部屋に薬膳スープを運んできました。
「デイジーお嬢様。本当に良かったです。薬膳スープなら召し上がれますか? 体調が良くなりましたらすぐにでもローストチキンをお作りしますね」
「ありがとう。ふふっ。でも私の指示がないと薬膳スープ作れないのではなかったの?」
デイジーお嬢様はいたずらっぽく笑いました。こんなに無邪気なお嬢様を見たことがなかった私は少し驚きました。
「どうしてそれを?」
「私が寝ている間に起こったことは、サラが報告してくれていたから」
嬉しそうに笑うデイジーお嬢様に私はまた少し違和感を覚えました。二か月前のお嬢様は、こんなにくるくると自然に感情を表に出すことはなかったように思います。まるで何かが吹っ切れたように、目覚めたお嬢様は楽しそうに見えました。
「あれは、旦那様にお出しする薬膳スープはお嬢様の指示がないと作れないと言ったのです。デイジーお嬢様のためならいくらだって作ります」
「ふふっ。ものすごい理屈ね」
お嬢様はまた楽しそうに笑いました。
お医者様の診断で、目覚めたデイジーお嬢様の体調には何も問題がないことが分かりました。二か月間ずっと眠りについていたと思えないほど身体のどこにも異変がないことにお医者様は困惑しておりましたが、それは私にはどうでも良いことでした。
お嬢様が無事に目を覚ましてくださったことがすべてでございます。
「旦那様には速達をお出ししたのですが、きっとお帰りはいつもと同じ時刻になると思います」
お医者様が帰られた後で執事が申し訳なさそうにデイジーお嬢様に話しかけました。
「ええ。分かっているわ。私のディナーだけ先に用意してもらって良いかしら?」
その言葉に、執事も私もとても驚きました。
「デイジーお嬢様、やはりどこか体調が悪いのでしょうか?」
思わずデイジーお嬢様に聞いてしまった私に、お嬢様は不思議そうに首を傾げました。
「どうして? お医者様の診断の通り私はもう大丈夫よ?」
「ですが今まで旦那様と一緒にお食事を召し上がらなかったことなど……」
動揺する執事と私に向かってデイジーお嬢様は晴れ晴れとした笑顔で言いました。
「無理をしてお父様と一緒に食事をする必要なんてないってやっと気付いたの」
二ヶ月も眠っていたのに身体のどこにも異常のないデイジーお嬢様。
けれど、その心情はきっと二か月前とは大きく変わったのだと私は確信しました。