92. 父きたく
ラーズ王とお父さんの会食も、デザートまで終わり、食後のお酒が一杯振舞われました。
「これは、良い香りですな……」
「うむ。茶でもよかったのだがな。今日はこちらの方がよいであろう?」
ラーズ王は、悪戯っぽくクスクスとした小さな笑い声を漏らしていました。
「……はは。敵いませんな……。」
お父さんは、力ない感じで答えていました。
「フォルセ王よ。貴殿は何と言うか、真面目で融通が利かぬ。アルヴでは美徳なのやもしれぬが、こと王として民をまとめるには、あまりよいとは言えぬぞ。かと言って、寛容であればよいかと言えば、それも違う。」
「……そうですな。」
くるくるとグラスを回しながら、ゆっくりとラーズ王は語りました。
こういうのを、貫禄があるというのでしょうかね。とても似合っているように思いました。
「みなまで言わずとも分かっておろうがな。……我が国としても、アルヴ国が崩壊してもらっては困る故な。」
「それは……」
お父さんは、やっぱり歯切れの悪い感じで、言葉に詰まっていました。
「あのレーナ王妃は、権力を握りしめることだけを考えているであろう。……それが実現したとなれば、アルヴ国としては、崩壊したも同然となろうよ。各村が国に従う道理がなくなってしまう。」
何だか難しい話ですね……。国に村が従う理由って、なんなんでしょうね?
ミュルク村はどうだったんだろ? 2年間ではあんまり国との繋がりがあるようには思えなかったけど……。
国から何かしてもらえるってことなのかな……?
んー……
あ! 竜族が来た時とかかな?! 前は英雄が助けてくれたんだっけ?
そういえばそんな話を聞きましたね。私の名前の由来になったひとが、ミュルク村を救ったとかなんとか……だったかな?
「それは……させません。祖に申し訳が立たない。」
お父さんは、なんだか真剣そうな顔でした。
「ふむ。だが、あのレーナ王妃とやら……このまま大人しく従うタマでもなさそうだ。今後の動き方次第では、内紛だろうな。」
ラーズ王は、顎を触りながら話しました。
「それは避けたかったのですがね……。こうなってしまっては、被害をなるべく小さくする他ありませんね……」
お父さんは組んだ手に、頭を預けるように置き、少し俯いていました。
「被害を小さく……であるか……」
ラーズ王は静かに目を閉じていました。
「ふむ。で、あるならば、多少の協力も吝かではない。」
「協力……ですか? ですが、派兵は約定に……」
お父さんは勢いよく顔を上げました。
「派兵などはせんよ。だが、攻められればもちろん抗う。だが、そういう話ではない。」
「では、どのような……?」
「うむ。ご息女を預かろう。」
「……なっ?! それは質ということでは……!」
お父さんはラーズ王の言葉に、ガタンと音を立て、椅子から立ち上がりました。
「はっはっはっ! そうではない。考えてもみよ。権力闘争がどのような形になれど、収束すべきところは、ご息女の後継ぎ問題であるはずだ。……取り合いとなるだろう。そこで、我が国で預かるというわけだ。どこかの村内へ逃がすなどより、よほど安全であるぞ? もちろん事が済めば、即座にお返ししようではないか。」
「……なるほど。では、国許へ帰還次第、護衛と共に参らせます。」
え?! それって、私の妹が来るってことですか?!
私が追放された後に生まれたという妹……。どんな子なんでしょうね……?
あの王妃の娘なんだし、やっぱりあんな感じなのかなぁ……? それはやだなぁ……。
ま、まぁ、王城で預かるのなら、会うことはないかな? 大丈夫だよね……?
ほんと、私は村人だから、あんまり変なことには関わりたくないし…… (泣)
「うむ。責任を持ってお預かりする故、存分に励まれるがよい。して、ご息女は何と申すのだね?」
「……アーナと申します。」
「ふむ。アーナ姫か。承知した。して、先のユウナ姫についてはどうお考えかね?」
ふぇ?! 私ですか?! ラーズ王、何を……? 私はいいんですって! そっとしておいてください……!
お父さんは、その言葉を受けて、少し遠い目をしていました。
「そうですな……。ようとして行方は知れませぬが……。そもそも余命も僅かのはず。今となって思えば、ルーナの慰みにでも一緒に過ごさせてやるべきだったのかもしれませんな。」
かあさまのことを思い浮かべていたんですかね……?
だったら、かあさまを追放なんて、しなければよかったのに。
「ふむ。では、もし我が国で保護出来たのであれば、もらい受けても構わぬかね?」
「……ユウナに関しては、自由に余生を過ごしてもらえば良いとは思っております。ですが、そこにルーナやマリーカが絡むとなると……即答いたしかねますな」
お母さんたち、やっぱりアルヴ国にとっては重要人物なんですね……。
私が自由を選んだら……やっぱり引き離されちゃうのかな……?
今も離れ離れだけど、ずっと会えないのは……やだな。
私はなんだか、すごく寂しい気持ちになってきてしまいました。
「そうかね。では、そのような未来がきたのであれば、その時分にまた話し合おうではないか。はっはっはっ!」
「そうですな。先ずは国内を落ち着かせることこそ急務ですので。ご協力の段、感謝いたします。」
お父さんは、ピシッと頭を下げていました。
そして、顔を上げたのですが……なんだか、複雑な感じの表情でした。
悲しそうな、真剣なような、怒っているような、懐かしんでいるような……。
正直、お父さんとはほとんど話したことがないので、どんなひとなのかも全然知りません。
この世界のお父さんだ、という事実は分かるのですが、それだけです。
感覚的には顔見知りくらいな感じなんですよね。
だから、あの表情がなんなのか、私には分かりませんでした。
そうして、アルヴ国とスヴァルト国の王会談は終わり、お父さんはアルヴ国へ帰っていきました。




