89. レーナ王妃は暴走族
ラーズ王の冷静な反撃に、フォルセ王とレーナ王妃は明らかに動揺しているようにぷるぷるとしていました。
「……っ! りっ……利点がなどとっ……! なんて身勝手な言い分ですことっ……!」
レーナ王妃はお顔真っ赤ですね。
「お、おい、レーナ……!」
お父さんは焦ってレーナ王妃を止めようとしましたが……
「んん〜? これはまた異なことを仰る王妃殿だ。その有能な目付け役を自国へ戻す……というのは利点の話ではないのか? 追い出したのか逃げ出したのかは与り知らぬがな。」
ラーズ王、本当に脳筋ではないんですね! それなのに、リーグ王子はなんであんなふうなんでしょうかね……? 謎ですね。
「……っ!」
ギリィという歯ぎしり音、私耳がいいからバッチリ聞こえてきました。レーナ王妃ですね!
「レーナ、不用意な発言はよせ。ここは外交の場だ。わきまえろ。」
「フォルセ様がそのような弱気でどうされるのですか!」
お父さんがたしなめようとしても、レーナ王妃は止まらないようですね。床を踏み鳴らして立ち上がってしまいました。
「レーナ、座れ。失礼にあたる。」
「……ですからっ!」
「ふーむ。アルヴ国から挨拶に遥々やってこられたのかと思っておったが……宣戦布告でもしにきたのかね?」
え、ラーズ王……なに言ってるんですか!?
「いや、そのような……」
お父さんが話そうとしたところに、レーナ王妃がかぶせました。
「あら、スヴァルトの君。それは、我が国に勝てるとお思いということでしょうか……?」
レーナ王妃、ものすごく悪い笑顔をしていますね……。
ファーブニル副長がいたら……たしかにまずいかもしれません。あんな竜……倒し方がわからないです……。
「ほぉう。フォルセ王よ。貴国の王妃とやらは、我が国に戦争を仕掛ける気のようだが? 正気かね?」
ピリッと空気が凍った気がしました。
これは、ラーズ王の放つ殺気みたいなものなんでしょうか。
壁まで震えているような感覚さえします。
やはり武術を重んじるスヴァルトの王……ということですかね。
もしかしたら、隊長さんたちより……強いのかも。
「レーナ! いいかげんにしろ! 座るんだ! 場をわきまえろ!」
ついにお父さんが大声を上げました。
「……ですが! 我が国は軽んじられておりますわ! それを王が許してよいのですか!」
レーナ王妃、ほんとにとんでもないですね。どうしたらあんなふうな感じに育っちゃうのかなぁ……?
私も気をつけよ。あんなふうにはなりたくないなー。
「……お前は竜族の恐ろしさを知らんのか! 今は国同士で争っている場合ではない! 周期的にもう、いつ襲来があってもおかしくないのだぞ!」
ついにお父さんまで立ち上がってしまいました。
「……あら、フォルセ様。ファーブニルをはじめ、我が国には優秀な兵がおりますわ。竜族など……同じ竜の力を持つファーブニルがおれば、恐るるに足りませんことですわ!」
なんでしょうか……。他国の王の前でケンカですか……?
なんだか、ちょっと恥ずかしくなってきたかも……。
あのひとが実父で、その実父が選んだ新しいお嫁さんがあんなひと。それが私の出身国の代表だなんて。
うう〜……ミュルク村にはあんなひといなかった……こともないか。いましたね。ヴェルさん。
あ! あの王妃、村の裁きとか受けるといいかも! 平気で嘘とか吐きそうだし。
「レーナ! ファーヴニルは――」
「……はぁ。アルヴの王よ。本当に何をしにきたのだね? それは、本当に王妃なのか? 本当にルーナ妃よりも、それを選んだのかね。正気の沙汰とは思えぬぞ。……国が割れるぞ?」
ラーズ王の声が、一段低くなりました。
あきれでもなく、怒りでもなく……なんだろう? 憐れんでる……?
「……んなっ?! なぁんですってぇ〜?! このっ! 野蛮なスヴァルトの親玉がぁ! この高貴なわたくしに向かってぇ〜! 許さない……絶対に許しませんわ……!」
あ、あれが地団駄……! 初めて見ました! 高貴とは一体……?
すごい暴走ぶりですね! アルヴ族にもあんなひとが……!
あ、これが噂に聞いた暴走族というやつですかね……?! 初めてみました……! 本当にうるさいんですねー。
「ほう……。この場を、本当に理解出来ていないようだな。よかろう。余はスヴァルト王、ラーズ・スヴァルト・アウルヴァング! 受けて立とうではないか! かつて血みどろで相争ったあの頃のようにな!」
ええ……?! うそぉぉ!? せ、戦争始まっちゃうの?! ラーズ王まですうっと立ち上がってしまいました!
ヴィスナさんとベローナさんが半歩前に出ました。
その瞬間――
――パァン! と乾いた音と、
「黙れと言うのがわからんのか!」
お父さんの怒声が響きました。
「――ッ!?」
レーナ王妃は、平手打ちをされた左の頬を押さえて呆然としました。
「ラーズ王よ……。無礼を働いた。謝罪しよう。」
お父さんは、ラーズ王に向き直ると……綺麗な所作で、すっと頭を下げました。
ちゃんと謝れるひとなんですね。
「ふむ……。フォルセ王よ。そのような無礼者を傍らに置くなどと、正気の沙汰ではあるまいよ。……足下を掬われぬ内に何とかすることだな。」
「……ぐっ」
お父さんは頭を下げたまま、悔しそうな声を漏らしていました。
「して、アルヴの護衛2人よ。……確か、ヴェイグとミーミルであったか?」
「「はっ。」」
「よくよく考えて行動することだ。今それは軽率であるぞ。アルヴの忠義というものは、そういう形なのかね?」
アルヴの護衛、片方は短剣に手を、片方はうっすらと光ってますね。
だからヴィスナさんたち、前に出たんだ……。
「……控えろ。」
「「はっ。」」
「自信があることは結構なことではあるがな。我らが相争えば、いずれリョースのようになるであろうよ。どちらがかは知れぬがな。……あるいは両者ともやも知れぬ。努努忘れぬことだ。」
そう言って、ラーズ王はソファに腰を下ろしました。
「さて、フォルセ王よ。貴殿の謝罪は受け取ろう。ついては、その無礼者の我が国への立ち入りを金輪際許さぬ。即刻送還してもらおうか。」
「……なっ?! なんですって……?! わざわざわたくし自らが、このような薄汚い場所へ赴いてあげていると――」
「ミーミル。」
「はっ! ……水よ、星に宿る大いなる水よ、我が言の葉に応え、その力を示せ……」
――ゴポポッ
「――!? ゴバッ! ゴボボッ!?」
ミーミルと呼ばれたひとが言法を使ったようでした。
水を創り出してレーナ王妃の顔を覆ってしまいました。
これで静かになりますね。
「ミーミル。レーナはそのまま連れ帰り、牢に繋いでおけ。外交の場を乱した罪だ。裁きにかける。」
「承知いたしました。早急に帰還いたします。……ラーズ王、ご高説痛み入ります。……では、失礼いたします。」
ミーミルさんは、レーナ王妃を抱えて退出していきました。
「ふむ。では、これで会食に移れるな。」
ラーズ王はそう言ってパンパンと手を叩きました。
例のごとく、すっと現われる係のひと。絶対忍者だよね?
「用意は済んでおるか?」
「もちろんでございます」
「うむ。では参ろうか。」
どうやら場所を移すようですね。
私も隠し間を移動しないとです!




