カーラさん
空気が冷たくなるような……
重たくまとわりついてくるような……
そんな感覚がしました。
目の前で木剣を構えるカーラさん。
並んで見守るスレイフ部隊のみなさん。
今のこの空気に呑まれてはいけません。
短く息を吐く。
そうだ。これは模擬戦。日常の訓練。
平静を……
冷静に……
平常心……
高鳴った心臓を少し落ち着かせ、ただ"動くこと"に特化した拍動を奏でさせる。
私のやわらか格闘術……
その全てを、カーラさんに!
よし! いける!
スっと脚を開き、半身に構える。
重心はやや後ろ。
力は入れない。重力を受け入れ、味方にするために。
「ほう……。それがユウナ姫の本気の姿か……。さすがだ……! 気迫ではない、むしろ希薄。」
カーラさんは、とても興奮したような笑顔だった。
やっぱりスヴァルトの部隊長ですね。ヒルドルさんと同じ表情。
でも……
ヒルドルさんは、"槍"だ。
あまり自分から間合いを詰めるための踏み込みを使わない。攻撃範囲が広いから。
突きのスピードに特化してる。
でもカーラさんは、剣。
木剣の長さは、多分1mちょっとくらい。
素手の私よりはリーチが長いけど、ヒルドルさんと互角と言われてるなら……
鋭い踏み込みの速さがあるはず。
剣は抜き身の状態で、肩に担ぐように構えてる。
刀術みたいな居合抜き的な速さではなさそう。
「ふふふ……。楽しみだ……。さぁ、ユウナ姫! その技の冴え……見せてくれ!」
カーラさんのその言葉に、誰かが息を飲んだ音。
そして、カーラさんの地面を蹴る音。
――ビュッ!!
次の瞬間には、目の前に迫ってきていた木剣の刃。
左側へ、少しだけズレて躱す。
「おお……我が渾身の一撃が……!」
カーラさんが声を漏らした、その隙に……
一気に後ろ足で地面を蹴る!
そして、するりと背後に回り込んで……
――カッ
軸足の膝裏をすっと押すように蹴る。
「うおっ……?!」
さすがのカーラさん。
バランスを崩しながらも、身をひるがえしてスタンスを開き、転倒を耐えつつ剣を横なぎに振る。
ブワッと迫る切っ先。
でも私はそちら側にはもういない。
「いない……?!」
膝裏を蹴る力の流れを利用して、すでに反対側に身体を入れ替えている。
横なぎしたカーラさんの勢いが止まる寸前、加速させるように、右肩を押す。
「うおっ……?!」
くるりと反転し、空を見上げるカーラさん。
まだその身体をギリギリ地面に繋ぎ止めていた右足を断ち切るように払う。
――ドサッ!
仰向けに倒れたカーラさん。まだその手には木剣が握られている。
鍔を蹴る。
カラカラと音を立てて転がっていく木剣。
「くっ……!?」
慌てて起き上がろうとするカーラさんの背後に回り込んで、その首を捉えた。
「ふう……。どうですか?」
「いや……さすがだ。私にもここから挽回する術はないよ。」
カーラさんのその声色は、落胆ではなくて……
「いやぁ、本当に素晴らしい! よくぞスレイフ部隊に来てくれた! 心から礼を言うよ!」
とても弾んだ……楽しそうな色でした。
「どうだ皆? これが噂のユウナ姫だ。これでまだ2歳だという。それはどれ程の濃度の研鑽だ? いくら素晴らしい師の教えがあろうとも、容易に成せることではない。この技の冴え……極めぶり。どう見た? 答えてみろ!」
でも、隊員さんたちに向けられた声は、とても張り詰めた厳しい色でした。
その言葉に、スレイフ部隊のみなさんは、全員声もなくうつむいていました。
カーラさんは、力強く立ち上がると……
「答えられんか。我々スヴァルトは、実力主義だ! 部隊に所属出来たからといって、そこ程度で満足していては駄目だ。我らスレイフ部隊が信ずるは剣! 己の振るう剣のみだ! この剣を持ち、国を護る! その気概を忘れるな! 」
と、言いながら腰の剣を抜き、空に掲げました。
並んでいた隊員さんたち。みんなうつむいていましたが、ひとりパッと顔を上げ、ザッと一歩前に出ました。
「はっ! ユウナ姫を見習い、精進いたしますっ!」
そして、カーラさんの言葉に力強く答えました。
「うむ。ケレブリル。副長らしくあれよ。」
「はっ!」
ケレブリルさんも、その銀の瞳をキラキラと輝かせていました。
「よし! では訓練を始めるぞ!」
「「「はっ!」」」
「ケレブリル、頼む。いつも通り走り込みの後、素振り、打ち込みでいい。私はユウナ姫とリト殿を少し案内と説明をする。」
「はい。お任せを。」
そう答えて、ケレブリルさんは駆け足で号令係をしに行きました。
「さあ! 走り込みだ!」
「「はっ!」」
その一連を見守ったカーラさんは、くるりとこちらを向いて……
「ユウナ姫、リト殿。」
「「はい」」
「案内の続きだ。本施設を回ろう。」
と、言ったのです。
うーん。それもありがたいけどー……訓練の方がいいなぁー……なんて。
案内は、訓練後がいいかなぁー……なんて。
ちょっと思っちゃったんですけど。
チラリとリトを見ると。
「ユウナ……かっこよかったよ……」
と、小声で褒めてくれました。どうしよう。可愛い。今すぐギュッとしたい……
でも……
「さぁ行こうか」
と、カーラさんがウキウキした感じの顔をしているので……
「「はい」」
素直についていくのです。
これからしばらくお世話になるわけですしね!
リトは……お家に帰ってから!
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