ルーナの悲劇
ユウナ実母ルーナのお話です。
――ユウナがスヴァルトの地へ亡命を果たす、約一年前――
ヴァルの地、希望の樹園。アルヴの聖地ともいうべき場所。
一人の女が、茫然とした様子で、立ち尽くしていた。
「ユウナ……」
女は、規則正しく並ぶ蒼緑の木々の中、ぽつんと佇む枯木の前だ。
そして、今にも消え入りそうな声で呟いていた。
その女の薄緑色の長い髪は、艶を失っているようで、おそろしく造形の整った顔も、頬は痩け、生気を失ったような顔色をしていた。
そんな女は、細枝の様な指先で、慈しむように、詫びるように、枯木に触れている。
「全てはあの時……」
少し掠れた声で、呟く。
「ああ……森の木々の精霊たちよ……。精霊王よ……。御加護を下さったのではなかったのですか……。」
女は、堪えるように嗚咽をもらしながら、涙を浮かべる。
やがて、雫となったそれは、柔らかく吹き抜けた風に運ばれ、陽を集めながら緑の中へと煌めいて消えていく。
「ああ……ユウナ……。この母の異能の力が、足りなかったのですね……。ユウナ……。うう……ごめんなさい……。」
女は、遂には枯木に縋り付き、泣き伏せてしまった。
その女は、ルーナ。元アルヴ国王妃だ。
この時から一年ほど前に、ルーナ・アルヴ・ヴァルコイネンとして、ユウナを産んだ。
ユウナがまだこの世界のユウナとして確立する、随分前。
ルーナの腹に生命の種が宿った時。
精霊からの報せがあり、ルーナはいち早く懐妊に気付くことが出来た。
出生率のあまり高くない、妊娠期間も少し長いエルフたちにとって、懐妊は非常に喜ばしいことだ。
そして更には、ルーナの妊娠は王家の大事という背景もあり、ルーナの喜びは計り知れないものがあった。
ルーナは、その報せを受けて以降、マリーカの力を借りながら、動ける限りは毎日毎日希望の樹園に訪れ、森の精霊と、精霊王に祈りを捧げたのだった。
その結果、半年ほど樹園に通い詰めた頃、"精霊王に願いは届いた"と、精霊から報せを受けたのだ。
その時のルーナの喜びようといえば、それはそれはすさまじく、心配をするマリーカを伴い、出産間際までというもの、毎日毎日樹拝を続け、森の精霊と精霊王に感謝を述べ続けたのだった。
ルーナの異能は、"調和"と呼ばれている珍しいものだ。
調和と呼ばれてはいるが、その実、森の精霊との対話、そして意思疎通が可能になるものだ。
戦闘や生活などには、まるで役には立たないが、希少性自体はある。
そんな希少性の高い異能を持っていることも、ルーナが王妃に選ばれたという事情もあったのだが……
だが……ルーナは、アルヴ族として致命的な障害持ちのユウナを産んでしまったのだった。
そして、ユウナはこの世界に生まれて、僅か3日で廃嫡追放処分とされてしまった。
ルーナが愛しい我が子をその手に抱けたのは、僅か数時間だけだった。
ルーナは、そんな処分を下した、王であり夫であるフォルセが、許せなかった。
たかだか障害持ち如きで、愛しい我が子を追放処分などと、ルーナにはとても承服しかねることだったのだ。
そして、次子を作ることを拒み続けた結果、側室として招かれたレーナに王妃の座を奪われ、遂にはルーナも追放処分となったのだった。
「……こんなことなら……最初から……私も追放処分として……ユウナとマリーカに……ついて行けばよかったわね……。」
ルーナは、ユウナの木に抱き縋りながら、そんなふうに呟いた。
そして、ルーナにはもう、行く宛てがなかった。
なぜなら、彼女の生家は、ヴァルの地。王館のお膝元だからだ。
追放処分となった今、実家に頼ることすら出来ないのだ。
「今更……行く宛てなど……何処にも無いわね……」
柔らかな風がそよそよと吹き抜け、蒼緑は喜ぶように踊り歌う。
だが、そんなものは、今のルーナには、何処吹く風でしかない。
「それにしても……精霊王の加護を戴いたはずのユウナが……何故障害などを……。やっぱり……あの時の……夢……。気持ちの悪い……笑い声……。」
ルーナは、精霊王の加護を授けられる少し前、一晩だけ悪夢らしきものを見ていた。
一夜限りのこととして、さして気にはしていなかったが……
ルーナに思い当たるようなことは、それしかなかったのだ。
「ああ……ユウナ……マリーカ……。会いたい……会いたいわ……。ユウナ……あれから一年も経ってしまったけれど……大きくなったのかしら……。この木の前で急に大きくなった時は……驚いたわね……。あんなにはっきり喋るだなんて……。きっと、あわてんぼうさんなのね……。ふふっ……。ううっ……ううぅぅぅぅぅ……。」
ルーナは、少し微笑み、そして……声を押し殺して、泣き崩れた。
それからどれ程の時間が経っただろうか。木々の落とす影の位置が変わった頃、ルーナはすくっと立ち上がった。
「私が、今……ミュルク村に行くことは……ユウナやマリーカを危険に曝すことになるかもしれないわね……。」
ルーナは、レーナ新王妃の底知れぬ野心と、冷徹非道な態度には、言い知れぬ恐怖心を抱いていた。
「あの方も、もうじきに出産のはず……。今なら追手も来ないかも知れないわね……。」
パッと振り返り、空を見上げるルーナ。
「リョースの地なら……。誰にも気付かれない……。」
今はただ遺跡だけが遺る、空白地帯、リョースの地。
かつて住んだリョース族は、もうそこにはいない。
その存在は、歴史の中に葬り去られてしまった。
ルーナは、ひとまずは生き延びることを選んだようだ。
ひっそりと逃げ延び、生きてさえいれば……
いつかは愛する我が子を、その手に抱ける日が来るかもしれないのだから。
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