52. 神秘の森の声
時系列的には、少し前の話になります。
ファーブニルとの死闘を繰り広げたナイ。
木陰に倒れ込んでしまってから、微動だにも出来ず――
3日ほど経過した。
道から外れた場所だったのは、幸か不幸か。
その3日間、誰にも見つかる事は無かったのだが……。
「ねぇねぇねぇねぇ」
死闘から4日目の事。
森の木々の隙間から、小さな声が。
「これってさ、これってさ、アレだよね、だよね」
「うんうんうんうん」
「そーだよね、だよね」
「そーだよ、そーだよ」
「どうする?どうする?言っちゃう?言っちゃう?」
幼子が話すような……要領を得ない会話が、確かにそこにあった。
だが、その幼子らしき姿はどこにも見えない。
「動かないね、ないね」
「起こしてみる?みる?」
「だいじょぶかな?かな?」
「こわいよ、こわいよ」
「うんうんうんうん」
「呼ぼうよ、呼ぼうよ」
「マザー?マザー?」
「うんうんうんうん」
何かを相談していたらしいその声。
音量としては、とても小さなものなのだが、なんとも喧しい。
動かなくなっているナイが気になるのか、様子を見ているようだった。
「マザー、マザー」
「呼ぶの?呼ぶの?」
「行こう、行こう」
「うんうんうんうん」
しばしの間、森を静かに賑わした声達は、何処かへ行ってしまったらしく、森には再び静寂が訪れた。
その声に気付く事もなく、横たわったままでいるナイ。
戦っていた時のような巨大で勇壮な姿とはかけ離れ、随分小さくなっていた。
ユウナと駆け回っていた時の、大型犬サイズよりも更に小さい。精々が柴犬サイズだ。
「こっちだよ、だよ」
「あらあらまぁまぁ」
しばらくすると、先程の声の主が戻ってきたようだった。
だが、先程とは異なり、声の主の中には、視認出来る存在があった。
「ドリュー、ドリュー、見て、見て」
「これだよ、だよ」
「あらあら、ほんとに酷いわねぇ〜」
幼子の様な声にドリューと呼ばれた者が、ナイを覗き込む。
その姿は、緑がかった髪は葉の様で、人型のようだが――
小さく、そして心做しか透けて見える。
「どうかな?かな?」
そして、何も無い空間から聞こえる幼子の様な声と会話を続けるドリュー。
「そうねぇ〜。マザーの所に連れて行った方がいいかも知れないわねぇ〜。」
「だよね、だよね」
「扉を開かないとだわねぇ〜。」
そう言いながら、ドリューはナイが横たわっていた大木に触れた。
しばらくすると、その大木は、じわりと薄く光る。
「繋がったわねぇ〜。じゃあ皆もお願いねぇ〜。」
「「いいよ、いいよ」」
「「「「うんうんうんうん」」」」
たくさんの幼子達は、揃って全力といった感じの、とてもいい返事をした。
次の瞬間。
ナイは、大木に吸収される様に――その姿を消した。
――――
――
そこには、色とりどりの花々が、見渡す限りの――視界いっぱいに広がっていた。
その中心に一本の大樹がある。
一重桜に似た花を、こぼれんばかりにして、その身を飾る大樹である。
かなりの樹齢を感じさせる、力強さすら感じる逞しい根や、安心感をすら覚える幹、計算されたかのように芸術的に張り巡らされた枝々……
荘厳で気品溢れる優美な姿は、神々しい。
「マザー。大変みたいなのよ〜。この子ってあの時の子じゃないの〜?」
ドリューは、大樹の根上り部分に腰掛けていた。そして大樹に話しかけた。
ドリューのその足下辺りには、豆柴の様に小さなナイが横たわっている。
「いつかの神獣の成れの果てですか……」
大樹から美しい声がした。
「知らぬ間に居なくなったかと思えば……。もう消えかけているではありませんか。」
そして、その声が実体化したかのように、人型らしき何かが――ふっとそこに現われた。
それは、薄桃色をした半透明の何かだった。
その姿は、大樹を擬人化したようでいて、神秘的な美彩を放っている。
大樹の前に浮かぶように現われたその美しい何かは、ドリューよりも随分と大きいようだ。
「そ〜なのよ〜。アルヴの森で見つけたのよ〜。やっぱりあの時の子なのねぇ〜。」
脚を組み、膝に肘を乗せ、手に顎を乗せているドリュー。
やれやれといった仕草である。
「そんなところで……。この子……随分遠くまで行っていたのですね。」
マザーと呼ばれた薄桃色の何かは、樹下に横たわるナイにすうっと近寄っていく。
そして、その手で横たわるナイの頭に触れた。
「こんなになるまで……何をしていたのかしら……?」
心配とも取れる台詞なのだが、その表情は判別しづらいものだ。
「そうねぇ〜。確かその子、結構暴れん坊さんだったわよね〜。ケンカでもしてたのかもぉ〜。そういえば〜周りの森の子達も〜ずいぶん傷付いてたわね〜。」
と、森の惨状を語るドリューに
「そう……」
とだけ呟いたマザー。
しばしの間、ナイをじっと見ていた。
「少し見てみましょうか……」
マザーは、何か思い立ったらしく、ナイの額に自分の額を寄せると、瞳を閉じた。
柔らかい風が吹き抜け、花々を揺らしている。
どこからか聞こえる小鳥の歌声。
その声に合わせるかのように、ぴこぴこと足を動かしているドリュー。
傘の様な大樹の枝の隙間から、時折溢れる光のシャワー。
影が踊って重なった時、マザーは顔を上げた。
「そう……。ユウナ……というのね。」
ひとり納得した様子で短く漏らすマザーに、ドリューは
「わかったのかしらぁ〜?」
と、顔を向け、問うた。
どうやら気になっているようだ。
「ええ。……使いの出来る子を呼んでちょうだい。それから一緒にお話しますね。」
「わかったわ〜。お使いの子ね〜。」
ドリューは、腰掛けていた根に吸い込まれるようにその姿を消した。
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