50. 庭付き4LDKペット可。広い檜風呂が贅沢なお家です。
前回のお話:王も悩む
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家イメージ
射し込む朝日に、切妻の瓦が鈍く輝き、街を白く染め上げ始めた頃。
ユウナとリトは、城下街を歩く。
その後ろを、エメもついて歩いているようだ。
「リト、ほんとに訓練するの?」
「する。するよ。わたしも、強くならないと。」
リトの意思は固いようで、少し目尻の下がった穏和さを感じさせるその眼――水色の瞳には、火が灯っているようだ。
一方で……
「キュッキュッキュキュイー!」
エメは、散歩が好きだった。
鼻歌のような鳴き声で、実に機嫌良さそうに歩いている。
エメは、トゥレイア山の風景しか知らなかった。
山を下りてからというもの、そのつぶらな瞳に映るものは、その全てが新しく、そして珍しい。
人間でいうところの、感動のような感覚に包まれた日々を送っていた。
「キュッキュッキュイッ?!」
街角の交差点。
突如として姿を見せた男は、両手を拡げて彼女たちの行く手を阻んだ。
「ユウナ!今日こそ余のものとなれ!」
リーグ王子だった。
ユウナはその姿を見るなり、明らかに嫌悪の表情に変わった。
そして、それを察知したリトが、一歩前に出る。
「王子様。ユウナは……嫌がっています。お引き取り下さい!」
引っ込み思案で、男が苦手なリトとは思えないハッキリとした口調で、ピシャリと言い放った。
「なんだお前?醜女は黙っておれ!!余が話しておるのはユウナだ!お前に用は無――がッ!?!」
瞬く間の出来事だった。
王子は、全てのセリフを終える前に、地面に大の字を書いた。
「リトに!リトにまで!なんて事言うの!!絶対許さないから!!」
ユウナは、珍しく怒り心頭といった様子で、肩で息をしながら白目を剥く王子を怒鳴りつけた。
「ユ……ユウナ……!そ……そんな事して大丈夫?!」
ユウナの閃光のような掌打を顎先に喰らい、王子の意識は完全に何処かへ行ってしまっていた。
リトは、王族に対して普通に恐れを抱いている。
ユウナの好意はとても嬉しいのだが、ユウナの行為は信じられないといった様子で、嬉しさ半分恐ろしさ半分といった複雑な表情をしていた。
「知らないよ!こんな人!ほんと最低!!こんなに可愛いリトに向かって……酷い事言うなんて!!」
「キュッキュッキュイッ!!」
ユウナの言葉を理解しているのか、エメは後ろ足で立ち上がると、ファイティングポーズのように前足を持ち上げた。
そして、シャドーボクシングの様に、シュッシュと前足を突き出したり引いたりしている。
おそらく、ユウナの真似をしているつもりなのだろう。
「ふぅ……。訓練、遅れちゃうから、早く行こ!」
ユウナは、大きく息を吐くと、パッと笑顔をリトに向けた。
だが、リトはそのセリフの方に驚いた様子だった。
「え?!王子、またこのままでいいの?!ものすごく道だけど!」
「……そんな人.、触りたくないもん。」
そう言って、ユウナは昇り始めた朝日の中を駆け出していく。
「あ、待ってよー?」
「キュッ?!」
リトも、そしてエメも、慌ててその後を追った。
――
ユウナは、早朝訓練を終えた後、汗や埃を風呂で流す。
エルフの汗は、特に臭う事は無いのだが、気分的な問題であろう。
かれこれ二年、最早習慣になっている。
幸いな事に、アルヴ族のみならず、スヴァルト族にも風呂文化があった。
ここスヴァルトの王都も当然の如く、各住居建物には、それにまつわる設備装置や道具、風呂を楽しむ為の工夫などがそれぞれの特色を持ち、備えられている。
スヴァルト族は言法が使えないため、水汲みも湯沸かしも自力で行うに適した造りとなっているのも特徴だ。
ユウナ達に与えられた家に設置されていた風呂は、和風の建物よろしく檜造りの風呂だった。
広さも深さもミュルク村の時のものと遜色無い。
そこに、アルヴの花々を浮かべているのだ。
「ふぅぁ~!訓練の後のお風呂は気持ちいいねー!」
「う……うん……。」
訓練後、湯船に浸かりながら上機嫌なユウナを余所に、リトは浮かない顔で、歯切れの悪い返事をする。
その微妙な反応をユウナは不思議に思う。
「どうしたの?リト?」
「ん……。ユウナって……いつもあんな訓練してるの……?」
「ミュルク村の時の内容とは違うけど、こっちに来てからはあんな感じだよ!」
「そうなんだ……。ユウナって、やっぱりすごいよね……。わたし、全然ついていけなかった……。」
リトは、ゲイル隊の訓練に初めて参加して、その実力差に意気消沈してしまっていた。
「えー……私だって、ミュルク村で訓練を始めたばっかりの時は酷かったよ?身体も固かったし……。いっつもお母さんに負けてばっかりだったし、狩りも弓すら引けなくて……」
「そうなんだ?」
「そーだよぉ。一日で出来る様になったら、天才過ぎだよぉ。」
ユウナは、パチャッと悪戯っぽくリトにお湯を飛ばし、水色の濡髪を作った。
水気を含んだその毛先は、緩くうねり、首筋に張り付く。
「あっ、ユウナ!もう……っ。」
「ふふふー。落ち込まなくて大丈夫だよ!最初にしたら、リトはすごいから!」
「……そうなのかな。」
リトは、アルヴ国での出来事以来、ユウナを守りたいという意志が強まっていた。
幸いにしてリトの手にした異能は、その可能性を上げるものだが……
リトは理解しているのだ。
自分自身の肉体的強度や身体能力が低いという事を。
マリーカは、ユウナの実母ルーナの捜索、そして、おそらくナイの捜索もするのだろう。
行方不明者の捜索となれば、如何にマリーカといえど、その帰りは、早くは無いだろう。
それを良い機会とばかりに、リトも訓練をしようと考えたのだったが……
身体能力を武器にしているスヴァルトの訓練についていけず、落ち込んでしまったのだった。
「大丈夫だよ。」
ユウナは、リトを背中から抱き締めた。
「ユ……ユウナ……!背中に……すご……やわらか……」
素肌と素肌。
それは安心感を蠱惑的に齎した。
ユウナにしてみれば、マリーカがいつもしてくれていた事だが――リトは、あまり慣れていない。
あっという間に耳まで朱に染まる。
それは夕陽に染まる街並みのようだ。
しかし、まだ朝である。
「ちょっとは元気出た?」
「うん……。ありがとう……。」
本当は、自分がユウナを元気付けなくては――と、リトは思うのだが……この場はユウナの優しさに、素直に甘える事にした。
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