49. 王の思惑/母、旅に出る。
前回のお話:この人痴漢です!
片面が切り立った崖状になった山の頂上に、堂々たる天守を構えたる山城。
スヴァルト城。
入母屋破風、瓦葺、白塗りの壁に石垣と、どう見ても和の城――安土桃山時代以降の城だ。
だが、この城を居城としているのは、褐色のエルフ、スヴァルト族だ。
現代においては、彼等の目下の脅威は竜種と化物だ。
それらに対しては、さしたる防衛力を発揮しそうには無いが、かつてはスヴァルト族内の内紛や、アルヴ国との争いで、その力を遺憾無く発揮したものだった。
その天守の主、ラーズ・スヴァルト・アウルヴァングは、少々頭を悩ませていた。
「リーグよ。ユウナ姫に負けたそうだな。」
アルヴ族といえば、言法頼りで、武器や肉体の扱いなぞ大した事が無い者ばかりだと思っていたが……
今回は、武器を持った息子リーグにまで勝ったという。
可憐な桜は、どうやら薔薇だったようだ。
「親父殿……あれは……」
「リーグ。いい加減"親父殿"は止めぬか。」
「……申し訳ない。王よ。」
リーグは、言葉とは裏腹に不満を隠そうともせず、顔を顰める。
ラーズ王は、そんないつものやり取りを気に留める様子も無く話を進める。
「リーグ。お主の目から見て、ユウナはどうだ。」
「ああ……。あれは絶世の美女になるであろうと思いますな。靱やかな肉体に、有り得ぬ程育った胸。肌触りもこの世のものとは思えませんでしたぞ!」
リーグは熱の篭った眼差しで、それは饒舌に語った。
だが、ラーズにしてみたら、聞きたかったのはそこではなかったらしく、その表情は優れない。
ラーズは、一目見た時から、ユウナには一目置いていた。
少女ともいえるだろう見た目に反して、ゲイル部隊長であるヒルドルに模擬戦で勝利したというのだ。
しかも、驚くべき事に、素手だったという。
そんなユウナが自国に亡命してきた。
ラーズにとっては、非常に喜ばしい事だ。
強き者を自国に増やすのは、簡単ではないのだから。
だが、だからこそ、もう一手打ちたいと考えた。
それが自分か息子との婚姻という手だった。
しかし、婚姻は拒否されてしまったのだ。
ユウナは、旅人になると言っていた。
亡命して来たとはいえ、永く居着くわけでは無いのだろう。
それが、残念でならない。
ユウナを王家に取り込める事が出来たなら、アルヴ国との外交も有利に進める事も不可能では無いという思惑もあるが……。
目の前で、ユウナの容姿について熱く語る息子をみると、まだまだ現役を退く事は出来ぬのだ、と痛感させられた。
「もう良い。下がれ。下がって訓練でもしておれ。」
リーグの舞い上がった様子に辟易とした様子で、ラーズは言葉を吐き捨てた。
――
ユウナが初めての痴漢体験をして、落ち込んでしまっていた翌日。
リトの慰めや、マリーカによって元気は取り戻していたのだが……
「えぇっ?!お母さん、それ……本気なの?!」
別の問題が浮上していた。
「ええ。王館で、レーナ新王妃の話を聞いてから、ずっと考えていたわ……。」
マリーカは、基本的に表情が乏しいタイプだった。
それ故に幼少の頃から"氷"などと渾名されていたのだが……
ことユウナに関しては、その氷は……最早水蒸気である。
今もまさに曇天の空模様を晒していた。
「そんな……。一人で旅に出るだなんて……。」
一方ユウナは、既に雨模様である。
目の端の水玉はポロポロと溢れ、床に跡を付けている。
「一人じゃないわ。スヴィーウルとよ。」
マリーカは、ルーナ捜索を諦めた訳では無かった。
ユウナの安全を確保し、リトが合流した今が一番良いタイミングだと判断したのだ。
更に、今なら都合良く熟練の旅人スヴィーウルまで居るのだ。
「そうそう。マリーカさんの力とボクの知識があれば平気さ!危険は避けるし、無理はしないよ!」
スヴィーウルは、ドンと胸を叩く。
この男、戦闘はあまり得意では無いが、戦闘そのものを回避し、生き残る術には長けている。
それにもちろんの事、アルヴ国の地理はしっかりと頭に入っている。
この世界には、地図は無い。
それどころか、文字すらない。
それらは、神族に奪われた文明だ。
村で淡々と生きるには、さして必要に迫られる事は無いが――
旅をする際には、やはり不便なのだ。
マリーカといえど、宛もなく歩き回っては、時間が掛かり過ぎる。
そうすれば、レーナ王妃の勢力に捕まる可能性も増すだろう。
「でも……、お母さんと離れるだなんて……。」
ユウナも、マリーカの意見は理解出来る。
しかし、気持ちの上では不安感の方が勝ってしまっていた。
生まれて間もなく王館から追放された時は、その余りに短い時間のせいで、すんなりと受け入れる事が出来た。
いや、現実を受け止め切れていなかったからだともいえよう。
だが、今は……母と慕うマリーカと離れ離れになるという事が、苦痛に感じられてしまうのだった。
「リトちゃんも居るわ。ユウナなら、大丈夫よ。」
「そうだよ!わたしは、ずっと一緒だよ!」
「そっか……。リトも、フリッカさんと……
……そうだね。わかった。」
ユウナは、リトの言葉に冷静さを取り戻した。
リトは、既に旅人としてミュルク村を旅立ったのだ。
いつか語り合った、目的を果たすまでは帰らない覚悟だという事を、既に実行しているのだ。
本来なら、今頃二人で旅をしていたのかも知れない。
今は旅をしている訳では無いが、二人で暮らすのだ。
そう思えば、少し心が軽くなった。
「おそらく、二年以内には戻れると思うわ。」
アルヴ国内は、ゆっくりと一周すると、約一年くらい掛かる。
村々を巡るのみならず、捜索範囲を拡げなくてはならない可能性も視野に入れ、マリーカは計算した。
「……うん。その間、訓練頑張る。」
「ええ。スヴァルトの技術をしっかり学ぶといいわ。」
――
数日後。
旅人証も届き、スヴィーウルの交易品交換も終わり、マリーカの旅立ちの準備が整った。
「スヴァルトまでは、一人では中々来れないからね、今回は本当に役得だったよー!」
スヴィーウルは、王都で手に入れた交易品をうっとりとして眺めている。
「お母さん……。気を付けてね?」
「ユウナ……。私は大丈夫。ユウナも、身体に気を付けるのよ。」
マリーカは、いつもより強くユウナを抱き締める。
ユウナは、マリーカと過ごした二年間で、少し背が伸びた。
マリーカの胸元に収まる背丈が、今は肩口に届きそうだ。
マリーカは、その嬉しさと思い出を、温もりと共に精一杯噛み締める。
「リトちゃん、ユウナの事、お願いね。」
「はい!大丈夫です!わたしも一緒に訓練します!」
幾許かの寂寥感と、使命感を持って、マリーカは旅立つ。
ルーナを救い、再びユウナに会わせる為に。
マリーカを乗せたルクは、草原の彼方へと吸い込まれる様に小さく――そして、やがて消えていった。
その姿を見送るユウナは――
後ろから「大丈夫だよ。」と、抱きつくリトの温もりで、喪失感を堪えていた。
そして、リトの手を握り締め、「ありがとう……」と、呟く。
昇っていく太陽は、そんな二人を白く包む。
駆け抜ける風は、一筋の水玉を何処かへと運んでいった。
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