40. それぞれの三日
前回のお話:草原!
深い森の中、静寂を切り裂くようにして、二匹の怪物が対峙する。
その戦いは熾烈を極め、周囲の景色を変貌させてしまっていた。
細い街道沿いの樹々は圧し折れ、焦げついて、その一角だけやたらと広くなってしまったようだ。
それもその筈。
二匹の怪物は、その巨大な質量とエネルギーをぶつけ合うように戦い続けて、彼此丸一日が経過しているのだ。
「チッ……! 化物が! 邪魔しやがって! いい加減退けやァ!!」
ゴォッと、口から炎を撒き散らす、黒鱗の竜。
「ナイは、どかない。」
激しい炎を躱しながら、鋭い爪を叩きつける、紫銀の獅子。
戦闘が始まってからというもの、お互いに決定打の無いまま、膠着状態に陥っていた。
その膠着状態を打ち破るべくして現れたのは、アルヴ国戦士団、ファーヴニル副長配下の30名だった。
全てレーナ王妃の手の者だ。
「副長! 援護致します!」
「馬鹿野郎共が! 遅せぇんだよ! 何してやがった!」
「はっ! 申し訳ございません! 20名がマリーカに生き埋めにされておりまして……。
脱出後に回復と、準備を行ってから参りました!」
「あぁ……そういやそんな報告だったな。
で、何持ってきた?」
「はっ! 拘束網です!」
「……どのタイプだ?」
「はっ! 激しい戦闘音が王館まで届いておりましたので、最上クラスです!」
「よし、じゃあ寄越――」
――グジャアッ!!
「あっ?!」
ファーヴニル達が会話を終える前に、ナイは増援の兵達全てを物言わぬ肉塊に変えた。
「こ、この野郎……! 何しやがる!」
「隙だらけ、だ。」
「化物がッ!」
増援は無意味に終わった。
……いや、ただ屍を増やし、被害を増やす結果になった。
――
それから、更に二日。
それは、ユウナとマリーカが草原に出た頃。
戦いは……まだ終わっていなかった。
「ぜぇ……はぁ……こ……コイツ……しつけぇ……!
いい加減にしやがれ! もう三日だぞ!!」
「ナイは……ユウナを、まもる。」
だが、さすがに三日三晩である。
既にお互い力は尽きかけていた。
「ぜぇ……はぁ……くっ……そ……がァー!!」
ファーヴニルは、限界を悟ると、ダァーン!! と激しく両腕を地面に叩き付けた。
その凄まじい衝撃で街道には巨大なクレーターが出現した。
そして、激しく飛び散った土は煙幕のようにファーヴニルを隠す。
その隙にファーヴニルは変身を解くと、森に姿を隠し、王館へと引き返して行った。
だが、ナイもとっくに限界なのだ。
追う気力も体力も、とうに尽きている。
逃げ帰るだけなら、態々そんな真似は必要無かったのだ。
ユウナ殺害任務を失敗した八つ当たりの部分が大きかろうというものだ。
「……ユウナを……まも……った……」
ナイは踵を返し、ミュルク村方面へとヨロヨロとした様子で歩き出した。
その足取りは重く、精彩を欠いたその姿は、普段の見る影もない。
或いは、マリーカの予想通りに、ナイが途中で見切りを付け、逃げていたのであれば、ここまで消耗する事も無かっただろう。
だが、ナイはそうしなかった。
相手が撤退して行くまで戦い抜いてしまった。
ナイはこの戦いで、二年を掛けて蓄えた力を、全て使い切ってしまっていた。
いや、それどころか、生命維持すら危うい状態にまで陥っている。
何故そこまでしてしまったのか。
それは意地だったのか。はたまた本能だったのか。
それとも忠誠だったのか……。
フラフラとしながら暫く街道を歩んだ後、どさりと重たい音を立て、ナイは木陰に倒れ込んだ。
そして――ナイは、そのまま動かなくなった。
――
その頃リトは……
――トットットットッ
ルクに跨り、森を駆けていた。
ルクは、持久力に優れ、人懐っこい性格で、力もあり、小回りも利く。そして、何より賢い。
言葉もある程度は理解するし、道も憶える。
そんなルクは、森に住むエルフの旅人の移動手段として、欠かせないものだ。
「スヴィーウルさん。こっちで合ってるんですか?」
リトは、旅立ってからというもの、常に焦燥感に駆られていた。
その気持ちは、こうした質問からも窺い知れてしまっていた。
「大丈夫だって! 昔行った事あるんだからね、ボクは。」
スヴィーウルは、自信満々といった様子で答える。
「でも、何だか真っ直ぐじゃないような……」
「まぁね。リトちゃんの言う通り、少し遠回りなんだけどさ、真っ直ぐ行くと危ないんだ。草原狼の縄張りだからね。」
「狼……。」
「そ。囲まれたら食べられちゃうからね。ルクもボクもさ。」
スヴィーウルは、旅に出てからのこの二日間、終始冗談めいた様な軽い調子だった。
そのお陰で、リトも幾分か気が楽で、ある程度打ち解ける事が出来ていた。
これがもし、ダーインのような職人気質な性格や、へーニルの様な無口なタイプだったとしたら、リトはこの旅に耐えられなかったかも知れない。
交易主体の旅人は、基本的にコミュニケーション能力に優れた者が多い。
それは、各村の性質の違いでトラブルを巻き起こさない様に、そして上手く交渉する為に、長い年月を掛けて培われる能力なのだ。
中にはそういう異能持ちもいるが、それは当然珍しい。
スヴィーウルも前者である。
「リトちゃん。そろそろ少し休憩するかい? ルクにも水を飲ませたいしね。」
「あ、はい。」
ルクの騎乗は、慣れないとあまり楽では無い。
いや、寧ろ大変である。
だがリトは、慣れてもいないのに、先を急ぎたがっている。
だからスヴィーウルは、こうしてルクの休憩だと言っては、定期的に休息の時間を設けていた。
スヴィーウルは、気遣いの出来るタイプの男だった。
慣れない内の長時間騎乗は、危険なのだ。
肉体的にも、精神的にも。
エルフは長寿だが、物理的ダメージに対して特別丈夫な構造という訳でもない。
うっかり走行中のルクから落ちようものなら、最悪死ぬ。
そんな事は、エルフなら誰でも知っている。
だからいちいち指摘する様なやり方は、しないのだ。
ルクから降りたリトは、器をバックから取り出すと、水を創り出し、ルク達に与える。
「いやぁ……それ、何回見てもびっくりだよ。リトちゃん凄い異能だよねぇー。」
スヴィーウルは、感心したといった風に大きく何度も頷いている。
「そう……ですか? 旅人なら、停滞とかの方が良いんじゃ……?」
「いやぁ……まぁ、停滞は便利だけどさ。バックに付与してある物もあるしね。無くても問題ないというか……。」
「そうなんですか?」
リトは、驚いたように目を見開きながら聞き返した。
「うん。ボクも停滞持ちじゃないしね。でも、バックで全然問題ないのよねー。」
「スヴィーウルさんの異能って……聞いても大丈夫ですか?」
異能に関して聞く事は、タブーという程では無いが、中には明かしたがらない者も当然いる。
異能に拠っては、蔑まれたり恐れられたりする事があるからだ。
「ボクは、物の善し悪しが解るよ!」
「えっ! 何と言うか、交易向きな感じがしますね。」
「ふふふ。だから時々国外に行ったりしてたのさ!
掘り出し物見付けたりね。楽しいよ?
全然戦闘向きじゃないし、狩りだって苦手だし、言法もあんまり得意じゃないけど、結構気に入ってるんだよね、この異能。」
「スヴィーウルさんは、旅人に向いてるんですね。」
「まぁリトちゃんの言う様に、交易には向いてるなぁとは自分でも思ってるよ。
でも、リトちゃんも、旅人向きの異能だよ? それ。」
「そう……ですか?」
「それはそうでしょー! 旅してる最中便利過ぎでしょ!
まぁ、多分すぐ実感するんじゃないかな?」
スヴィーウルは、そう言って爽やかな笑顔を見せた。
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