39. 亡命の旅路
前回のお話:リト、旅に出る
ナイに逃がされたマリーカとユウナは、街道から逸れ、深い森の中を足早に進んでいた。
簡単に捕捉されないように、例の如くマリーカの言法を用いて蜃気楼を作り、姿を隠している。
そして、徒歩での移動ではあるが、そのペースは速い。
国境まではまだまだあるが、日も傾きかけた頃には、随分と距離を稼いでいた。
「お母さん……。傷、大丈夫?」
「大丈夫よ。水薬も、治癒も、効いてるわ。
それに……ユウナのくれた指輪が、守ってくれたみたいね。」
「えっ?」
マリーカは、少し立ち止まると、ユウナに指輪を見せた。
左手の薬指に嵌められた指輪は、宝石に亀裂が入ってしまっていた。
「あの時は咄嗟だったから、言法も使わずに矢を受けてしまったけれど、命が無事だったのは、指輪の力だと思うわ。あの矢の威力なら、身体を貫通していてもおかしくないでしょうしね。」
私は、お母さんのその言葉を聞いて、ものすごく複雑な気持ちでした。
何と応えていいのかも分かりません。
あの時、私が放心してしまっていた事が原因で、お母さんが怪我をしてしまった。
それが、指輪が無かったら危ないところだったって……。
「ユウナ。そんな顔しなくていいの。私はね、ユウナの為なら、なんだってするわ。命だって惜しくないの。」
「お母さん……。そんなのやだよ。絶対やだ。死なないでよ。」
私は、無力感でいっぱいでした。
この二年で、身体能力はだいぶ上がったと思っていたのに。
肝心な所で……あんな……。
私のせいでお母さんが死んじゃうだなんて、とても耐えられない。
「ふふ。そうね。泣き虫なユウナを残してはいけないわね。」
そう言って、お母さんは私の涙を拭うと、ふわりと優しく抱き締めて、耳にキスをしてくれました。
こんなに素敵な人はいない。本当にそう思います。
でも、私は――今のままじゃ絶対だめだ。
急な事でも驚いたりしないような精神力というか、動じない強い心を鍛えないと。
父親の再婚相手に命を狙われるなんて、初めてだけど……
というか、命を狙われる事自体が初めてだけど。
そんな事にショックを受けてる場合じゃない。
この世界で起きる出来事に一々動じてたら、皆を危険に晒しちゃうし、私だって死んじゃうんだ。
そんなの、絶対嫌だ。
村での狩りとは違う。
危険から身を守る術を身に付けないと……。
私は、逃亡者なんだから……。
いつもと同じお母さん匂いと温もりに包まれて、護られているだけじゃ駄目だと、思い知りました。
お母さんのお陰で少し落ち着いてきたけれど、私にはもう一つ気掛かりな事があります。
「……ナイは、大丈夫かな?」
「そうね……。ナイは、強いから……ファーヴニル副長相手でも、逃げ切るくらいは出来るでしょうが……。
ただ、私達を直接追ってくるのは難しいでしょうね。上手くリトちゃんと合流してくれたら良いのだけど……。」
確かに、お母さんの言うように、ナイは強いです。
でも、そのファーヴニル副長には、そんなナイの攻撃が効かないみたいでした。
……それはエルフなんですかね?
すごく疑問です。
「ファーヴニル副長って……?」
「前回の厄災で、生還した一人ね。戦いの内に重傷を負い、竜の血を飲んで命は助かったけれど、呪いを受けてしまった、という噂があったのだけど……。
どうやら本当だった様ね。」
「……竜の血って、飲むと竜になっちゃうの?」
あれは、竜だったと思う。
竜……見た事は無いんだけれど……。
竜がいるのなら、あんな感じだと思う。
「色々な事が言われているわね。寿命が延びるとか、傷が癒えるとか、竜の様に強くなれるだとか……。
ただ、ファーヴニル副長は、厄災戦後すっかり性格が変わってしまったわね。強欲で、好戦的で、短絡的になったわ。元々は戦士団の中でも、立派な方だったのだけど……。竜の血を飲んだせいだったのね……。」
そう言うと、お母さんは身体を離して、
「だいぶ暗くなってきたわね。そろそろ夜営の出来そうな場所を探しましょうか。」
と、再び歩き出した。
しばらくすると、
「ここがいいわね。」
と、お母さんは一際大きな樹の前で立ち止まった。
お母さんが見付けた場所は、大きな樹の根元に空いた何かの巣穴跡。
でも、そのままでは少し小さいので、二人で入るのは難しそうかな……。
「土よ。我が言葉に応え、その姿を変えよ!」
なんということでしょう。
お母さんは、言法であっさりと解決してしまいました。
小さかった巣穴は、外からは分かりにくいままに、中は広く、崩れないように補強までされた簡易ハウスに変貌を遂げたのです。
まさに匠の技。
「わぁ……お母さん、やっぱりすごい……」
「ふふ。器用貧乏なだけの異能のお陰よ。
さ、食事の準備をしましょうか。」
「うん。」
そうして、私達はそこで夜を過ごしました。お母さんのお陰で、かなり快適でした。
――
森の中を3日程進むと、突然森が無くなりました。
目の前には、広い草原が広がっています。
少し乾いた風が草を揺らしながら、私の頬を擽っていきました。
この世界に生まれて、森から出たのは初めてです。
すごく不思議な気持ちです。
話には聞いていましたが、森以外があっただなんて。
アルヴ国のエルフは、その殆どが森から出ないまま、その長い生を終えるといいます。
でも、こんな光景を目の当たりにすると、それではなんだかもったいない気がしました。
「ユウナ。この先は暫く遮蔽物が無いわ。しっかり警戒するのよ。」
「うん。」
この3日というもの、追手の気配はありませんでしたが、スヴァルトの国境はもう少し先のようです。
まだまだ安心は出来ません。
不思議な事に、この草原は、アルヴ国でも無ければスヴァルト国でも無いらしいのです。
多分、空白地帯という事なのでしょう。
あんまりピンと来ませんが、そんな事もあるんですね。
草原をしばらく進んだ時、異変がありました。
「……お母さん。囲まれてる。」
私の耳に、取り囲むようにして包囲を狭めてくる足音が届いたのです。
それはとても小さなもので、おそらくは集団の狩りに慣れた野生動物か何か……。
「そう。ユウナ、すごいわね。私にはまだ聞こえないわ。」
「狩りで鍛えたから。」
こういうのは大丈夫なんだよね……。
街道では散々だったけど……。
さてさて。
とはいえ囲まれてしまっているので、一気に攻撃出来る武器がいいんだけど……
補給が出来るか分からないから、連弩は使いたくないなぁ。
うーん……。どうしようかなぁ。
「グルルル」
「あ。」
考えている間に、先頭の個体はもう10mくらいの所まで近付いて来ていた。
草の隙間から覗くのは、狼みたいな獣。
草に隠れるくらいのサイズ感で、あまり大きくは無いみたい。
食べる予定は無いけれど、食べられる予定も無いので、襲ってくるなら仕方ありません。
「斬!」
ダーインスレイヴを取り回しやすい剣にします。
アルヴでは剣はあまり人気がないので、ちゃんとした流派みたいなのを習ったわけではないのですが、師匠はもちろんお母さんです。
「あら、剣にするのね?」
「うん。」
「いいわ。じゃあ、反対側は私がやるわね。
風よ。我が言葉に応え、刃と成れ!」
ザァーっと風が背後を吹き抜けていく音に続いて、
「ギャイン!」 という甲高い悲鳴が聞こえた。
それと同時に、私の眼前にも、狼達が唸り声を上げながら襲いかかってくる。
連携を取っているようで、少しずつ距離を置いて飛び掛って来た。
お陰で順番に斬り伏せる事が出来ました。
5匹を数えた所で、
「アオォーン!」と、多分、ボス狼の声。
潮が引くように、狼達は離れていきました。
「ふう……。お母さん、これ、どうしよう?」
私は5匹、お母さんは7匹を仕留めたようで、辺りは凄惨な風景に変わっていました。
血の臭いも酷いです。
「そうね……。交換に使えるかも知れないわね。」
「バックに、全部は入らないかも。」
「とにかく、解体してしまいましょうか。」
「はーい!」
狼を12頭、あまり大きくはないけれど、全部解体するのは大変でした。
スヴァルト国がどんな所かは知らないけれど、せめて奪ってしまった命が、無駄にならないといいな。
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