38. リトの旅立ち
前回のお話:何か危ない人きた
森は静かに黒へと染まり、月がか細いカーテンを下ろす頃。
リトはミュルク村に辿り着いていた。
徒歩で2日の距離である。
異能を全力で使い、消耗は激しいが、驚異的な速さだった。
「はぁ……はぁ……お母さん! お母さん!」
「リト!? もう帰ったのかい?!」
通常なら計5日の道程を、たった一泊半で戻った我が子を見て、驚きを隠せないフリッカに、リトは更なる衝撃を与えた。
「ユウナが!! ユウナが、殺されちゃうよ!!」
「な?なんだって!? どういう事だい?!」
リトは、暫しの間、興奮しきった様子で、一生懸命説明しようとしたのだが、フリッカに中々上手く伝える事が出来なかった。
数分後。
「つまり……新しい王妃様が、ユウナちゃんを殺そうとしてるって事か……」
「そう! マリーカさんも狙われてるの!
だから、ミュルク村も危ないかもって……」
「分かった。もう夜も遅いけど……事が事だね。村長にはすぐに話して来るよ。
リト。頑張ったね。成人早々、大変だったみたいだけど、立派だよ。とにかく今日は休みな。」
フリッカは、リトの頭を優しく撫でると、村長の家に向かった。
リトは、不安と興奮醒めやらぬといった様子だったが、ふらふらとベッドまで歩くと……
遂に限界が訪れたようで、そのまま倒れ伏し、意識を失った。
翌日。
フリッカは、いつもより少し張り詰めたトーンでリトに告げた。
「リト。今日は朝から緊急会議をする事になったからね。昨日の話、皆の前でまた話してくれるかい?」
「えっ……?! う、うん。わ、分かった。」
皆の前でと言われたリトは、少し尻込みするも、重要性は理解している。
覚悟を決めて向かうのだった。
――
ミュルク村中央区、集会所。
――ダァン!!
「なんだってんだ! そんな馬鹿げた話があるか!!」
「……ッ!」
途切れ途切れでも、一生懸命話し終えたリトの想いは、どうやらしっかり伝わったらしく、ダーインは怒り心頭といった様子でテーブルを叩いた。
「ちょっと、ダーイン! リトちゃんが怖がってんだろ?」
「おっと、すまねぇ……。でもよ、ハーナル。こんな話許せるかってんだよ。」
「そりゃそうだね。到底許せる事じゃあないよ。」
東区からは、ダーインとハーナル。
「ああ。全くだ。ユウナちゃんは、ミュルクの村人だ。王家のイザコザは知らん。あの娘は立派な狩人だよ。なぁ、へーニル。」
「ああ……。あの娘は良い腕の狩人だ。弓の腕だけなら、既に俺にも引けを取らんだろう。」
北区からは、ウルとへーニル。
「ユウナちゃんは、ウチのリトと親友なんだよ。親友。分かるかい? あの娘は、お高くとまった姫なんかじゃないよ。本当に良い娘なんだよ……。」
「ああ、分かるよ。いつもウチのルクを見て、かっこいいだとか言って……。たまに世話も手伝ってくれたよ。
そんな姫様はいないさ。あの娘はミュルクの娘だよ。」
南区からは、フリッカと、ルク農家のスロール。
「ボクは、役目上、たまにしか話した事は無いですがね。
ユウナちゃん……冒険したいって、キラキラした目でボクに色々聞いて来てくれてね。可愛かったなぁ……。」
西区からは、旅人スヴィーウルが、各地区の代表として集まっていた。
「スヴィーウル……。アンタが言うと、何だかヤラしいねぇ。」
「えっ……?! ちょ……ハーナルさん?! 何言っ……えぇっ?! 可愛いでしょ?! ユウナちゃん!」
スヴィーウルは、ハーナルの一言に激しく慌てた。
だが、意外な所から援護射撃が入る。
「そうじゃのぅ……。ユウナ様は、こんな婆にもお優しい姫君じゃった。あのマリーカにも、よう懐いておられた……。いつも良い笑顔でなぁ……。本当に花のようじゃったのぅ……。」
「ね! ほら、イアールン様だってこう言ってるでしょ?!」
「ユウナちゃんが可愛いだなんて、当たり前の事だよ。そんな事は、ミュルクの連中は知ってるんだよ。
大体、あの氷のマリーカがだよ? あんな骨抜きみたいにされちまうんだから。」
ハーナルの言葉に、ダーインも深く頷いている。
「おお。全くその通りよ……。あのマリーカがなぁ……。」
マリーカ、ダーイン、ハーナルは、幼少期を共に過した、所謂幼なじみであった。
「……あの娘の寿命は短いって話だ。その短い間くらい、好きなように生きて欲しいと思ってんだよ、アタシはね。」
「そうだな。で、ミュルクとしてはどうするんだ?」
ハーナルの言葉を肯定しつつも、ウルは、腕を組みながら難しい顔をしている。
その鋭い眼光は、獲物を狙う時のようだ。
「あ……あの……。」
リトが、おずおずとしながら話に入る。
「わ、わたし、ユウナを追います。旅人として。ユウナと冒険するって約束したし……。それに……助けたいから!」
リトの意見を汲んだように、村長が提案をする。
「ふむ。リトよ。では、旅人証を作ろう。後程取りに来なさい。して、皆。ユウナ様……そしてマリーカには支援物資を届けようと思うが、どうじゃな。」
「村長。ここにゃ反対する奴はいないだろ。」
「当然よ。」
ウルが自信満々といった風に応えると、ダーインを始め、その場の全員が大きく頷いた。
「スヴィーウル。準備が整い次第、リトと共に、スヴァルト国に向かいなさい。
村の防衛に関しては……念の為装置は作動させておく。
村の外に出る者は、各自最大限警戒するように。
ただ、相手は王妃という事じゃ。くれぐれも早まった真似は慎むようにな。
不満はあろうが……村としては、陰ながらの支援という事しか出来ぬ。」
村長の言葉に、皆一様に頷いた。
理不尽な仕打ちに、皆悔しさはある。
だが、村をあげて大々的に王妃に逆らえば、反逆罪となる。
そうなれば、ミュルク村区画の全ての希望の樹は燃やされ、村民は全滅する。
村長は、村民全てを守らなくてはならないのだ。
ユウナの為に全員が玉砕する未来は、選べないのだ。
村長の表情には、悔しさ……そして、やるせなさが滲み出ていた。
――
ミュルク村西区。
会議の翌日には、着々と旅立ちの準備が進められていた。
ダーインやハーナル、職人達は装備や服などを持ち寄り、狩人達からは食料や毛皮、農家からも花や卵などが持ち寄られている。
「リトちゃん。これも持って行きな!」
「こっちもだ! これはマリーカに。」
「はい。ありがとうございます。必ず届けます。」
リトは、スヴィーウルに渡されたヤルンのバックに、村中から集まった物資を詰め込んでいく。
何が何処に入っているか分かりやすくする為に、種類毎に分けているようだ。
「リトちゃん! ルク、乗ってくだろ? ハーナル、鞍着けたげて。」
「任せな!」
スロールは、ルクを2羽引いてきた。
黄金色と、銀色の立派な体格をしている2羽だ。
「スロールさん! 2羽も……良いんですか?」
「急ぐ長旅にゃ交代要員が必要だかんね。スヴィーウルだって持ってるよ。」
「なるほど……」
「ふっふっふ。ボクが旅人のイロハを道中みっちり教えてあげるからね! 心配しなくても大丈夫さ!」
「スヴィーウル、アンタ、リトちゃんに変な事するんじゃないよ?」
「え……ちょ……ハーナルさん?! 何でボクってそんなに信用ないのかな?!」
「他の村の旅人から色々聞いたんだよ!」
「な、なんだってぇー?!」
「馬鹿話はその辺にしとけ。
スヴィーウル。リトちゃん。ユウナちゃんの事、頼んだぜ。」
暗い雰囲気を作らまいとするハーナルとは対照的に、ダーインの眼差しは、武器を打つ時の様に、真剣そのものだった。
「「はい!」」
「リト。気をつけてね。達者でやるんだよ。たまには顔出しな。」
「うん。お母さん、今までありがとう。わたし、頑張るから!」
フリッカは、リトをしっかりと抱き締めた。
それは、旅立つ我が子へのエールであり、自分へのけじめでもあるのだろう。
お互いに、涙を見せる事はしなかった。
そうして、リトは旅立った。
それは、リトの思い描いていた理想とはかけ離れたものだ。
だが……
だからこそ、その胸には強い使命感が宿っていた。
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