36. マリーカの決意
前回のお話:ナイ無双
王館のとある一室。
王妃レーナは、落ち着かぬ様子でその部屋の中をウロウロと歩き回っている。
その姿は、余りにも一国の王妃らしくない。
――コンコンコン
「レーナ様。御報告です。」
「入りなさい。」
「失礼します。」
入室して来たのは、若そうな一人の兵士。
慌てて走って来たのだろう、少し息が乱れている。
「それで、首尾は。」
「はっ! 門前でのマリーカ捕縛は失敗。20名程で追跡に当たりましたが、足止めをされてしまった状況です。
ユウナ殺害に関しましては、宿泊地にて捕捉し、追跡に10名が森へと入ったとの事です。」
その報告を聞きながら、レーナの顔色は、みるみるうちに朱に染まっていく。
大声で叱責したい所ではあるが、レーナはすんでのところで踏み止まる。
さすがに現段階でフォルセ王に知られてしまうのは避けたいのだ。
「……その足止めされた20名とは、どの様な状況なのかしら。」
「はっ! 確認に向かった所、半身が泥濘にて生き埋めとなっておりました。早期の救出には、言法部隊を動かす必要が……」
「言法部隊……」
言法部隊を動かすには、通常、王の許可が必要だ。
王妃が勝手に動かしたいのであれば、部隊長ミーミルを裏で服従させなくてはならない。
だが、ミーミルは現段階ではレーナの派閥に与してはいなかった。
「……ファーヴニルを呼びなさい。」
「はっ! 直ちに!」
若い兵士は、レーナに礼を取ると、足早に部屋を後にした。
その背中を苦々しい表情で見送ったレーナは、
「……忌々しい。障害持ちの分際で……。宿泊地で死んでいれば良いものを。……必ずや亡き者にしてくれますわ!
それにしても、やはりマリーカという人物は噂通り優秀ですわね。さすがは元筆頭補佐官という事でしょうか……。アーナの為に、是が非でも手に入れなくては。」
と、呟いた。
その瞳は、仄暗く燃え盛っているかのようだった。
――
時は少し遡り。
ユウナが方向を定め走り出し、程無くした頃。
凄まじい咆哮が森に響き渡った。
「リト! あれ、ナイの声だよ!」
「うん! 急がなきゃ!」
リトの勘のみを頼りに降りた地点は、少し方向がずれてしまっていた。
軌道修正をしつつ、二人は疾走した。
その数分後――
全力で森を駆け抜けてきたユウナは、ナイの咆哮が聞こえた辺りの街道にバッと勢い良く飛び出ると、バシャッと、水溜まりに飛び込んでしまったようだった。
昨日も今日も、雨なんて降ってないのに。
なんで水溜まり?そう思った瞬間、
「ユ……ユウナ……そ……それ……! ち……ち……血が……!」
少し後方を飛んでいたリトが、異変に気付いた。
「へ? ……ち? なに?」
恐る恐るユウナは、自分が踏んだものを見下ろした。
「え……えぇ……なにこれ? 血……?」
見慣れない光景を目の当たりにして、ユウナは思考力を失った。
「ユウナ。無事か。」
そんなやり取りに、じっと伏せていたナイは顔を上げた。
そのナイの声で、ユウナは正気を取り戻したようだ。
「ナイ! お母さんは?」
「ユウナ! 良かった……!」
「お母さん!!」
茂みに潜んでいたマリーカは、ユウナの声に飛び出してきた。
そして、うっかり血みどろになってしまったユウナを抱きしめた。
「お母さん……。汚れちゃうから……。」
「ああ……。ユウナ……。そんな事、いいのよ……。ユウナが無事なら、いいの……。」
マリーカの閉じられた目の端には、薄らと涙が浮かんでいた。
暫しの抱擁の後。
「マリーカさん。王館で、何があったんですか?」
リトは、異能で血みどろになってしまっていたユウナとマリーカを綺麗にしながら質問をする。
問われたマリーカの表情は、少し暗い。
「そうね。今後どうするか決めないといけないわね。順を追って説明しましょう。」
マリーカの言葉に、二人は深く頷いた。
「先ずは、私が王館に行った用向きね。それは、ユウナの旅に着いて行く許可を貰いに行ったのよ。」
「えぇっ?! そうだったの?! それで、どうだったの……?」
「そうね……。フォルセ王の許可は頂いたわ。
ただ……。ユウナ。落ち着いて聞いて欲しいの。」
「う、うん。」
「あなたの本当の母上、ルーナ様が追放されて、新しい王妃が迎えられていたわ。既に、跡継ぎも生まれたと。」
「え、母様が……?」
「そのレーナ王妃は、苛烈で野心家のようで、ユウナ……あなたの命を狙っているの。
私も、私の異能を狙われていて、身柄を拘束したいみたい。私達は、もう……ミュルク村には帰れないわ。」
ユウナは――情報過多で、処理し切れない様子だ。
「え……」
焦点の定まらない瞳で、短く声を漏らすのみだった。
それはリトもあまり変わらないようで、マリーカに聞き返した。
「えっと……新しい王妃に、ユウナは命を狙われていて、マリーカさんは、身柄を狙われているって事ですか?」
「そうね……。」
「なにそれ……。なんでよ……。」
リトは、拳を握り締めて、俯いてしまった。
すぐそこにある凄惨な光景は、突如として訪れたユウナのこれからの日常という事だ。
いや、それならまだいい。
ユウナは、あの変わり果てた兵士たちのような姿になる事を望まれているという事なのだ。
とても許せる事ではない。
「ユウナ。私達は、旅……いえ、逃亡しなくてはいけないの。国外に、一刻も早く出なくては。
……一先ずはスヴァルト国へ。」
「スヴァルト国……」
「そう。私にも伝手は無いけれど、アルヴからの追手は入れないわ。正式に部隊を派遣しようにも、スヴァルト国王と交渉が必要な筈よ。」
ユウナは、何かを考え込んでいるのか、何も考えられないでいるのか、すっかり押し黙ってしまった。
「……ルーナ様の事は、早目に捜しに行きたいとは思うわ。でも、ユウナの安全確保が先。」
マリーカは、ユウナを抱き締めた時に強烈に実感したのだ。
親は、子供を生かすものだ、と。
ユウナ廃嫡に異を唱え、追放されてしまったルーナも、きっと同じ気持ちだろう、と。
たとえ寿命が短かろうとも、理不尽にその命を奪われる事など、あってはならないのだ。
そう悟ったマリーカは、ユウナと共に亡命する事に決めたのだった。
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