2. こんにちは赤ちゃん
文章の視点が頻繁に移り変わります。御承知おき下さい。
巨木の立ち並ぶ、雄大で、広大な森。
そこには、とある種族の暮らす国がある。
その国は、いくつもの村々の寄り集まり。
豪奢でもなければ、発達しているとも言い難い。
だが、国民をまとめる王族はいて、その王族の住まう地が、その国の中心地だ。
そこには、一際巨大な樹の幹を半分ほどくり抜いた構造物がある。
古木を活かしたその内装は、素朴な印象すら与える、だが気品と落ち着きのある木造建築だ。
それがこの国で最大の建造物、王の館。
その日、その館の一室で、新たな生命の誕生を告げる調べが、高らかに響いた。
――オギャーオギャーオギャーオギャー!
薄い金色の、肩まである長髪が特徴的な……
いや、むしろそれよりも、その長い髪の隙間から延びる、長く尖った耳の方が目立つ男。
その男は、興奮気味な口調で叫んだ。
「おぉ……! 産まれたぞ! 産まれたぞー!」
耳長の男は、横たわる女の手を握り締め、労いの言葉を掛けた。
「よくやった……! よくやった……!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
寝台に横たわり、息も絶え絶えな女。
その女の耳もまた、長く、そして尖っている。
まるで絵画からでも抜け出してきたかのような美貌を持つその女は、薄い緑の長髪を乱しながら、耳長の男に問う。
「はぁ……はぁ……。あなた……。赤ちゃんは……?」
「ああ。しっかり産声も上げて、元気なもんだ。
今、マリーカが洗ってくれている。すぐに抱けるさ。」
興奮気味の耳長の男、肩で息をする女、赤子を産湯に遣わす女。
それらを余所に、当の赤子には、既に確固たる自我があった。
――(んん……なんだか……うるさいな……)――
少しだけ意識が目を覚ましたけれど、何だかとっても眠たくて。
それに、目も見えないというか……焦点が上手く合わない感じ。
……メガネ、欲しいな。
でも、やっぱり……眠いから、寝ちゃおう……。
その赤子は、周囲の音を喧騒だと認識したが、すぐに眠りについた。
――
「ルーナ様。どうぞ。お抱き下さいませ。」
布に包まれた赤子を、マリーカと呼ばれた女が運んでくる。マリーカもまた、耳が長い。
「あらあら、頑張って産まれてきてくれたから、疲れちゃったのね。気持ち良さそうに寝てるわ。ふふふ。」
赤子を受け取り、満足そうに慈愛の笑顔を向ける女。
それを見て、男もまた、満足そうにしている。
「ああ、ルーナに良く似ている。美しい姫になりそうじゃないか。希望の樹の実が楽しみだな!おお、そうだ。私が取ってこよう。もうあるはずだからな。」
「気が早いですね。ふふ。」
「明日、その子に名前を付けて、実を植えよう。」
――――
――
巨樹の館から、少し東には、さほど大きくない木々が規則的な間隔で群生している場所があった。
それが、希望の樹の群生地である。
希望の樹。
それは、耳長の種族、エルフの生命とも言えるものだ。
希望の樹は、エルフの誕生と共に実を付ける。
それを赤子の手で植えると、成長を始める。
そして、ある程度の大きさになると、成長を止め、そのエルフに恩恵を与えた。
やがて樹が枯れると、遠からずしてエルフも寿命を迎えてしまう。
その樹齢はかなり個体差があるが、何事もなければ、少なくとも500年は生きる。
その日、ルーナの樹に、一つ実が生っていた。
耳長の男は、それを取りに来ていたのだが……。
その多くは赤い実を付ける希望の樹だが、その実は、通常とは異なっていた。
「おお、あった。……然し、不思議な色をしているな……。吉兆……? はたまた凶兆……? 一体……何かの兆しだろうか……?」
耳長の男は、疑問に感じながらも、慣例に習い実をもぎ取ると、その場を後にした。
――――
――
巨樹の館に戻ると、耳長の男は、足早に妻であるルーナの元に向かう。
そして、寝台で安静にしていたルーナに話しかけた。
「ルーナ。」
「あなた。戻られましたか。」
ルーナは、少し疲れた顔色だが、先程よりは息も整い、耳長の男の再訪に喜んでいる。
耳長の男は、言葉少なに先程もぎ取ってきた実を、ルーナに見せた。
「ああ。実も付いていた。ほら、これだ。」
ルーナは、その実を手に取ると、観察するように、じっと見詰める。
「あら……?不思議な色ですね。虹のような……。それに、何か淡く光っているように見えますね。」
「そうなのだ。どういうことなのか……。分からないが……もしかしたら、特別な子なのかも知れないな。」
耳長の男は、期待と不安が入り混じった心持ちだった。
だが、ルーナには動じた様子はなかった。
ただその手に渡された木の実を、不思議そうに眺めていた。
――――
――
翌日。
「ルーナ。大丈夫か?」
「ええ。マリーカが治癒を施してくれましたから。」
「そうか。無理をさせたくはないが、これも習だ。王である私が破る訳にはいかない。ゆっくりでいい。行こうか。」
「はい。もちろんです。」
「マリーカ。頼む。」
「かしこまりました。」
マリーカは、すやすやと寝ている赤子を抱き上げた。
そして、ルーナの元へ運ぶ。
「あら、まだ寝てるのね。ふふ。持てないでしょうけど、これを……」
ルーナは、虹色に淡く光る実を赤子に持たせるように、胸の上に置くと、落ちないように布で優しく結んだ。
「さ、参りましょうか。」
――――
――
ふと、赤子は、ぼんやりとではあるが、意識を取り戻した。
――ザッザッザッザッ
……なんだか、揺れてる?
歩いて……運ばれてるのかな?
相変わらず、よく見えないなぁ……。
すごくぼやけてる……。
あれ? これ、なんだろう?
果物みたいな匂いがする……もの? を、いつの間にか持たされてた……?
美味しそうな匂い……。
ちょっと齧ってみようかな?
赤子は、持たされていた実をカリッと齧った、つもりだったが、上手く齧れなかった。
固いのかなぁ? 上手く齧れないなぁ。
あ! でも、ちょっと甘いかも。
少しだけ傷付いて破れた皮の部分から、果汁が漏れ出た。
それは、美味だったようで、赤子はチュウチュウと吸って、その味を楽しんだ。
すると、先程まで響いていた足音が止まる。
ルーナの樹の、すぐ近くである。
「よし、ここでいい。始めるとしようか。」
「あなた、その子の名前は決まったのですか?」
「ああ、大丈夫だ。嘗ての英雄に肖ろうとな。
マリーカ。その子をここへ。」
「はい。」
「我、フォルセ・アルヴ・ヴァルコイネンがここに宣する! 汝の名は、ユウナ! ユウナ・アルヴ・ヴァルコイネン! その名を冠し、種の繁栄を導きしものなり!」
その宣言と共に、赤子は光に包まれていく。
(え……なにこれ? 眩しい!! え、私、どうしてたんだっけ?)
激しい光の中、朦朧としていた赤子の意識は覚醒した。
やがて、光が収まると……
(え? あれ? ここ……どこ?! 木がたくさん……森?! なんで……?! 私、病院に居たんじゃ……?)
ユウナと名付けられた赤子は、状況が俄には理解出来ず、クリアになった視界で、キョロキョロと辺りを見渡している。
(あ……! そうだ……! 私……神様に生まれ変わらせてもらったんだ! え……で、なんで森の中にいるの?!)
「まぁ! 素敵な名前ですね! 英雄ユーナリオン様から取られたのですか?」
(この人達、誰? 耳……長い……男の人と、女の人が二人……普通に考えたら、お父さんと、お母さんなんだろうけど……お母さん、どっちだろ?)
ルーナは、我が子の名前が気に入ったようで、満足そうに喜びを顕にしている。
フォルセは、地面に浅い穴をあけながら指示を出す。
「ああ。いい名だろう。
さ、ユウナに実を持たせ、植えさせるのだ。
マリーカ。ユウナをルーナに。」
(え……え? なに? なにかさせられるの?)
赤子は、状況がまだ理解出来ずにオロオロとするが、上手く身体も動かせず、言葉も解らない。
「さ、ユウナ。実を植えましょうね~」
ユウナは、実を手に持たされると、反射的に握り絞めた。
そして、穴の上で、実を離させられる。
(え、私、なにをさせられてるんだろう……?)
ユウナには、全く理解出来ていなかったが、実が穴に入れられるのを確認したフォルセは、実に土を被せた。
しばらくすると――
――ボコッ……ボココッ!
と、音を立て、実から芽が出たかと思うと、急成長を遂げ、立派な樹の姿に成った。
その現象を目の当たりにしたフォルセは、驚愕する。
「お……おぉ……何だこれは……?! あまりにも早い!」
やがて成長を止めた希望の樹は、虹彩を放ち、それに共鳴するように、ユウナも再び光に包まれた。
「な……ユウナ! あなた! ユウナが!」
「何が起こっているんだ?! こんなことは聞いたことがない!!」
その虹彩は、ユウナに吸収されるようにして収まると……
「あ、えっと……。お父さん……と、お母さん? ですか……?」
「「な……! ユウナ……?!」」
ユウナは、急成長を遂げていた。
そして……
「フォルセ様! ルーナ様! 樹が……! 希望の樹が……!」
悲痛な叫び声を上げるマリーカの指差す先……
ユウナの希望の樹は、すっかり枯れ果てた姿へと変貌を遂げていた。
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