103. 川原はきのこ
なぜかボーっと立っているクマさんと狼を発見して、四つん這いのまま見ていたのですが……
甘い匂いがしたと思ったら……なんだか……頭がボーっと……
「……ユウナ? ユウナっ?!」
遠くで……
リトの声が……
聞こ……
え……
――――――
――――
――
「――ユウナっ! ユウナっ!!」
なんだか……すっごくゆさゆさされているような……?
「ユウナってば! しっかりして!」
「うーん……あれ? リト……? もう朝……?」
「キュイッ!」
なんだか……リトにゆさゆさとされてたみたいで、そこにエメが飛び乗ってきました。
んー? あれ? 私、何してたんだっけ……?
「ユウナ! しっかりして!」
「……えっ?! あれっ?! 私……」
「ユウナ、様子を見るって言って……茂みで倒れちゃったんだよ!」
あー! そうだ! そうだった!
「それで、エメが気が付いて……」
「キュイッ!」
「そうなんだ……。ありがとね、エメ」
エメの頭をなでなですると、満足そうにキュイっと鳴きました。可愛いですね!
それに、助かりました。
でも、何だったんだろう? あの甘い匂い……。
あの匂いを嗅いだら、意識がなくなった感じ……だったような……?
あっ!
「ねぇ、リト。甘い匂い、してない?」
私も何が起こったのか、はっきりわかりません。
でも。
「え……ちょっとわかんないかな」
ここで、匂いがしてたら。リトも、エメも、危ない気がして。
「そっか……。あのね、何か甘い匂いがしたんだよね。それで、ボーっとなっちゃって……。たぶん、あの匂い、ずっと嗅いでると……」
「気絶、しちゃうのかな?」
リトの目が……水色の瞳が、くっと大きくなりました。
「そうだと思う」
私が言いたかったこと、リトは、すぐに分かってくれたみたい。
「うーん……。だったら、どうしようか……。風でも起こしてみたら、川まで行けるかな?」
さらに! 次の一手を考えてくれたのです! さすが、リトですね!
「そうだね! たぶん、あのクマさんとか、襲ってこないと思うし!」
「襲ってこないなら、近付いて調べてみよっか?」
「えっ……? でも、なんか、目とかどろっとしてて……変だったよ? 変な病気とかなら、移ったりしないかなぁ……」
なんというか、とても気持ち悪い感じの顔になってたんだけど……。あんまり触りたくないなぁ……。
「病気……?」
あ、そうだった。エルフって、病気の感覚違うんだった。風邪みたいなの、ないんだよね。
「えっと、呪い? っていうのかなぁ」
「呪い……。そっか。そうだね、触らない方がいいかも」
リトが水色の髪を揺らして、頷きました。
「じゃあ、風を起こすね」
リトの背後から、ぶわっと風が巻き起こって、私を包みながら吹き抜けていきます。
「行って、みよっか……」
「うん。風の中から出ないでね」
「うん。リト、ありがとね」
今度は、堂々と歩きながら、クマさんたちに近付きます。
風のおかげか、さっきの匂いは全くしません。
それでも、音をあまり立てないように、そろそろっと歩いて、ゆっくりゆっくりと。
あと、ほんの2メートルくらいの場所で止まる。
「リト、ちょっと待って」
「う、うん」
こんなに近くまできたら、私の視力的には、ものすごくはっきり見えてしまいました。
クマさんの目も……狼さんの目も……ただ、濁ってるだけじゃ、ない。
ゼリーみたいに、どろりと溶けて、ボタリボタリと、涙のように垂れていました。
ちょっと、ぞわっと背筋が……。うー……気持ち悪いー。
本当に、あんまりじっと見ないほうが……って、あれ?
黒い穴みたいになった、目の奥に、瞳じゃないものが……。
なんだろう、あれ。
ほわほわとした、白いもの。
……カビ?
うーん。でも、あんなに大きいのかな?
「ねぇ、リト。クマさんたちの目の奥にさ、なにか……あるんだけどさ。ちょっと気持ち悪いんだけど、なにか分かる?」
本当は、見て欲しくなんかなかったけど。
すぐには思い付きそうになかったし、あんまりここに居続けるのも、よくない気がして。
だから、リトに訊いてみた。
「ううっ……。なにあれ、溶けて……るんだね、ほんとに……」
やっぱり、リトも顔を歪ませていました。ごめんね……。
「え、あれ、キノコ……かな」
「え。キノコ?! 動物に、生えるの?!」
「うーん。滅多にはないと思うんだけど……。あ、でも、言い伝えで聞いたことあるかも。すごく長生きだったエルフが、身体からキノコが生えて……最期には樹になった……みたいなお話」
ええー……。私は、エルフの中では短命みたいだから、そんなことにはならないんだろうけど……。キノコになって、樹になるの?! すっごく嫌だなぁ……。
「ん? あれ? でも、希望の樹は? エルフが死ぬときって、一緒に枯れるんだよね? エルフが樹になっちゃったらどうなるの?」
「うーん。わたしも言い伝えを聞いただけだし……。詳しくは全然わかんないかなぁ……。それより、依頼、どうしようね?」
「あー、でも、変な声がって言ってたよね、村の人。クマさんも狼さんも、全然吠えたりしなけど……」
「上流まで進んでみよっか。ユウナが言ってた匂い、たぶん上流から風に乗ってきたんじゃないかな?」
「あー。そうかも。あっちの方が、濃かったかも」
私が指さした方は、確かに川の上流でした。
「やっぱり、上流なんだね。……あ、ヴィヨンと狼、一応燃やしておくね。エルフにも生えるキノコだと、大変だから……」
――ボッ!!
私が返事をする前に、クマさんと狼は、少し白っぽい炎に包まれていました。
病気、じゃないけど、移る……かも知れないもんね。
勢いよく燃えていくクマさんと狼は、きっとすごい匂いがしてるんだろうけど。リトの風のおかげで、全然わかりません。
「じゃ、ユウナ、索敵お願いね。風はずっと起こしてるから。でも、わたしの精力不足してきたら、一旦引き返そう」
エメを胸元にしまって、リトが歩きだしました。
「あ、うん。ごめんね?」
私が、言法使えないから、いつもリトに頼りっぱなしだ。
身体は頑張って鍛えたけど、風を起こしたりなんて出来ないし。
「え? なんであやまるの?」
「だって、無理させちゃうし……」
「……ユウナはさ、わたしが困ってたり、危ないとき、助けてくれたよね? だから、こんなの無理でもなんでもないよ。それに、マリーカさんとも約束したし……」
「え? お母さん?」
「マリーカさん、帰ってくるんだから。ちゃんと待ってないと。ユウナも、約束したよね?」
「あ、うん。そうだね。強く、ならないとだし。フェアランドに行かないとだし……」
「訓練上手くいかないわたしに、ふたりでがんばろって、いつもユウナが言ってくれるのに。……だからさ、ユウナ。この旅も、ふたりでがんばろ」
「……ありがとう、リト」
「キュイッ!」
リトの胸元から、ヒョコッとエメが顔を出しました。
「あ、エメとさんにんだね」
エメをなでるリトは、柔らかい笑顔でした。
「あはは」
自然と笑顔になりました。
リトがいてくれて、本当によかった。私、ちょっと、泣きそうでした。
と。
せっかく心がじんわり温まったところだったのに……。
「リトぉー。あれ、なんだろ……」
変なものを見付けてしまったのです。いや、たしかに探してはいたんですけどね?!
「えっと……」
リトの垂れ目がちな柔らかい眼差しが、グッと鋭くなりました。
大きな――キノコのようなものが、川原に……たくさん。
キノコの森――というよりは、ぎっちりと密集して……エノキみたいになっていました。樹みたいに、すっごく大きなエノキ。
キノコ、美味しいのは好きなんだけど……。
あんな不気味な感じなのは、ちょっと嫌かなぁ……。
「これ、一気に燃やしたら……なんとかなるかも」
リトが言いながら、ふっと手を挙げた直後。
――ボォン!!
火というよりは、爆炎が、キノコの森で炸裂しました。そう、炸裂でした。やっぱりリトはすごいなぁ。
「あ、なんとかなりそうだね――」
と、口にした瞬間。
「ギョアアアア……ナ……ヤ…………ツ……」
気味の悪い、金属音みたいな……声が――?
ゴオッと立ち昇った赤い柱の中に、揺らめく――黒い影が、ちらりと見えた――気がした。




