102. 頼みごとをされてしまいました。
「たしか、こっちのほうって言ってたよねぇ」
背の低い藪をかき分けながら、リトに訊いてみると。
「うん。方向的にはあってると思うし、川があるなら……ちょっとずれても、分かるんじゃないかな……」
同じように藪をかき分けながら、ちょっと眉間にシワをよせていました。そんな顔もかわいいですね!
と。
なぜ私たちがこんな藪をかき分けてるかというと。
野宿した翌日。
私たちは、さらに歩を進めて。トゥレイア山から二つ目の村まで到着しました。
そこで、交換品を出して、お泊りの交渉をしようとしたんですけど。
宿泊所の管理の女性に話しかけたところ。
「え? 王都からきた? アルヴ族だよね?」
「あ、はい。移住してきて……」
「へぇ。それがこんなところにいるだなんて。旅人してるのかい?」
「あ、いえ、職業的旅人ではないんですけどぉ……。普段は軍で訓練させてもらってたり、って感じですかね?」
「軍だって?! ってことは、戦えるのかい?!」
「え? あ、はい。まぁ……そう、ですかね……?」
「だったら交易品はいらないから、頼みがあるんだよ!」
という、流れになってしまい。
その依頼を受けることを条件に、泊めてもらったわけですねぇ。
で、朝から山じゃなくて川を目指すことになっちゃったわけです。
ちょっとしたタイムロスではあるんですけど、しかたないですよね。
「で、変な声ってなんだろね? リトは何だと思う?」
今回頼まれた件。
川の近くで怪しげな、恐ろしい声? が聞こえて、その件を王都に相談するかどうかとか、村中で話し合っていた最中だったらしいのです。
「うーん……。この前みたいに人魚さんでもいるのかな?」
リトの顎に指を当てながら考える仕草、かわいくて好き!
そういえば、大きな河での人魚さん事件、あったなぁ。メルちゃん。本名は……メルストロム……? だっけ。
「あー……。メルちゃんだったら戦う必要はないね。そうだったらその方がいいなぁー」
「ユウナ、仲良くなってたもんね」
「そうそう。だから話せばだいじょうぶだと思うー」
「うん。そんな感じだといいけど……。でも、この辺りまでの哨戒任務って減ってるんだよね?」
「あー。そんな感じのこと、カーラさんが言ってたねー。でも、もうヒルドルさんたちも元気になったとは思うけど……」
人手不足とかで、お泊りの哨戒任務の出動回数が減ったとかなんとか。
そういえば、私が訓練に参加するようになってからって、あんまりお泊りの任務行ってなさそうだったもんなぁ。
ほぼ毎日訓練に参加出来てたし。たぶん、時々あるお休みの日が、みんなお泊り任務だったんだろうなぁ。
私たちは軍属ってわけでもないから、哨戒任務もお手伝いだし、お泊りなんて全く――
「――あ。なんか聞こえる……」
「え? ほんと?」
「キュッ!」
かわいい目を丸くしたリトの胸元から、ひょっこりエメが顔を出してました。音に気が付いたのかな。
「キュイッ!」
「あ、ちょっと?! エメ!?」
またエメがにょきっと出て、てしっと着地したかと思ったら……。
颯爽とかっこよく走っていってしまいました! 張り切ってるみたいですね?
「どうしようユウナ?! エメがいっちゃった……」
「あー。この前の感じと同じだったら平気だと思うけどぉー……。追っかけよっか」
エメは、カンがいいのか、耳がいいのか。メルちゃんにもすぐ気づいてたみたいだし、リトのピンチも教えてくれたし……今回も何か発見したのかもですね。
そんなわけで。
「いこ、リト!」
「あ、ちょっと、速いよー!」
全力でエメの後を追って走り出した私を、リトが低空を飛びながら追ってきてました。
やっぱり、リトってすごい! 飛んでるエルフって見たことないもんね。
背の低い藪を飛び越えたりすり抜けたり。平地を走るよりは少し障害物競走だったけど。前世では運動なんて見てるだけだったし、こーゆーのも結構楽しいんですよね!
「キュイッ!」
エメが走って行った方にしばらく進むと、エメが止まっていました。私もそっと急停止します。
「エメ、どうしたの? なにか見つけたの?」
「キュッ! キュイ!」
なんだかエメは、いつもより小さめの声で鳴いていました。
と、いうことは……
「……はぁ……はぁ、ユ、ユウナ……」
「リト。しー」
すぐに追いついてきたリトに人差し指を口元に当てて、"しー"のポーズ。リトも察してくれたみたいで、すっと静かに地面に降りました。
「なにか……わかったの……?」
そんなリトは、おそるおそるといった感じ。
「エメが警戒してるみたいだから、なにかいると思う」
「警戒ってことは、この前の人魚さんじゃないんだね……」
「うん。この藪の先、たぶん川原だと思う。……そこに何かいそう」
水の流れる微かな音が聞こえてきます。と、いうことは、怪しい声が聞こえたのってこのあたりかも。
「キュイッ!」
「うん。見てみるね」
そろーっと音を立てないように……四つん這いで藪の下からひょこっと顔を出すと。
え? あれって、クマさんだ……。けど……様子がおかしい……?
この前リトがやっつけたクマさんよりも小さいんですけど、なんと言うか……よだれをダラダラ垂らしてて、舌もベローっと垂れてて……何よりも、目が……どろりと濁ってて……溶けてる?
しかも、他にも狼が2頭……?
争ってる感じでもなくって、ぼーっとしてるみたい。
その狼も、クマさんと同じように、やっぱり様子がおかしいみたいでした。
近くには襲われてるひととかいなくってよかったけど……と、思っていたら。
風が、吹きました。緩やかな風。すこし、甘いような匂いが辺りに漂ったような気が。
アレ……? まさか……こ……れ……




