101. 不思議な世界と私
空に橋が架かりだして、三日。
私と、リト、そしてエメは今……草原を歩いています。
「はぁ……はぁ……やっぱり、歩きだと……すごく遠く感じるね……」
「私がスヴァルトに来た時は、すぐにゲイル部隊に会って……ルクに乗せてもらったんだよねー」
お母さんと越えたトゥレイア山。山にいちばん近い村から王都は、ルクの脚で三日かかりました。
徒歩だと、倍くらいはかかると思います。
「7日くらいで橋が架かるって……ブロックルさんが言ってたし……あれからすぐに出たのに……」
歩きづめだからか、リトの言葉は途切れ途切れ。息交じりです。
確かに、ちょっと大変かも?
「キュイッ?」
エメは歩いたり走ったり、私に乗ったりで、やっぱりなんだか元気ですね。
今は、てちてちと私たちの前を元気よく歩いています。
そうなのです。
私たち、ブロックルさんの工房を訪ねたあと。
ムクとロラのことは、ナッビさんがお世話してくれることになって。
リトが旅の準備をしてくれてる間に、もう一回楯部隊の建物に私が走って、ヴィスナさんにお話したりして。
次の日の朝には、出発したのです。
それから三日間。
休憩地を経由しながら、草原の街道をただひたすら歩きました。
途中、大きい虫とか出ましたけど、やっぱりリトはすごいので、特にピンチになることもなく。
たぶん半分くらいまで進んでいるはずなのです。
たぶん……というのは、時々街道にある色つきの石が大体の距離を数えるものらしいのですが……文字が書いてあるわけでもないので、正確には分からないんですよね。
文字の制限的には、これでギリギリかもって話みたいでした。石は文字じゃないですからね!
とはいえ。旅人にはやっぱり不便ですよねー。神様ってひどい。
「あ、リト。また何かいるかも? 気を付けて」
「え? また? なんだろ……」
少し先、草むらの中からカサカサと音がします。獣かなぁ? それとも虫かなぁ?
このままのペースで歩くと、体感五分くらいかな?
村に泊めてもらうとき用の素材になるような獣だといいけどなぁー。
そんなことを考えながら歩いていたら。
――ガサッ
少し進んだあたりで、草むらが激しく揺れました。
「あ、ほんとだ。いるね……」
リトも物音に気が付いたみたいで、歩く速度がじりじりとゆっくりに。警戒しているようですね。
――ガサガサッ!
「あ、イノシシだね。私がやるね!」
結構ずんぐりとした大きなイノシシが、草むらを踏みしめながら、急に走り出して、こっちに向かってきました。
「だいじょうぶ?」
リトはちょっと心配そうです。
「イノシシは慣れてるし! だいじょうぶだよ!」
ミュルクの森ではよく出会ってましたからね! 今はもう鹿とイノシシは慣れているんです!
「斬!」
ダーインスレイヴを剣にして、ドドドッと地面を響かせてくるイノシシを迎え撃ちます!
「ブフゥ!」
イノシシはそのまま勢いよく突進してくる気のようですね。というか、そうじゃないイノシシは今のところ見たことないですけど。
「ブッフゥ!!」
眼前に迫ったイノシシの突進からの突き上げを――
「よっと」
身体をひねりながらジャンプしてかわしつつ――
イノシシの首筋に向かってダーインスレイヴを振り下ろします!
少しの抵抗感をてのひらに感じつつ、剣先は、スルリと硬そうな毛に覆われた首筋へ吸い込まれていきました。
空中で二回転。剣を振った反動を利用して、くるんと身体をひねって、ストッと着地!
――ドドドッ……ガッ――ドォン……
剣先が首筋を通過したイノシシは、しばらくそのまま走って……ポロリと落ちた首につまずいて、倒れて止まりました。
さすがダーインスレイヴですね! 切れ味抜群です!
「じゃ、解体しちゃおっか!」
「う、うん」
――――
――
イノシシを解体して、少し進んだところで、今日は野宿となりました。
パチパチと音を立てて踊る火が綺麗で、楽しくも落ち着いた気分になっちゃう感じで、ちょっと不思議なのです。
「それにしてもヤルンのバッグは便利だよねー」
旅のお供に、バッグには調味料的な花などもたくさん入っているのです。今はさっき解体したイノシシも全部入ってます。
「うんうん。旅には必須だよね。はい、ユウナ。お肉焼けたよー」
「あ。ありがとー」
リトは、私がバッグの整理をしている間に、ご飯の準備をしてくれていました。
ホカホカと湯気を立てて、少しこんがり焼き色のお肉が入ったお皿を、リトが笑顔で渡してくれます。かわいいですね!
それはそれとして。私は言法が使えないので、アルヴ族的な料理方法が出来ないのです。スヴァルト的道具を使ってなら何とか……なのですが、リトがいつもやってくれるのです。
ほんとに便利ですよね、象言法。かまどみたいなのも火起こしも、リトがじっと見てるなって思ったら、もう出来てるんですよね。とってもありがたいです。
「キュイッ!」
「あ、うん。エメのぶんもあるよ」
エメは小さいけど、けっこう食いしん坊なんですよね。てっしてっしと、とっても催促しています。
リトの手から、私たちの分と同じくらいの大きさのお肉の入ったお皿を受け取って、満足したみたい。
「キュッ! キュイー!」
嬉しそうにしっぽを上下にピコピコさせて、かわいいですね!
私も、リトが創ってくれた椅子がわりのでっぱりに腰かけて……
「いただきまーす」
新鮮イノシシ肉のハーブ焼きって感じですかね! カプッとかじると、フルーティーな香りがフワッと鼻をくすぐってきます。そしてあふれる肉汁は、壊れた蛇口のようです! 少しスパイシーに味付けされてて、ものすごく美味しいです!
「おいしいね~~~!」
「キュキュキュイッ!」
「うん。交換用にも使えるだろうし。……よかったね、虫じゃなくって……」
リトは、道中の虫を思い出したみたいで、美味しいお肉を抱えて、ちょっとげんなりしていました。
虫。
この星の虫、すっごく大きくって……控えめに言ってとっても気持ち悪い見た目なんです。とてもきもいのです。
交換用にもあんまり人気がないみたいで、持っていくのは諦めました。
まぁ、気持ち的にもちょっと……って思ってたのでいいんですけど。
退治した虫は、リトが綺麗に燃やしていました。少しは哨戒任務のひとたちが楽になるといいけど。イナゴみたいなのが、けっこう出たんですよね。
大きい虫はけっこう強いので危ないんですよ。
「ねえ、ユウナ。橋、濃くなってきてるね」
「あ、ほんとだぁー……」
夜空は今日も綺麗です。
その満天の星空に白い光の亀裂が走っているようで。
オーロラって見たことないですけど、空に架かるカーテンってイメージですけど、たぶんちょっと違うんですよね。
本当にすごくはっきりと見えます。光の橋って言い方、すごく納得しました。
「まだ距離ありそうだし、がんばらないとねー」
「う、うん。そうだね……」
空に走る光の橋は、幻想的でとても不思議な光景です。
改めて、私は不思議な世界にいるんだなって実感がわきました。
フェアランドに、私の異能のヒントがある……っていうのも、本当なのかもしれません。
それよりも……ナイ……。待っててね。私、ちゃんと迎えにいくからね。




