100. 空の彼方に
問題の? お茶会は、お茶もお菓子も軽食も、全部全部美味しかったです。
なんだか、リーズ王子がちょっとイライラしてたりしてましたけど、リトもいたし、ミーミルさんともちょっとお話したりして、なんとか乗り切ったのです!
そして。
「探検、行けなかったけど……美味しかったね!」
「うん。そうだね……。でも、王子……あんなに無視しちゃってよかったの?」
お城からの帰り道。
リトと話しながら、夕暮れの中を歩きます。和風の街並みが朱に染まって、とても風情がある感じです。
アルヴヘイムは、四季みたいなのがなくて、年中春のような秋のような過ごしやすい温度なんですけど、こういう風景はなんだか秋っぽさを感じますね!
探検は行けなかったけど、また行けばいいし、まぁよかった? のかなー?
エメたちも、お庭で遊んだり美味しいものをもらっていたみたいで、わりと満足したみたいですしね。
エメ、今はムクの上でスヤスヤしています。いつもはやんちゃだし、こんなのもかわいいですね!
「ん? 王子? なんかイライラしてたし、あんまり話したくなかったんだよねー」
「うーん……それだとユウナ、またお茶会誘われるんじゃない?」
「んー……リーグ王子じゃなかったら、お茶もお菓子も美味しいし、行ってもいいかなぁって思わなくもないけどぉ……でも、ムクたちがたいくつになっちゃうしね! 探検いかないとだよ!」
「そっかー……王子、しつこく来ないといいね……」
リトはそう言って、小さい息をふっと落として、夕陽に照らされて薄紫みたいになった髪を揺らしながら、振り返って……そして茜空に視線を送りました。
「王子は~……無視してればいいし! それより、ミーミルさんは大丈夫そうだったけど、アーナは……」
「あー、アーナ姫……ずいぶんヒドイ感じだったもんね。ユウナの妹だなんて信じられないよ……」
「レーナ王妃の影響なんだろうねー。ちょっとだけ実物見たけどさ、ホントにひどかったよー!」
「ああ、護衛の仕事の時だよね。……でも、ほんとにアーナ姫が来て、しかもユウナに会っちゃうなんて……これからどうなっちゃうんだろね……」
リトは、視線をさらに上に向けながら、言葉を空に溶かしていきました。
「うーん……。でも、ミーミルさんがアーナのこともなんとかしてくれるみたいなこと言ってたし……」
そんなリトに、少し見惚れながらも、会話を続けます。
「戦争回避のためには、アーナ姫とお世話係のひとの口を塞ぐ必要がある、だっけ……。ミーミルさん、信じて大丈夫なのかな……?」
「うーん……。さすがに……スヴァルト国内で変なことはできないと思うよ? それに……アーナもこの国に、今いるわけだし……3人ともお城住まいになるって話だったしね……」
「そっか……そうだよね……。だいじょうぶ、だよね……」
なんだかリトの祈るような声色は、空に溶けたはずなのに、私の心の奥に住み着いてしまったかのようでした。
「……うん。ごめんね、ユウナ。変なこと言って。……あ、そうだ。さっきわりと食べちゃったけど、今日の晩御飯……どうしよっか?」
「あー、そうだねー。まだそんなにお腹空いてな……え? あれ……」
リトにつられた感じで、空を見ながら話していたのですが……今日の空……何か変で……?
「ん? どうしたの?」
私が空を見上げたまま固まっていたら、リトもその方向を見て――
「え、あれって……?! もしかして……」
と、驚きの声をあげました。
空の一部、トゥレイア山の方向――そのあたりに、細長い光がゆらゆらと――そしてゆっくりと、茜を白く切り分けながら、どこかへ伸びていっているようでした。
あんなの、いままでなかった。
まだまだ小さな光の筋という感じだけど、あれがきっと光の橋だ!
「ね、リト! ブロックルさんのとこ、行こう!」
「う、うん……!」
――――
――
私たちは、家に帰らずにそのままブロックルさんの工房に向かいました。
時計はないので、正確な時間はわかりませんが、あんまり遅いと迷惑だと思うので、まだお仕事していそうな時間までにと急いだのです。
みんなには工房の玄関あたりで待っていてもらって、私はいつもの窓側へまわりました。
――コンコンッ……ゴッ!
やっぱりまだ作業中のようで、音がしていました。
「あ、ブロックルさん……」
いつもなら待つんですけど、今日も緊急事態です! ごめんなさい、ブロックルさん……邪魔をしたいわけじゃないんです……!
「……ん? ああ、嬢ちゃんか。どうした、またなんかあったのか?」
「ユウナ様。お声がけとは珍しいですね」
どうやらブロックルさんは、剣の柄をつける作業中のようでした。ナッビさんもお手伝いなのか、何かを運んでいたみたいです。
「あ、えっと、そ、空にっ……」
「あぁん? なんだ、そんなに慌てて……。まぁ……もうじき終わる。入ってこい」
ブロックルさんは、顔も上げずにそう言いました。
「あ、はい」
私は玄関にまわりました。
――――
――
お仕事が終わったブロックルさんたちに、空に見えたものの話をしました。
「ふむ、そうか……」
全部話し終えると、ブロックルさんは、そうかとだけ言って、静かに立ち上がりました。
「外へいくぞ」
「あ、はい」
外は、もう夕陽も沈みきり、星々や月が顔を出していました。
「……おお、あれか。ふむ。あれなら、もうすぐ繋がるだろう」
「つながる?」
「ああ。7日もすれば橋も架かるだろうよ。行くなら急ぐこった。いつ消えるかも定かではないからな……」
「え?! そうなんですか?! リト、どうする?」
「急がないとなら、すぐ準備しよ。明日から向かえば……ムクとロラならだいぶ早く着けるんじゃないかな?」
「あ、うん。そうだよね! じゃあ帰ったらすぐに準備して、明日はみんなに挨拶して……」
すごく急だったけど……あ、でも、ブロックルさんに話を聞いてから4か月くらい経ってるし、全然すぐじゃないのかな。
とにかくすぐ行かないと、ですね!
「ああ、そうだ。ルクは置いていけ。おそらく通れんからな」
「えっ?! と、通れない?!」
「ああ、試したことはないが、特に普通のルクは無理だろうな。神力……精力操作が必要だ」
「えっ……じゃあ、私……通れない……?」
私、精力……ないわけじゃないらしいけど、循環してないから全く使えないんですけど?!
「そこはリト嬢に何とかしてもらえ」
「え」
「それでどうにかなるんですか……?」
リトが、くるりとブロックルさんを見ていました。あんなにしっかりとブロックルさんを見るリト、ものすごく珍しいな……。
いつも怖がって目線をそらしがちだったから、もしかしたら初めてかもしれないですね。
「ああ。リト嬢なら出来るだろうよ」
「わかりました。……ユウナ。行こう!」
リトは、リトの瞳は、いつもの可愛らしい感じじゃなくって、すごく力強くて――かっこよかった。




