1. 恒例行事じゃないんだね。
作中に様々な表現がありますが、差別などを助長したり容認する目的や意識は一切ありません。
哀しいことがありました。
それは、私が私で在る限り、きっと忘れないでしょう。
いえ……忘れることは出来ないでしょう。
そう、あの日のことは――
――――
「家の事片付けたら、すぐまた来るからね。」
母は、心底申し訳なさそうに言う。
いつも通りなら、私はそんな母に向かって
「大丈夫だよ」
と、言うんだけれど……。
何だか……
今日は、朝からずっと……とても、不安な気持ちが大きかった。
だから……
「すぐ……来てね」
と、つい……言ってしまった。
いつもと違う私の返事に、母は、少しびっくりしたような顔を一瞬したけれど、
「また後でね。」
と、哀しそうな笑顔を作り、急ぐ様子で部屋を出て行った。
パタパタと廊下を走る音が、段々と小さくなっていく。
私は、この春……中学生になったばかり。
でも、学校には殆ど行くことが出来ずに、ここにいる。
ここは、市内では一番大きな病院。
私は、この病院の常連だ。
週に一度は通院し、年に一度は、こうして入院している。
まるで、恒例行事かのように。
私は、生まれつき、心臓が悪かった。第一級の障害者。
先天性……なんとか……みたいな、何だかとても難しい病名で、覚えてはないんだけれど……。
なんでも、心臓が反対を向いていて、右胸にあって、カエルの心臓みたいに綺麗な血と汚れた血を分ける部屋がない、ということみたい。
カエル……あまり見たことはないんだけれど。
心臓がそんな状態なので、私の唇や爪は常に紫色で、髪も瞳も茶色くて、肌も青白い。
それに、走るどころか、1kmすら歩けない。
小さい頃は、そんな自分の状態を、ちゃんと理解出来ていなかった。
だから、四歳上の兄の後をついて行こうとして、苦しい思いをした記憶がたくさんある。
でも、その兄は……どこか変わった人だったけれど、私には、とても優しかった。
兄について行けなくて苦しむ私を、絶対に見捨てることなく、必ずおんぶしてくれたり。
学校の先生に、無理矢理体育のテストを受けさせられた後も、先生に文句を言いに来てくれたり。
自転車の後ろや、車椅子に私を乗せて、近所ではあるけれど、色々な所に連れて行ってくれたり……。
そんな兄は兄で、よく怪我をしているみたいで、時々入院したりもする。結構おっちょこちょいなのかな?
でも、そんな時に私も入院していると、松葉杖で病室に現れて、消灯時間まで、ずっと一緒にいてくれた。
私が中学生になった時、兄は高校生だった。
アルバイトを始めたとかで、初任給でお小遣いもくれたっけ。
3万円なんて、お年玉でも見たことないよ。
ふふ……。
母も母で、私が学校に行く時は、ほぼ毎回送り迎えをしてくれていた。
自営業の父の手伝いのかたわら、家事に、私の世話に……。
思えば、兄にも、母にも、負担ばかりかけたんだなぁ……。
家族は皆優しいけれど、そんな家族に私は迷惑ばかりかけてしまう。
どうして、こんな身体なんだろう……。
手術痕だらけの、普通に動くことも出来ない身体。
本当は……やってみたいことも……あったんだけど……
「それで、私、もう死んじゃうんですか?」
白一色の病室のはずなのに、今日は朝から部屋の隅に黒い靄がある。
それが、さっきから人の顔らしき物に見えていた。
母には言えなかったけれど、それが私の不安の正体。
「あはは。見えてたんだ? それは……なんていうか、残念だったネ!」
答えるなんて思ってなかったけれど、黒い靄は、揶揄うような調子で私の問いに答えた。
その声は、ボイスチェンジャーをかけたかのようで、とても耳障り。
なんだか黒板を爪でひっかいたような、ものすごく気持ちの悪い声が、頭に直接響くような感覚がした。
「残念……? って、どういうこと?」
何が残念なんだろう……?
私にはその意味が分からなかった。
「いやー。ボクの姿が見えちゃって、こうしてお話まで出来ちゃってるからネー。あはは。」
戯けた調子だったその声は、急にトーンダウンすると、衝撃的な一言を告げた。
「――キミ、もう死んでるよ。」
「えっ……?」
わけが分からず、掌を広げてみると……白いシーツが、透けて見えた。
「え……? なにこれ……」
振り返ってみると……
そこには、いつもよりも青白くなった私が――寝ていた。
「あははははははははは! ざーんねーんだったネー!
家族にお別れも言えなかったネ! さっきまで、一緒に居たのにネェー! あははははははははは!」
……本当に、そうだ。
お母さん……。ごめんなさい……。
最期の会話があんなのだと、気にしちゃうよね……。
ごめんなさい……。うぅぅぅ……。
お兄ちゃん……。お父さん……。
もう会えないなんて……。
うぅぅぅ……。
ごめんなさい……。うぅぅぅ……。
なんで……。なんでこんな……。
「あははははははははは! いやぁー! 笑った、笑ったー!
キミさぁ、自分が不幸だなんて、思ってる?」
「えっ……?」
そう言われて、ふと自分の人生を振り返る――
というほど長くはなかったんだけれど……
どうなんだろ……?
確かに色々不満はあったけれど、家族は皆優しかったし、不幸だなんてことは……なかったと思う。
「まぁ、そんなコトはどうだっていいんだけどサ! あはは!」
どうでもいいだなんて、自分で聞いておきながら……
ひどいんじゃないかな。
多分……短い人生だったし、なんにも出来なかったけど……
私だって苦しくても……頑張って生きてたのに……!
「なんなんですか……?
……あなた、死神さん?」
「あはは! 違う違う。死神? そんなのいないよー。」
「死神さんじゃないんですか……?」
「そうだねぇ。ま、神様ってトコロかナ? あはは!」
「神様……。」
神様って、こんなにひどい感じなんだ……?
何が面白いんだろう……。ずっと笑ってる……。
「えー? 酷いだなんてー。心外だなぁー。」
「え……? 私、声に出してた……?」
「あはは! いやいやー。声なんて、もう出ないでしょ? 死んでるんだからさぁー! あははははははははは!
キミが今考えてるコトは、ボクには全部分かっちゃうのサ!」
そっか……。そうなんだね……。
やっぱり私、本当に……死んじゃったんだ……。
「まぁまぁ。そんなキミに朗報があるよ?」
朗報……? って、いいこと……?
「そうそう。いいお話サ!」
……なんですか?
「そうだねェ。端的に言ってしまえば……。
生まれ変わらせてあげよう。今の記憶を持ったままネ!」
……えっ? なんで?
「んー? それはまぁ、言えないんだけどさ? これは特別なお話だからネ! 普通は、そんなコト無いよー?」
えっ……? えっ……?
な、なにそれ……? どういうこと?
また、皆に……家族に会えるの……?
「さぁー? それはどうかなぁー? 家族皆が特別かどうかは……ねぇ?
ま、可能性は……ゼロじゃないかもねぇー。
で、どうするー?
早くしないと……キミ、このまま消えちゃうよ?」
……たい……です……
「エ? なーに? 聞こーえなーいナー?」
……生まれ変わりたいです!
「あははははははははは! おっけーおっけー!」
そう私が答えた瞬間、その神様は、口が裂けそうなくらいの――満面の笑顔を……不気味に貼り付けた。
「即決してくれたキミには、サービスも付けよう!
今よりも長生き出来るようにしといてあげるよ! あはは!」
そんな神様の言葉を聞いたら、すうっと、意識が遠のいて……
「一名様ご案内でェーす!
じゃ、いってらっしゃーい!
あははははははははは!」
でも……その、耳障りな笑い声が……
意識の途切れるその時まで……
ずっと頭の中で……
エコーみたいに……響いていた。
お読みいただけまして、ありがとうございました!
今回のお話はいかがでしたか?
並行連載作品がある都合上、不定期連載となっている現状です。ぜひページ左上にございますブックマーク機能をご活用ください!
また、連載のモチベーション維持向上に直結いたしますので、すぐ下にあります☆☆☆☆☆や、リアクションもお願いいたします!
ご意見ご要望もお待ちしておりますので、お気軽にご感想コメントをいただけますと幸いです!