悪意のドレス
5日後に開催される舞踏会。
それがネストルが指示した場所だった。
「いつまでも待つほど俺もヒマじゃない。その日に婚約を解消させる」
婚約解消…その言葉にマリリエンヌの心が引き裂かれるように悲鳴を上げた。表情には一切出さなかったけれど。
遂にこの日が来たのだ。頭ではわかっていたし、今後の準備も万端だ。
なのに……突然全てが現実味を増し、そしてそれはマリリエンヌを絶望の淵へ突き落とした。
イオニス…イオニス…あなたがどれだけ愛おしいか…私の人生はあなたとの日々で彩られていた。あなたのいない人生など考えたこともなかったのに…
それでも…それだからこそマリリエンヌは前を向かねばならない。
もう引き返すことはできないのだ。
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舞踏会の日、ネストルがマリリエンヌに用意したドレスを見て、彼女は絶句した。
それは胸元まで大きく開いた黒いドレスだった。
この国では婚約者がいる女性又結婚している女性は胸元を隠すドレスを着るのが慣例になっていた。なのでパートナーがいる女性は胸元にレースをあしらうなどして、その美しさを競った。
その分、パートナーがいない女性達は胸元を堂々と見せ男性の目を虜にするのだった。
ネストルが用意したドレスは、パートナーはいない、と主張するドレスだった。
ひときわ広く開いた胸元に黒いドレスなど…まるで娼婦だ。
どこまでマリリエンヌを…イオニスを侮辱すれば気が済むのだろう。
マリリエンヌは悔しさと恥ずかしさにいっそ今死にたいと思った。
それでも彼女を唯一留まらせたのは、婚約破棄さえすればイオニスの命が守られると、その思いだけだった。
そのドレスを着たマリリエンヌを見た瞬間のイオニスの表情を、マリリエンヌは一生忘れられないだろう。怒りと失望、そして拒絶。マリリエンヌが最後に見た愛する人の表情には愛の一欠片も残ってはいなかった。