異世界への旅立ち
天使ルシアから渡された異世界イリュジオンの事が書いてある黒い本を開くと、中身は手書きマンガのような本だった。
ご丁寧にも「作:ルシア」と書いてあり、何処からか出てきたものじゃなく、わざわざルシアが書いていた事を想像すると、お節介な姉や幼馴染がいるとこんな感じなのかなと思った。
可愛げな2頭身のルシアのイラストで世界情勢や一般常識を簡潔に解説してあり、読みやすく分かりやすい内容で、ものの10分程度で読み終えることが出来た。
なんでもイリュジオンは天使が管理する世界らしい。
言語は天使の加護を受けた者ならどの言語でも通じる世界だということで日本語でいいみたいだ。
通貨はゼルで数字の数え方も十進法だという。多少、前世で生きていた常識とは違うところもあるが基本は一緒と考えてよさそうだった。
唯一、完全に違うのは冒険者というシステムだった。
異世界と言えば定番だから、このページを見たときは少しばかり嬉しかった。
冒険者とは、聖国と呼ばれる一際大きな国が制定したシステムであり、誰でも加入できる傭兵のようなものだ。
加入するには各町に1つあるギルドと呼ばれる支部で登録するだけでいい。
もちろん、副業のように登録だけして別の仕事の合間に依頼をこなすことも認められていて、イリュジオンに住む6割の人間が冒険者としてのライセンスを持っているとのことだった。
金銭的な余裕が出来るかは腕次第だが、人間関係を気にせず気楽に一人でも出来ることも魅力の1つだ。
正直、異世界でも人間関係で嫌な思いはしたくないから、とりあえずは登録しておくべきだろうと決めた。
本を読み終え、情報を整理しているとルシアが大きな扉を開けて戻ってきた。
「ジュン君、お待たせしたわね。貴方の魂の器が完成したわ。」
そういうと、光る粉の入った小瓶を見せてきた。
「・・・これが、新しい体?」
なんだか、思っていたのと違う。
いや、正直自身そっくりの肉体を抱えて来られるよりよっぽどいいのだが。
本当にこんなので異世界にいけるのか、不安に思った。
「そうよ、これがジュン君の新しい体の素になるの。
仕組みは天使の企業秘密だから教えてあげられないけど・・・
そうね、簡単に説明するなら、この小瓶から外に出すと保存された形が出来上がる粉みたいな物、もっと分かりやすくいうと粉だけで何でも作れる3Dプリンターみたいな物よ。」
いやいや3Dプリンター見たいな感じで体を作るってまじか・・・とは思ったが恐らく分かりやすく例えてくれただけなのだろうから、多分もっと天使の使う奇跡の術みたいな物だろう・・・って勝手に思い込むことにした。
「と、とりあえずその小瓶で体がどうにかなるのは分かったけど・・・
どうやって異世界に行けばいいのかな?」
何かトンネルみたいな物とかで行くのだろうか・・・それとも魔法で転移するのだろうか・・・
なんて本を読みながら考えていたが、正直分からなかった異世界への行き方。
体がどうにかなるならこっちもどうにかなるのだろうが、どうするのかが気になって仕方なかった。
「そうね、それも詳しい仕組みは天使の企業秘密なのだけど・・・
これも簡単に説明するならこの小瓶を異世界に転送するだけよ。ただね。」
今までの得意げな顔がパッと消え、少しばかり申し訳なさそうにしながら手を握ってくる。
そんなに不安になることを言われるのかと身構えてしまったが、それを察したルシアが少しだけ微笑みながら続けた。
「ジュン君は今、魂だけの存在なの。
そして異世界に行くためには、この小瓶とジュン君の魂を同時に送る必要があるの。
そのために、ジュン君の魂をこの小瓶に一度、封印しなければいけないの。」
突然、穏やかじゃない言葉が出てきて驚いた。
まさかただの一般人だった僕が小瓶に封印されるとか一体何の冗談だと・・・
最初は思ったが理屈は分かった。
「もちろん永久的な封印じゃないわ。
小瓶が割れれば魂は封印から解き放たれるの。
そして再構成された体にジュン君の魂が入って転生が完了するの。」
おかしな話だと思ってた。体だけ作って魂はどうするのか。
意識はどうやって移すのか。
でもすべて分かった。
「えっと、ルシアさん。説明してくれてありがとう。
正直不安はあるけど、ルシアさんなら安心して任せられると思うから。
なんていうか、その、よろしくお願いします。」
不安じゃない訳がなかった。封印される体験なんてそもそもないから不安しかない。
けど、ルシアさんならきっと大丈夫だって、会ったばかりだけど、この人は信頼できるとそう思ったから委ねることにした。
「えぇ、任せて頂戴ね。必ず成功させて見せるわ。
それと、小瓶と一緒にこのペンダントを一緒に転送してプレゼントするわ。
私だと思って大切にして頂戴ね。」
そういうとルシアが付けている紅色の水晶で出来たペンダントを持ち上げた。
とても綺麗なペンダントで水晶の色がルシアの瞳の色に似ていると思った。
「ありがとう、ルシアさん。
僕は心の準備も大丈夫だからいつでもいけるよ。」
新しい人生が始まるんだという高揚と封印や転送がうまく行くのかという不安。
いろんな気持ちが浮かんでは消えてよく分からない感情になった。
「それじゃあ、ジュン君の魂を封印するわね。」
ルシアが聞き取れない言語で何かを唱え始める。
少しすると小瓶がふわりと浮かび紫色に光始める。
それと同時にルシアの手が僕の体に触れ、何かに吸い込まれる感覚がした。
めまいがする。きっとこれが封印されている感覚なのだろう。
気を抜いたら気絶してしまいそうな感じがずっとしている。
・・・ルシアと言葉を交わすのが最後かもしれないから。
感謝を伝えたくて咄嗟に声を出した。
「本当にありがとう、ルシアさんと出会えて良かった!」
景色が歪む。
最後に見たのは微笑むルシアの顔。
そして途切れるルシアの声が聞こえた。
「また・・・ね・・・、ジュ・・・君・・・。き・・・また・・・わよ・・・。」
別れの言葉を交わせて良かったと思った。
また、会えたらいいなと思いながら、僕の意識は完全に途絶えてしまった。