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Tシャツ少女ぺら子ちゃん  作者: ミッドナイト★ONIGIRI
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第五話「光と影」

「あ~、いい! やっぱりいい! この導入! アイちゃんかわいい!」

「な。冒頭からわかる名作感よ」


 俺とぺら子は『スクメモ』を夢中になって鑑賞し始める。ちなみにその冒頭というのは、ヒロインの『アイ』が空から落ちてきて、それを主人公の『シュン』が受け止めるという王道的なシチュエーションのものだ。ぺら子と曲がり角で衝突した日、俺はちょうど『スクメモ』のことを思い出していた。


「あっ、今の見たトモナミ!? アイちゃんの横顔カット! めちゃくちゃかわいくなかった!?」

「拗ね顔っていいよな。萌える」


 ぺら子は随所で喜色の叫び声をあげていた。ぺら子は感情表現がはっきりしているから、楽しさがこちらにまで伝染してくる。


「あーもー! なんでサトルくんってばこんなにヘタレなの!? だからシュンくんにアイちゃん取られちゃうのよ!」

「ミチエの噛ませヒロインっぷり、好きなんだよなぁ……このなにをどうやっても報われない感じ……」

「てゆーかサトルくんってあんたに似てない?」

「似てねーよ。ミチエこそお前そっくりだろーが」

「なんでよ! あたしミチエちゃんと違ってツンデレじゃないわよ?」

「俺だってサトルほどヘタレじゃねーよ!」


 キリのいいところでやめるつもりだったのだが、『スクメモ』にキリのいいところなど存在しないことを忘れていた。毎話毎話終わり方が気になりすぎて続きを観てしまう。


「あ、あ、このシーン……ダメ、泣いちゃう……アイちゃん……アイちゃぁぁん!」

「ここ、冒頭の伏線も回収してんだよなぁ……すげえよなぁ……」


 ……結局、全十三話を一気に観てしまった。時計を見ると日付が変わろうとしていた。ぺら子がずびずび泣いたせいでTシャツはびしょびしょだ。何周もしたアニメでなお涙を流せるのは、ぺら子の感受性が豊かな証拠だろう。


「やっぱり『スクメモ』は何度観ても名作ね~」


 俺が後片付けをしている間、ぺら子はずっと機嫌よさげにニコニコしていた。アニメ鑑賞前の暗い空気は欠片も感じられない。


「トモナミはどのキャラが好き?」

「そうだな……アイやミチエはもちろん好きだけど、地味に推してるのはナミコさんかな」

「あー……あんたああいう清楚な黒髪女性に弱そうだもんね。ママみたいな」

「ぺら美さんは関係ないだろ……」


 好きだけどさ、黒髪清楚系ヒロイン。


「あと、どうせおっぱいが大きい子のほうが好きなんでしょ?」


 じとっとした目つきで睨まれ、思わずぺら子の胸を見てしまった。膨らみというものを一切感じさせない絶壁があった。


「いや、俺は貧乳派……だぞ?」


 本当は大きいほうが好きだったが、空気を読んでおいた。


「なーんかムカつくわね」


 ぺら子は俺をぐいぐい引っ張って、電源を落としたテレビの前に立たせる。暗くなった画面に、いかにもイマドキの女子高生といった感じの垢抜けた雰囲気のキャラクターが映っている。


「あたしけっこー、萌えない?」

「萌えねーよ」


 マジトーンで言われたのでマジトーンで突っ込んでしまった。ぺら子は二次元化した自分のビジュアルを気に入ってるらしい。


「おっかしーなー……」

「そういうお前は、どのキャラが好きなんだ?」

「あたしはやっぱりアイちゃんね!」


 食い気味に答えが返ってきた。


「あの未発達な体がたまんないわよね。ぷにっとした肌とか、あどけない仕草とか」


 犯罪めいたことを言っている。


「……お前、ロリコンだろ」

「な、なんで!?」


 いや、絶対そうだろ。思えば『アイブ』の『高槻アリス』もロリキャラだし、さっきぺら子が挙げた作品群もメインキャラはだいたいロリだ。


「たしかにアイちゃんのお(へそ)はペロペロしたいと思ってるけど……」

「重症じゃねーか」


 ロリコンは病気ですよ?


「なんてね、冗談よ。さすがにそこまでじゃないわ」


 俺が軽く引いてると、ぺら子がくすくすと笑った。


「楽しくて盛り上がりすぎちゃったかも」

「……じゃあ、しょうがないな」


 本当に、楽しかった。

 アニメの内容自体はもちろん、この時間が。


 状況こそ特殊だが、こうして共通の趣味を持つ女の子と二人きりで、お泊り会のような形で盛り上がれるなんて思ってもみなかった。そんな漫画やアニメでしか見たことがないような青春イベント、自分には絶対縁がないと諦めていた。


「あたし、こんなふうに友達とオタトークしたの初めて」

「と、友達?」


 不意打ちのように放たれた言葉に、声が裏返ってしまった。


「友達でしょ?」


 なにを当たり前のことを、と言わんばかりにぺら子が首を傾げる。いや、お前さっき俺のことボッチとか言ってたじゃん……。


「……まぁ、そうだな」


 俺とぺら子が話すようになって、まだ一日しか経ってないけど、かなり濃密な時間を過ごしている。喧嘩もたくさんしたけど……悪くない時間だった。


「あんたさ、ちゃんと喋れるんだから、クラスでもそうしてればいいのに。そうすれば友達、もっとたくさんできると思うわよ」

「……簡単に言ってくれるな。それができたら苦労してねーわ」


 俺はベッドの上にごろりと横たわって、天井を見上げる。窓の外では漆黒の帳が下りていて、真夜中の静けさが俺たちを包んでいた。そろそろ寝ないと明日に響くのはわかっていたが、浮き立った心を鎮めることができなかった。


「昔から苦手なんだよ、集団生活。空気に馴染めないっていうか……愛想笑いとか、絶対できないし」

「あんた、そもそもあんま笑わないもんね。いつもぶすっとしてる」

「楽しくもないときに笑えないからな。俺はこういうふうにしか生きられないし、自分を曲げてまで友達がほしいとは思わない」


 俺はガラにもなく、恥ずかしいことを言った。そういうテンションだった。


「それに数は少ないけど、尾宅とか……お前みたいに、ちゃんと仲のいいヤツもいる」

「トモナミ……」


 ぺら子の声には、痛切な響きがあった。


「トモナミは強いね。あたしは本当の自分を隠しても、友達がほしいよ。居場所がほしいよ」

「本当の自分……アニメとか二次元美少女が大好きな自分のことか」


 返事はなかった。この体勢からではTシャツの中は見えないが、おそらく頷いたのだろう。


「小学生のとき、友達にオタク趣味を打ち明けたことがあってさ」


 ぺら子が訥々(とつとつ)と話し始める。


「その子のこと、信じて話したんだけど、次の日にはクラスのみんなに言いふらされちゃって、友達だと思ってた子たちに、距離置かれるようになっちゃって」


 異分子を排除するような心理は、精神が未熟な小学生の間においては特に強く働くだろう。


「だから中学校からはずっと、自分の趣味のことは内緒にしてるの」


 友達に裏切られた過去が、ぺら子のトラウマとなって今も鎖のように巻きついているのだ。


「あたし、オシャレとかダンスとか、すっごく好き。……あっ、あたしダンス部なんだけどさ」


 初耳だった。一年も同じクラスにいたのに、俺たちはお互いのことをまったく知ろうとしなかった。


「でも、漫画とかアニメとかもやっぱり好き。だから……こうするしかないの。隠すしかないの。あたし、背伸びして今の居場所にいるわけじゃないから。今の友達も大好きだから」


 それは見ていればわかる。ぺら子はリア充であり、オタクなのだ。どっちもぺら子なのだ。そして、どっちか一方の自分しか選ぶことができないと思っている。


「……俺とは逆だな」


 俺はむくりと起き上がって、ぺら子の顔を覗き込む。


「俺、キモオタって言われて、小学生や中学生のときはイジメられてたんだけど……だからこそ、かえって自分を貫こうって思った」


 孤独には、慣れていた。俺の心の中にはいつも空想世界の友達がいた。


「親ともろくに話さないし、漫画やアニメだけが心の支えだったんだ。だから、これが好きっていう気持ちだけは誰にも負けないようにしようって」


 あの頃。


 二次元さえあれば、他にはなにもいらないと思っていた。学校生活は、ただひたすら耐えるだけの時間だと思っていた。気の合う友達と遊びに行ったり、部活に打ち込んだり、甘酸っぱい恋をしたり……そんなのは幻想だと思っていた。

 それどころか『当たり前の青春』というレールの上を歩くヤツらのことを、馬鹿にしたりもしていた。幸せがそこにしかないと決めつけ、その価値観を他人にも押しつけくるヤツらに苛立ちを感じていた。


 けど、心の奥底では――。


「……ごめん。あたし、トモナミにいろいろひどいこと言ったよね。自分のこと棚にあげて……ホントにごめん……」


 ぺら子は土下座する勢いで悄気(しょげ)返っていた。


「気にしてない」


 同じ『キモオタ』という単語でもぺら子の口から出ると嫌な感じがしなかった。声に侮蔑の色がなかったからだろう。


「トモナミは強いね」


 ぺら子はその言葉を繰り返した。


「トモナミは、周りにどう思われようと自分を貫ける人なんだね。あたしはダメ。どうしても周りの評価が気になっちゃう。……だからトモナミの生き方は、ちょっと眩しいな」

「強いのはお前だよ」


 俺が即座に切り返すと、ぺら子は驚いたように目を見張った。俺とぺら子の視線が絡み合った。


「お前、氏光のこと本気で助けようとしてただろ。あんなの俺にはできない」


 俺は、集団特有の同調圧力が嫌いだ。空気に行動を支配されている連中のことを心底見下している。

 だけど、俺だって同じ穴のムジナだ。下手なことをして目立つのが怖い。仲良くもない誰かのために、今の平穏な高校生活を賭ける勇気がない。


「だからぺら子。お前はすげーよ」

「そ、そんな」


 ぺら子はあわあわと顔の前で手を振る。


「あたしはほら、なんか体が勝手に動いちゃうっていうか……それで人に迷惑かけちゃうこともあるし」

「それはたしかに」

「ちょっと、そこは否定するところじゃない?」


 ぺら子はむーっと唇を尖らせる。その様子がおかしくて、俺は小さく笑う。


「お前のオタク趣味、周りに話しても大丈夫だと思うぞ」

「そ、そうかな?」


 ぺら子は人望が厚い。少しくらい意外な一面が露見したところで立場や信頼が揺らぐとは到底思えない。


「でも……やっぱりまだ怖いかな。せめてもっと早く打ち明けられればよかったんだけど、ずるずる来ちゃったから、今さら言い出しにくいっていうか……」


 仰々しく『打ち明ける』ようなことでもないと思うが、ぺら子にとっては爆弾のように重大な秘密なのだろう。俺はぺら子を安心させるように言った。


「お前はなにがあっても大丈夫だよ。お前は人から好かれるヤツだ」

「……ありがと」


 ぺら子は面映ゆそうに、明るく染色された髪を何度も撫でる。


「トモナミもね」

「え?」

「あたし、トモナミも人気者になれると思う。もっとたくさん友達ができると思う」

「いや、俺は……」

「そうやって最初から諦めて、心閉ざしてるじゃん」


 俺の言葉をぴしゃりと遮って、ぺら子が偉そうに言う。


「もうちょっと頑張ってみなさいよ」


 頑張るとかそういう話じゃないと思うんだが、ぺら子なりに俺を励ましてくれてるのはわかる。


「もしまたトモナミをイジメるようなヤツがいたら、そのときはあたしがぶっ飛ばしてあげるからさ」

「……!」


 それはいつかの俺がほしがっていた言葉だった。いや、今の俺にとっても、乾いた心に慈雨を注ぐような言葉だった。


「……そんときは、頼む」

「任しといてよ!」


 ぺら子はえへへと笑う。これまでに何回も見た笑顔のはずなのに、とても魅力的に映って、胸がドキンと高鳴った。

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