第四話「アニメ鑑賞会」
源宅に戻り、自室のベッドに腰を下ろす。壁一面に貼られた美少女(ポスター)たちや、ラックやテレビ脇に並べられた美少女(フィギュア)たちが俺を見守ってくれている。ハーレム空間と言って差し支えないだろう。こうしていると胸元にいる自称美少女(Tシャツ)のことは忘れそうになる。
「話が大きくなってきたな。平平家がどうこう」
俺は枕元に置いてあった漫画を拾い上げ、なんとはなしにめくり始める。『シスシス!』という妹モノのラブコメ漫画の最新刊だ。
「そうね。けど、解決の糸口が見つかったのは大きな前進だわ」
ぺら子は視線をそわそわと俺が手に持つ漫画に向けている。俺はそれとなく、ぺら子が読みやすいように本の角度を変えてやる。
「まだしばらく共同生活が続きそうだけどな」
「ね。ホント無理。これ以上あんたみたいなキモオタと同棲してたらキモオタがうつるっての」
ぺら子は吐き捨てるように言いながらも、『シスシス!』から目を離さない。
「……お前さ」
「な、なによ。怒ったの?」
びくっと肩を震わせるぺら子に、俺は前々から思っていたことを口にした。
「実はオタクだろ」
「ふぇっ……えぇぇ!? な、なに言ってんのよ!」
わかりやすく狼狽するぺら子。
「わざわざ萌え声でリアクションするとは……」
「あ、あんたと一緒にしないでよね! あたしは漫画とか読んでるより、友達と海行ったりバーベキューしたりするほうが好きなんだから!」
『シスシス!』に熱い視線を注いでたヤツに言われても全然説得力がない。
「そのブレスレット」
俺はぺら子が右腕に巻いている銀色のブレスレットを指差す。
「っ……こ、これがなに? オシャレでしょ?」
「おいおい、俺の目を誤魔化せると思ってるのか? それ、『アイドルライブ!』十周年記念メモリアルグッズの『高槻アリス』おそろいセットだろ。お前、アリス推しなんだな」
「……くぅっ!? そ、そんなことまでわかんの……!?」
当たり前だろ。何年オタクやってると思ってるんだ。
「昨日は『アイドルライブ!』略して『アイブ』の新作映画の公開日だったもんな。推しキャラのグッズを装着して観にいくつもりだったんだろ?」
俺のTシャツと一体化してしまったことでそれどころではなくなってしまったが、ぺら子はあのとき、映画館に急いでいたのだ。
そしておそらく、ぺら子が好きなのはアイドルものだけじゃない。いつも気もそぞろに俺の部屋を見ていることや、『シスシス!』のような男性向け萌え漫画に興味を示していたことを鑑みれば、他ジャンルにも理解があることは容易に想像できる。
「いつもオタクのこと散々バカにしてるけど、お前もこっち側の人間だったんだな」
「う、うぅ……」
決定的な証拠を突きつけられ、ぺら子は観念にしたようにうつむく。
「…………誰にも言わないでね」
搾り出すように、白状する。
「昔から、漫画とかアニメとか、好きだった。……けど、ずっと秘密にしてきた」
「挙句、リア充の側に立ってオタク叩きか? みっともねーな」
今度は俺が吐き捨てるように非難を浴びせかける番だった。立場逆転だ。このまま言い募って今までの鬱憤を晴らしてやろうと思ったのだが、ぺら子が想像以上に沈んだ表情をしているのに気づいて思い留まった。
「……あたしも、そう思う。あたし、ホントにサイテーなんだ」
ガラにもなくしおらしい様子のぺら子に、調子を狂わされる。俺はぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き回して、ため息をつく。
「そんなに隠すようなことか? オタク趣味って」
「だ、だって、こんな趣味がバレたら友達に軽蔑されちゃうかもしれないでしょ?」
「ふーん……?」
まぁ、こいつの友達ってみんなパリピ趣味の持ち主だろうから、オタク文化に理解はないかもしれないな。特に萌えコンテンツ。
「好きなことを話しただけで軽蔑されるなら、そんなヤツ友達じゃないと思うけどな」
「……っ、うっさいボッチ! あんたにはわかんないわよ! こっちにはいろいろあるの!」
「はいはい。リア充様は大変ですねー」
アメリカ人みたいに大げさに肩をすくめてみせる。ぺら子はなにかを堪えるように唇を引き結んで、黙り込んでしまった。
「……」
部屋に静寂が満ちる。俺はこんな静かな時間を求めていたはずだったのに、どうにも気分が落ち着かなかった。
「……お前ってさ、どんなアニメが好きなの?」
遠慮がちに訊いてみると、ぺら子はきょとんとしたように俺を見てから、白い肌を紅潮させてもごもごと答えた。
「え、えっと……アイドル系とか、『いたうさ』みたいな女の子同士がいちゃいちゃしてる日常モノとか、『ガチコイ』みたいなラブコメとか、あと『ひゃくぜろ』みたいなファンタジーバトル系も好きだし……」
「わりと男性向けのアニメが好きなんだな」
「だ、だってかわいい女の子が見たいじゃない?」
「その気持ちは男も女も同じってわけか」
「……あんたも?」
「そりゃな。お前がさっき挙げたアニメはもちろん全部観てるぞ」
まぁ俺は男性向けだろうと女性向けだろうと、面白ければなんでも好きなんだけどな。
「『ひゃくぜろ』が好きなら……」
俺はベッドから立ち上がり、棚から『スクラップ・メモリーズ』略して『スクメモ』のアニメ円盤を取り出す。近未来を舞台にした、泣き要素強めのラブコメだ。
「これは観たことあるか? 俺のイチオシなんだけど」
「! ある! 好き!」
ぺら子が今までにないくらい目を輝かせ、食いついてくる。
「マジか! あんま有名じゃないアニメなのにやるな!」
俺もちょっとテンションがあがってしまった。
「アイちゃんがチョ~かわいくて! デートシーンは悶絶必死よね!」
「わかる。あの砂糖吐きそうなくらいのイチャラブシーンがあるからこそ、ラストシーンの感動がひとしおなんだよな」
「うわ~、『スクメモ』懐かしー。中学生の頃ドハマリしたなぁ。久しぶりに観たくなってきちゃった。もう三周くらいしてるけど!」
「せっかくだから今流すか。俺も四周くらいしてるけど」
「観たい観たい! ……あと、あたしは五周くらいしてるから! いま思い出したけど!」
「張り合ってくんな!」
俺は豊かなアニメ鑑賞のためバイト代を貯めて買った高画質液晶テレビの電源をつける。『スクメモ』のブルーレイディスクをプレーヤーに入れた。