プロローグ「出会い」
俺が彼女といろんな意味で衝撃の出会いを果たしたのは、五月半ばの日曜日のことだった。
その日の正午過ぎ、俺は昼メシを調達しに近所のコンビニに向かっていた。真夏のように強い陽射しが、半袖白Tシャツから伸びる腕を焼く。東京では今年一番の暑さを記録したらしく、少し歩いただけで脇の下に汗が滲んでくる。
俺は憎らしいほど爽やかに晴れ渡った青空を見上げて呟いた。
「あーあ、空から女の子降ってこねーかなー……」
運命の出会い、というものがある。
空から女の子……は、やりすぎにしても、図書館で同じ本を取ろうとして手が触れ合ったり、チンピラに絡まれてるところを助けたり。
でも、そんなのは漫画やアニメの中の話だ。特に俺のような根暗オタクには無縁の話で、現にこの十七年間、物語が始まりそうな気配は一切なかった。
わかりきっていること。俺は主人公にはなれない。
「……ま、実際にそんなイベントが起こっても困るんだけどな」
俺、三次元に興味ないし。
ため息をついて、クセの強い頭髪を掻き回す。曲がり角を右折したとき、視界に女の子が飛び込んできた。
「どいてどいてー‼」
「っ!?」
目の奥で星が散った。俺は気づけば路上で尻もちをついていた。腰を打ったらしく、鈍い痛みがじぃんと広がる。
「な、なんだ……?」
地面に落っこちた黒縁眼鏡をかけ直し、あたりを見回す。俺は走ってきた女の子とぶつかったはず……だった。それなのに視界には誰の姿もなかった。
「どうなってんだよ……」
俺、妄想のしすぎで頭がおかしくなったのか?
不気味に思っていたところ、「いったぁ……」という声が近くから聞こえた。
「ご、ごめんなさい。あたし急いでて……」
かわいらしい声だ。俺の胸元から発せられている。
「……は?」
目を疑った。
俺が着ていたまっさらな白Tシャツに、高校生くらいの女の子がプリントされていた。
明るく染められた腰までの長髪。意志の強そうな瞳。凹凸のないすらっとした体には、ゆったりとしたTシャツとデニムのショートパンツが装着されている。
そのすべてが、はっきりとした質感を持って動いていた。
「な、なによこれ、どーゆーこと!?」
女の子のほうもこの異常事態に気づいたらしく、わたわたと自分の体を確かめている。右腕に嵌められた銀のブレスレットがキラリと日光を反射していた。
「んな、アホな――」
かすれた声で、呆然と呟く。
なにがどうして、こうなったのか。さっぱり理解できないが、状況から導き出せる結論は一つしかない。
俺は眩暈を覚えながら、冗談みたいな現実を彼女に告げた。
「――お前、俺が着てたTシャツに入ったっぽいぞ」
「マジで!?」
どうやら、空から女の子が降ってくるより現実味のないイベントが起こってしまったらしい。