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竜の子守唄  作者: 猫川吉郎
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プロローグ

 

 意識が覚醒した時、初めに感じたのは小刻みな振動と地鳴りだった。


 ぼんやりした頭でなにやら自身の周囲ががっちりと固いもので覆われていることを感じ、次にみしみし鳴る不愉快な音はどうやらそれがきしむ音であると理解する。

 段々とはっきりしてきた頭でどうにか動こうとしてみるも、体は石になったように固まってピクリとも動かせない。


 どうしたものか。


 起き抜けの頭で考えを巡らせようとしたとき、聞こえ続けていた地鳴りが一際大きくなったかと思うと、ドンっという音と共に強い衝撃が襲った。

 直後、周りを覆っていたものが砕け、その勢いのままにごつごつした地面に放り出される。


 いったい何がどうなっているのか。


 目をあけ、頭をゆっくりともたげる。視界に入ったのは崩れた洞窟の壁と砕けて地面に散らばった透明な結晶の欠片。

 あの結晶の中に閉じ込められていたのだろうか。よくよくみれば元は柱だったのだろう人工的な形をした岩や石像らしきものの残骸も転がっている。


 とにかくここを出て情報を集めなければ。そう考え、こわばった四肢を無理やり動かして出口と思われる方へ向かう。進む先からは僅かに風の流れを感じる。幸いにも一本道のようだ。


 歩くうちに急速に頭が回転し始め、濁流のように押し寄せる記憶に混乱している脳内を整理し続ける。


 自分の身に何が起こったのか徐々に思い出してきた。


 最後の記憶は魔導士が待ち構えていて、不意打ちを食らって意識を失ったことだ。そこから先の記憶はない。きっとそのまま封印かなにかされたのだろう。

 記憶が正しければ、そもそもここへは大臣どもに呼び出されてきたはずだ。いくら不意を突いたとはいえ、竜の封印など簡単にできるものではない。


 さてはあいつら、前々から計画していたな。

豚一頭を丸のみできるだけの巨体と膨大な魔力。竜は間違いなく生態系の頂点に君臨する生物だ。そんなのが国の中枢にいて恐れない方がおかしい。

竜たる己が人からどうみられているのか、私はそれをよく理解していた。


 それなりに立派な神殿だった記憶の中の景観と比べると、ずいぶん朽ちてしまっているが所々に見覚えがある。

 石造りの神殿が崩れるほどだ。この分だと封印されてから数百年は経過しているかもしれない。老朽化か地震の影響で封印がとけたのだろう。


 歩いている最中も地面は小さくではあるが揺れ、すぐにでも崩れてしまいそうだ。地鳴りに急かされるように脚の動きを速める。


 ここへ来る前はなにをしていたんだったか。早足で進みながら再び記憶をたどる。


 確か王宮にいたのだ。そこで先王グレンが崩御したことに関する儀式を神殿で行うと知らせを受けて……。


 そこまで思い出して、はたと足が止まる。出口はもう目前にあった。夜なのだろう、ぽっかり空いた穴に切り取られた星空が見えていた。


 けれど今の私にとってはちらりと見える外の景色なんぞどうでもいいことで、ただ自身の中に浮かぶ情景に意識を集中させていた。


 豪華なベットに力なく沈んだ体、骨ばった手、真っ白な髪。いつも輝いていた黒い瞳を閉じ、小さく吐いた息を最後に呼吸が止まった瞬間を鮮明に思い出す。

 もうその声が私の名を呼ぶことも、その顔が笑いかけることも、その手が鼻面を撫でることも、空を飛べとしつこくせがんでくることもない。


 私の子であり友人、唯一無二の相棒であったあの子は、グレンはもういない。


 一拍おいて飲み込みたくもない事実を飲み込んだ。


 激情が胸を突いた。胸が痛い。悲しい、寂しい、虚しい。全部ごちゃ混ぜになって体のなかで暴れまわる。


 出会った日に尻尾で転がしてやったこと、私の体によじ登って遊んでいたこと、初めて一緒に空を飛んだときのこと、学校で悪ふざけに付き合わされたこと、戦場で互いに背中を預けて戦ったこと、初めての恋を散々邪魔してからかって、でも結局背中を押してやったこと。もう戻ることのできない日々を頭が勝手に次々再生した。


 その最中、ふと、昔グレンにかけてもらった呪いを思い出す。永い時を生きる私が死ぬための呪いだったが、今なお私が生きているということは効力をなくしてしまったのかもしれない。


 あんなに苦労して頑なに嫌がっていたグレンを説得したというのに、これではとんだ骨折り損ではないか。

 愛した者は皆いなくなって、それでもまだ生きろというのか。頑強で年老いぬ身体が酷く憎らしい。


  つらつらと考え込んでいるうちに再び地鳴りが大きくなり始め、その直後起こった下から突き上げるような揺れに咄嗟に踏ん張る。

 天井からはばらばらと破片が落ち、ついに洞窟は轟音と共に崩落し始めた。


 出口はすぐそこ、けれどもうそこに向かって走る気にはなれなかった。

 全身堅い鱗に包まれているとはいえ、崩落に巻き込まれればきっとひとたまりもないだろう。


  けれどまぁ、これで終われるのなら悪くないかと頭上から迫る土砂を眺めつつ思う。


 一拍遅れて訪れた衝撃に身を任せ、痛みを感じる間もなく私は意識を手放した。

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