悪役令嬢の制裁(メインイベント)
王侯貴族さえ通う由緒あるアカデミー。
貴族の均一的な質を保持する為の学校。
その学舎で執り行われるのは。
記念すべき第26期生の卒業式。
そんな栄えある式典に。
不穏な思惑が絡みつく。
私はアンナ。
アンナ・コンナ・リング。
上に兄が2人と姉が1人いる子爵家の貴族令嬢。
人は私をアナーキー・アナと呼んで慕ってくれてる。
あえていうことがあるなら。
それはわたしが転生者ってことと。
ここが乙女ゲーの舞台ってことぐらい。
そんな私は興味津々で周りを伺ってる。
このありふれた状況で何を気にしてるのか。
もちろんこれから起こる断罪イベントについてだし。
やっぱり周りの反応は気になる。
真実の愛とかいう。
浮気を開き直る定型文で。
婚約者をゴミのように捨て去る。
最低最悪の下半身脳を誇り。
王位継承権を保持したヤセーノ。
ヤセーノ・ウマナミ・ハッスル・レッスル。
プレイヤーからはウマナミ殿下と呼ばれてた。
もちろん頭の程度が、という意味で。
もう今は殿下なんて敬称をつけて呼ばないけどさ。
まぁそんなウマナミの婚約者はヴィラン様。
ヴィラン・ヴァイス・ヴォルテージ。
由緒あるヴォルテージ辺境伯家のご令嬢。
色素の薄い蒼白く長い髪に。
色白な肌を包むのは深い青のドレス。
真っ直ぐ伸ばした姿勢は実に威風堂々。
冷ややかな眼差しの眼光は見る者を射抜く。
ザ・悪役って感じ。
アホの殿下が苦手意識から浮気に走る。
そんな設定の為にかなり盛られたから。
非の打ち所がない完璧貴族令嬢に仕上がってる。
「ヴィラン!お前との婚約を破棄してやる!」
お、ウマナミがいった。
そもそも自分の婚約者をエスコートしてない時点で。
貴族の常識としてはありえないけど。
それだけでもこれからのイベントの非常識さがわかる。
後ろにいんのはゲームの主人公だな。
プープ・プアー・フール男爵令嬢。
蛍光ピンク色の頭が目印。
髪の色はもちろん頭の中もピンク色。
東にイケメンがいればマッハですり寄り。
西で美形の噂を聞けば千里を駆け抜ける。
今ではそんな伝説すら残されてる世紀の嫌われ者。
それらに対するヴィラン様は。
………優雅にワインなんか飲んでるね。
雰囲気からして完全に別格だわ。
「私はこのプープ嬢と婚約する!お前の顔を2度と見る事がないように国外………うわっ!?」
得意満面でなんか言おうとしたみたいだけど。
もちろんそうはいかなかった。
何の罪もない乙女が傷つけられようとする時!
女の子を守る為に正義のヒーローが現れる!
悠然と歩み寄ったヒーローは!
先程口に含んだワインを霧吹き状に!
ウマナミの顔面に吹き付けたのだ!
正義のヒーローの名はヴィラン様!
守られるべき乙女本人が立ち上がったのだ!
それと同時に私は!
「ヘイ!ウェイター!その銀色したワイフの腹みたいなの寄越しなさい!」
「こちらのクロッシュでございますか?」
「へぇ、これクロッシュっていうの?」
通称、フランス料理に乗ってる銀色の蓋は。
正式名称クロッシュというらしい。
何度聞いても名前を覚えられないけど。
まぁ私はコイツの名前を知りたかったんじゃない。
クロッシュの頂点を人指し指で裏から支えて!
その辺のテーブルから拝借した!
トングで思いっきり叩く!
「ファイッ!」
カーン!
高く澄んだ音が鳴り響く!
打ち鳴らされた戦いのゴングが!
1人の乙女を無敵の戦士に変える!
あらゆる敵を正面から迎え撃って打ち倒し!
四角いジャングルに2本の足でそびえ立つ!
この世で最も強い鋼鉄の超人!
プロレスラーへと!
これより執り行われるのは本日のメインイベント!
婚約者を裏切ったウマナミへの遺恨試合!
30分1本勝負の制裁マッチ!
「ヴィラン様が行ったーッ!」
ワインの目潰しで!
怯んだウマナミの!
アゴ目掛けて掌底アッパー!
「クリーンヒットッ!一撃でダウーンッ!」
ダウンしたウマナミを引き起こして!
起きた先から逆水平チョップ!
また起こして逆水平チョップ!
起き上がり小法師チョップ!
起き上がらなくなったらひっくり返して!
「出たーッ!ヴィラン・ライディング・バックブリーカーッ!またの名をキャメルクラッチだーッ!」
背中にまたがって相手の顎を掴んだら!
思いっきり引く!
抵抗不能な上に呼吸が出来なくなる!
見た目より遥かに強烈な固め技!
グロッキーになったウマナミを引き起こして!
隠し持ってた凶器を振りかぶって殴る!
ウマナミの頭を!
ハゲ散らかすという処刑執行の意志!
怒濤の勢いでノンストップどつき回し!
しかしその攻勢も長くは続かなった!
「ここでレフリーチェック!」
凶器等の危険物の持ち込みは当然!
会場入りの前にチェックされてる!
なのにヴィラン様は凶器を持ち込んだ疑い!
不審に思って女性騎士がボディチェックを行ったのだ!
「ヴィラン様は無実をアピールしています!」
両手を上げてチェックを受け入れるヴィラン様!
首を振りながら「ノー!ノー!」と訴えてる!
暫くのやりとりの後にチェック結果が出た!
「持ってるのは扇だけだーッ!ただの貴族令嬢必携のアイテムッ!不審なところは何もなーいッ!試合続行ッ!」
例えそれが金属製の輝きで!
ちょっとトゲトゲが付いてても!
ここはヴィラン様の頭脳プレーの勝利!
ヴィラン様はただの悪役令嬢ではない!
悪役は悪役でも悪役!
令嬢と書いてレスラーと読む!
悪役令嬢だ!
「貴族令嬢必携のアイテムが今ッ!相手を血祭りに上げる凶器へと変貌したーッ!ヴィラン様が止まらない!止まらない!止まらなーいッ!」
ボディチェックの最中にヴィラン様が!
女性騎士の袖に宝石を突っ込んでたけど!
チェックの結果には関係はない!
その女性騎士がチェックの終わった瞬間に
「ヴィラン様イイ人ダヨー!ウマナミ様はクソダヨー!」
と会場中に宣言してても関係ない!
会場の人達も
「ヴィラン様はやはりいい人なんだ」
「ウマナミ様はやっぱりクソなんですって」
「それなら仕方ない」
と大納得でみんな笑顔!
しかしヴィラン様の大快進撃を!
阻まんとする黒い影が!
「あーっとッ!プープ選手が登場!相方のピンチに駆け付けるッ!」
どんな高位貴族令息にでも手を出す!
貴族社会に蔓延った飢えたハイエナの名を!
欲しいがままにするプープ嬢がリングイン!
ヴィラン様を阻止しようと動く!
しかし!
ウマナミに味方がいるなら!
ヴィラン様にも味方がいるのだ!
カットを目指すプープの!
背中目掛けてまっしぐら!
背後からその腕を掴む!
当然プープ嬢は振り返る!
「何よ、邪魔しない、デェッ!?」
その振り向き様にラリアート!
相手を振り向かせた勢いで!
カウンター気味に大炸裂!
レインメーカー式と呼ばれる技の掛け方!
人呼んで!
「決まったーッ!アナーキーインパクト!私の登場だーッ!」
アナーキー・アナ参戦!
「あ!アナーキー・アナよ!」
「何!無秩序製造マシーンのアナか!」
「ブックメイカー・アナだ!」
みんながワッと盛り上がる!
みんなは知ってるのだ!
今日という日を演出したのが私だと!
「ヴィラン様ッ!」
「アナッ!」
さんざんしばかれ倒して!
グロッキー状態のウマナミを!
肩車で担ぎ上げる私!
その間にヴィラン様が!
そばにあったテーブルに駆け上る!
そして!
ヴィラン様が大ジャンプ!
ウマナミ目掛けて!
綺麗なミサイルキックを放つ!
「「ナイトランス・コンビネーションッ!」」
それはさながら!
突撃槍を構えた!
騎馬兵の突撃のよう!
しかも私が肩車することで!
逃げられないようにしつつ!
高低差で大ダメージを与えられる!
「伝家の宝刀をここで抜いたーッ!プープ嬢はケツを突き出してダウンしたままだーッ!邪魔する者はいなーいッ!」
立ち上がったヴィラン様が悠然と歩み寄り!
潰れたカエルみたいになってるウマナミを!
思いっきり踏んづける!
「ご唱和お願いッ!ワンッ!」
「「「「「ワーンッ!」」」」」
熱狂する観衆達の目には!
尻餅ついた相手の首元に剣を突き付ける!
立派な騎士のようにヴィラン様が映っただろう!
「ツーッ!」
「「「「「ツーッ!」」」」」
ヴィラン様は悪役といってもただの悪者じゃない!
彼女は正義を掲げる反乱軍でダークヒーロー!
黒騎士のロジックを持つように!
私が今まで育て上げたんだから!
「スリーッ!」
「「「「「スリーッ!」」」」」
カンカンカンカンカーンッ!
「返せなーいッ!12分17秒ッ!令嬢反乱軍のナイトランス・コンビネーションッ!最低の浮気男はマットに沈んだーッ!」
「「「ヴィーラン!ヴィーラン!ヴィーラン!」」」
「「「アーナ!アーナ!アーナ!」」」
「「「令嬢反乱軍最高ー!」」」
わーッ!
パチパチパチパチパチパチ!
こうして卒業記念式典は!
当初の予定通り!
そう!
全て当初の予定通りに!
つつがなく終えられたのだ!
かつて。
真実の愛ブームっていうのがあった。
高位令息が家同士の婚約を破棄して。
下級貴族の令嬢への想いを告げるってやつ。
身分を越えた愛といえば聞こえはいいけど。
実際はただの不誠実。
特にまるでゴミみたいに捨てられた。
令嬢からしたらたまったもんじゃない。
実際に当時のヴィラン嬢も泣きに泣いてた。
目立ちたがり屋でええカッコしいのウマナミは。
よりによって卒業式で自分を捨てるつもりだと。
しかし!
捨てる神あれば拾う神あり!
みんなの女神、アナーキー・アナ参戦!
話を聞いた瞬間に私の中で台本が書き上がる!
相手が卒業式で大々的にこっちのメンツを潰すつもりなら!
こっちは大々々々的ぐらいにあっちをすり潰してやる!
だから用意した!
国を真っ二つにするレベルの大勢力!
その名も「令嬢反乱軍」!
なんでここまで話は大きくなったのか!
何より大きいのはヴィラン様の存在!
彼女の実家の爵位の辺境伯が問題!
辺境伯は名前の通り国の端っこを治める!
つまり隣国を牽制する軍事力の象徴!
うん!
どっかのマヌケなウマナミが!
よりにもよって辺境伯令嬢との婚約を!
一方的に破棄したらしいんだよね!
これには辺境伯のご当主も大層ご立腹!
貴族社会はメンツの社会!
虚仮にされて黙ってらんない!
それはもう武力衝突を決心するレベルで!
そろそろ時系列がわかってきたかな?
①真実の愛がブームになる
②ヴィラン様達令嬢一同が婚約破棄される
③たくさんの婚約破棄された家に不満が出る
④私が煽りまくって混乱を大きくする
⑤反動勢力「令嬢反乱軍」を結成する
辺境伯を中心として!
一連の騒動で被害を受けた令嬢の家が!
この混乱をものにして成り上がろうとする家が!
もっと大きな派閥政治的に動こうとする家が!
恨みと実利で結び付いた王国史上最大の反動勢力の誕生!
これに慌てたのはこの国を治める王家!
辺境伯との関係を良くする為の婚約のはずが!
王位継承権最下位レベルの殿下がやらかした!
気付いたときにはもう革命前夜の緊張感!
しかも私が作った令嬢反乱軍は!
復讐の正当性と女性の権利向上を軸にして最終的に!
王家は頼りないから国家転覆すべしって主張になってたし!
もしも両者が衝突するとして?
王家が令嬢反乱軍を鎮圧することは可能か?
それは不可能ではないだろうけど?
令嬢反乱軍も国の一員だから?
勝っても国が疲弊するよ?
しかも令嬢反乱軍を武力で潰したりしたら?
不満を訴えた相手を潰したなんて実例残したら?
警戒されて全貴族からの求心力を失うし?
今後の統治にすんごい悪影響が出るよ?
鎮圧していいことがまったくない!
つまり令嬢反乱軍が結成された時点で!
和解を目指すしかないんだけど!
王家は最初から詰んでて交渉条件を飲むしかない!
ヒャッホー!
こっちの要求を飲ませるよりも!
向こうの顔を立てる方が難しかったって!
令嬢反乱軍に荷担して交渉担当した侯爵家の閣下が!
ニコニコ笑顔で私にお礼をいってくれたレベル!
令嬢反乱軍が突き付けた条件は色々あった!
令息の家に対する罰則類とか女性の地位向上とか!
まぁその辺はどうでもお偉いさん同士の話で!
大事なのはウマナミ達、当事者の身柄の引き渡し!
王家はダメージを避ける為!
ウマナミを切り捨てたかったから王家から追放したし!
他の高位令息達の実家も同じ理由で当事者を追放したし!
これで準備OK!
お待たせしましたメインイベント!
30分1本勝負!
栄えあるアカデミーの卒業式で!
来賓(令嬢反乱軍の賛同者)の皆様観覧の元!
史上最大の悪役(に勝手にされた)令嬢達による制裁マッチ!
我らが旗頭ヴィラン様が!
ゆるゆる警備に持ち込んだ!
鉄扇の一撃を皮切りに!
婚約破棄被害者の全令嬢達が!
会場各地にて思い思いの武器を手に一斉蜂起!
元婚約相手の元へ大殺到!
気炎を上げ!
怒濤の勢いで迫る!
令嬢反乱軍の前に!
バカボンボン達は余りに無力だった!
………いくら大勢だからって?
男が女に負けるかって?
令嬢反乱軍は今日の日の為に?
スリープラトンを身に付けてたし?
3人で協力して放つ合体技の名は!
レジスタンス・レボリューション!
ちなみに技の内容は!
3方向から相手を取り囲んで!
とにかく袋叩きにすること!
手は2つあるから2人からの攻撃なら!
なんとか掴んで止められるかもしれないけど!
まぁさらにプラスして背後からは絶対無理だよねって話!
というわけで令嬢反乱軍は!
命からがら正面からの攻撃を止めた令息の!
背後からケツを蹴っ飛ばして!
倒れた相手を次々と袋叩きにしてやった!
こうして令嬢反乱軍の蜂起は!
大成功で終える事ができた!
ちなみにこの卒業式は制裁用のニセ式典で!
復讐対象のみが参加してた!
本当の卒業式は後日つつがなく行われて!
そっちでは私達も淑女然としたおすまし顔で参加してたよ!
でも話はそれだけで終わらない!
例えば私なんて!
令嬢反乱軍の首謀者として王家に知られてるから!
いつ暗殺されてもおかしくないし!
逆恨みだけど制裁された令息の家が!
元婚約者の家に嫌がらせしてもおかしくない!
ひ弱な令嬢達を守るにはどうすればいい?
守るのに必要なのは何?
それはもちろん令嬢反乱軍!
令嬢反乱軍はあの蜂起の日以来!
未だに解散してない!
私に何かあれば!
令嬢達に何かあれば!
再び一丸となって立ち上がるぞ!
相手の報復を抑える抑止力として!
令嬢反乱軍はその存在を発揮し続けている!
そろそろ完全な時系列が見えてきたかな?
⑥令嬢反乱軍の蜂起は成功に終わる
⑦令嬢反乱軍の影響力を残す為にロビー活動する
⑧毎年卒業記念式典には令嬢反乱軍の特別興業を行う
今日のタッグマッチは!
記念すべきあの日の再現なわけ!
ちなみに今日の試合に出てた!
ウマナミと主人公は本人!
家から追放された2人は!
なんで私から逃げなかったのか!
言ったよね?
首謀者の私は恨まれてるって?
じゃあ?
張本人かつ真実の愛ブームの代表みたいな2人は?
もちろん恨まれてるに決まってるし?
2人は私の庇護下から離れた瞬間!
どんな目に遭わされるかわからないから!
どんなに嫌でも私からは離れられない!
私はアナ!
人は私をアナーキー・アナと呼んで慕ってくれてる!
アンナ・コンナ・リング。
アナーキー・アナ、文明開化の母、王国史上最大の女傑、と呼ばれる。
王国を2分するほどの大勢力、令嬢反乱軍の首謀者でありながら、内乱を未然に防いだ功績を以て、伯爵位を授爵する。
王家に弓引く存在でありながらも授爵し、その生涯を最後まで全うしたことからも、王国での影響力の強さが伺い知れる。
圧倒的なカリスマで同じ時代を生きた、あらゆる世代の女性を率いて、王国の文化を次々と塗り替えていった。
後世に残された資料によると、人をそそのかし、事態を動かすことを何より好んでいたという。
しかしその功績からは、理知的な合理主義者の面も見られる。