くだらない その2
昨今の日本の死亡原因の第一位は冒険者による探索によるものとされているが、争いの原因となるもの第一位も冒険者によるものだという。
その大きな原因の一つは冒険者どうしのいがみ合いだ。
そうなるのも必然といえようか、日本での冒険者の社会的地位は低いものの、個人として資産家になるためには冒険者が一番手っ取り早いという研究結果もでているらしく、己の力のみで手に入れた地位や名誉、財力などによって肥大化した自尊心やプライドは、人の気持ちや心をわからなくしてしまうかららしい。
今回の場合も同様なのだろう。
その女性は最近噂されている、第60階層のボスを打ち破ったという、パーティー『セレナーデ』のリーダー、アーデルだ。
細身の体に軽そうな防具、腰に差してある細身の剣はアーデルの戦闘スタイルをものが立てたっている。
美しく伸びた黒髪は真っ白な肌をさらに際立たせる。
それに加え、彼女の、黒い瞳を持った鋭い目、白い肌は日本人形を想起させる。
その日本人形のような見た目からか、口から出る言葉のキツさも二割増し、といったところだ。
僕は変わっていかなければならない、と思ったはいいものの、現実を突きつけるかのように、今の僕が『くだらない』なんて一蹴されてしまうと、先ほどの決心も揺らいでしまいそうになる。
ましてや、相手はレジェンダリー級冒険者だ。
その、何度も死線を潜り抜けてきたであろうえもいえぬ存在感は、たとえそれが黒いカラスでも、その圧迫感とともに『あれは白色だ』なんて言われでもしたら、自分の脳が警笛を鳴らし、『この人の言っていることは間違っていない』と錯覚させてしまうだろう。
「くだらないって言われても…。僕何か悪いことでもしましたか…?」
恐らく、これほどの冒険者からしたら僕なんてくだらない、程度の低いペーパーナイフのようなものなのだろうが、ただ『くだらない』なんて言葉を残されたとしても、僕は納得がいかない。
彼女は返す。
「そこに存在していることが不快だわ。消えてくれないかしら。」
存在が不快ですかそうですか。
『とげとげしい言い方』なんて可愛い表現な気がする。これはトゲなんかではなく爆弾岩だとかダイナマイトだとか、扱いを間違えれば自分が消し飛んでしまうような、そんなものを連想させる言い方だ。
これには僕もご乱心のご様子。
でも、言い返そうものなら、今の僕を粉々に切り刻んでしまいそうな、そんな雰囲気さえある。
「す、すみません… へへへ…」
怒りを噛み殺し苦笑いしながらその場をカニ歩きで退散しようとするが、それが許されることは無かった。
「待ちなさい。」
僕の態度にいらだったのか、僕を呼び止める。
「ほえ? な、なんでしょうか?」
そういえば、昨今の冒険者は冒険者どうしの諍いを好んで行うという話も聞いた。
なんとも、言い合いの正当性なんかよりも、殴り合いの喧嘩で勝ったほうがいい分を主張できるから諍いを望むのだそうだ。なんとも実力主義の冒険者業界って感じだ。
それを悪用してビギナー冒険者から稼ぎを横取りしたり、才能のある若い目を摘み取ったりする『初心者つぶし』なんてこともまかり通ってしまっている。これもまた、冒険者の社会的地位が低いと言われるゆえんだろう。
そんな背景からか、僕は今後の展開を想像して身構えする。
ビンタが来るか、蹴りが来るか、もしかしたら、次の瞬間には彼女の持つレイピアソードが僕のはらわたを貫いているかもしれない。
そこに後ろから助け船が入る。
「おい、ここはわしの店じゃ。諍い事をするなら他所でやれ。それとも、アーデルは出禁にでもなりに来たってわけか?」
ブランドさんが仲裁に入ってくれたおかげで、アーデルは僕を睨みつけながら舌打ちをするにとどまった。
次の瞬間にはアーデルさんは僕の隣を通り過ぎ、カウンターの前まで歩いていく。
その身のこなしは優雅で美しい。先ほどの口調や言葉を含めると、なんだか、中世ヨーロッパに住む貴族のような、そんな雰囲気だ。
しかし、先ほどまでは威圧されて気付かなかったが、とても巨大なバックパックを背負っており、その貴族のような雰囲気とはミスマッチしている。
僕はさっさと退散するが吉と思い、その場を走り去る。
背中からは『なんなのあの子!』と先ほどのうっ憤を晴らすかのようにブランドさんに向かって怒鳴り散らしている声が聞こえる。
よくよく考えてみれば、レジェンダリー級冒険者の彼女が、日当3千円程度の稼ぎの冒険者相手に『初心者つぶし』なんていう、非合理的なことをするわけがない。
結局、彼女が僕に腹を立てた理由はわからないままだった。
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なにとぞ…!なにとぞ…!!!