くだらない その1
神はいるのだろうか。
もし、神がいるのだというのなら、僕の今置かれている状況はなんなのだろう。
あれだけ切望した冒険者になっても、最弱のステータスしか持っていないし、初めての冒険も華々しく飾るどころか恐怖に支配され、死さえも想像してしまった。
これまでの人生も踏んだり蹴ったりで、よかったなんて言えることも特に思い浮かばない。
家族を亡くし、引き取られた叔父夫婦にも厄介者扱い。
高校に入れば一人で生きて行けと追い出される。
高校を卒業したら社員登用してくれるなんて言っていたバイト先の店長の言葉も、本部の方針が変わったとかなんとかでお蔵入り。
二十歳になるまではある程度の生活基盤の元生活できるなんて思っていたけれど、そんなことは無かった。
もし、神がいるのだというのなら、それは僕にとって都合が悪いものなのだろう。
これが世に言う神の試練なのだとしたら、神という存在は消えてなくなってしまえばいい。
街に繰り出したはいいものの、今までの人生について思案してしまうと、なんだか気分が落ち込んでいく。こんな気分の時は大体がうまくいかないもので、でも、だからといって、気分をいきなり一新するなんてことはできるわけもない。
とりあえず、目的の場所には到着した。
『魔石高価買取』と書かれた看板の先には、埃かぶったショーウインドウに挟まれた曇りガラスの自動ドアがある。
自動ドアの前に立つと、ピロピロリーンと小気味がよく少し古めかしい雰囲気のチャイムが鳴りひびき、奥のカウンターで背を向け座る初老の男性に、入店を告げる。
「いらっしゃい」
初老の男性は振り返りながら迎える。
「えっと…魔石を売りにきたんですが…。一つしかないんですけど、大丈夫ですか…?」
自分が持つ魔石の大きさと数を懸念して、とりあえず尋ねる。
(もし売れなかったら、本当に何か仕事を探さないと……。このままステータスも上がらなければ、魔石を手に入れるのも難しいし……)
そんな心配は杞憂に終わった。
「なあに、一つでも問題ねえよ。今日はどんなのを持ってきてくれたんだ?」
口元には長いひげを蓄えているため、表情はわからない。ただ、不愛想ながらも温かみのある声音と細くなった目は笑いかけてくれているのだと、なんとなく理解できる。
僕は右ポケットに入れていた小さな魔石を取り出し、その初老の男性に手渡す。
「おう、これだな、ちょっと見てみるから待ってな」
そう言って、ノギスとルーペを取り出し、魔石のサイズや質を入念に査定し始める。
何もすることが無い僕はとりあえず店内を見渡してみる。
この買取所は販売も行っているようで、取扱品は魔石のみではあるものの、たくさんの種類の魔石が取り扱われていた。
魔石の展示方法も様々で、お菓子の袋のようなものに詰められていたり、個包装でラックに引っ掛けられていたり、とても大きなガラス張りのケースの中で、座布団のようなものにのせられているものなどもあったりした。
袋詰めの魔石やラックにかけられているものは比較的に安い。安いと言っても数万円からだが。
対して、ガラス張りのケースに入ったものに関しては、文字通り桁が違う。その中でも一番高いものは3億円という値札がケースに張り付けられていた。
「うわあ、すごい…」
3億円する魔石は黒に近い紫色でサイズもとても大きい。僕が持ってきた小さな魔石と比べると、天と地、月とすっぽん、女神と鬼ばばあといったところだ。
高価な魔石に驚嘆していると、男性が話しかけてくる。
「兄ちゃん、あんた、最近冒険者登録したんじゃねえか? これも初めての探索で手に入れてきたんだろ、違うか?」
大きな野太い声に少しだけビックリする。
「あ、はい、そうです。 昨日初めてダンジョンに潜って、かろうじて倒せたゴブリンの魔石です……。 すみません、こんな小さいくて質が悪いもの持ってきちゃって……」
今見た巨大な魔石と見比べると、自分の魔石の無価値さに呆れてしまう。
「悪いなんてこたあねえよ。 サイズが大きいも小さいも、質がいいも悪いも、どんな品質だろうと魔石は魔石だ。 商売をしているのに商品にケチなんかつけるわけがねえさ。」
商売や自分の仕事へのプライドからか、男性の目は強い意志を持っているように思える。
「でも、やっぱり一階層のゴブリン相手に苦戦なんかしたり、ましてや死にかけたりなんかして、やっぱり不甲斐ないっていうか、向いてないのかなっていうか……」
魔石の話をしていたはずが、僕のふがいない愚痴が口から出てくる。
男性は返す。
「あんたは魔物を倒して生きて帰ってきたんだ。 それだけでじゅうぶんだ。」
そうなのだろうか、そうであったらいいけど。
納得いかなそうな僕の顔を見て、男性は続ける。
「冒険者ってのはな、命あっての物種なんだよ。 死んじまえばな、意味がない。総じて無価値なんだ。これはどんな高名な冒険者であっても同じだ」
そういうものなのだろうか。
「あんたは生きて帰ってきた。 それだけであんたは死んでった冒険者よりも上なんだ。 戦った相手がどうこうの問題じゃねえ。 他の誰かが死んでいる中で、あんたは生きている。」
僕は聞くに徹する。
「あんた、怖い目にあって、ダンジョンから逃げかえってきたんだろ? 目を見たらわかる。 でもな、今まで見てきた冒険者はみんな、ダンジョンを怖がっていた。」
ダンジョンを怖がっていた?
そんなわけがない、そんな表情をくみ取ったのか、男性は続ける
「嘘だって思っただろ。だが事実だ。どの冒険者だっておびえながら戦ってる。そりゃあ魔物の命を奪おうってんだ。相手だって死に物狂いで戦う」
確かにそうかもしれない。
僕が戦ったゴブリンからも、明確な殺意が感じられた。
喉元に剣が突き刺さってもそれでもなお、僕を殺すように腕を振り回した。
でも、だからって、ほかの冒険者はあんなにふがいない戦いなんてしない。
僕はステータスが低いから、自信だって持てないし、死に近いのは僕の方だ。
「まあいいさ、お前さんが冒険者を続けようが続けまいが、良く言うやつも居なければ悪く言うやつもいない」
確かに。人の人生にとやかく言うことは、どこのだれにもできるはずがない。
「ただな、今最前線で戦っている冒険者達はすべからくみんな立ち上がってる」
男は力強いまなざしで僕の目をジッと見つめる。
その目は確かな確信をしめすように動かない。
しばらくすると、男は目をそらしはにかむ。
「ま、俺も引退して五年経つ。人のことなんか言えないけどな」
少し恥ずかしそうに言うその姿はさきほどと打って変わって柔らかい。
「俺はここの店主のブランドってもんだ。ブランドってのは冒険者だったころにつけた冒険者ネームをそのまま使ってる」
ブランドと名乗ったその男はレジからレシートのような紙を取りながら僕に渡した。
「それと、これ、さっきの魔石の代金だ」
そう言って渡された紙にはかすれたインクで3000円と書かれていた。
「……わかりました。ありがとうございます」
僕はそう言ってレシートを受け取り、用意された3000円を手にする。
3000円。これが僕が命をかけて稼いだ額。
少し誇らしいような、でもまるで僕の価値がこれっぽっちと言われているような、そんな複雑な気持ちになった。
ブランドと名乗る男は生きている僕を肯定してくれた。だが、財布の中にある3000円が僕のことを否定してくる。
こんな惨めな気持ちになるなんて、やはり、僕は冒険者に向いていないのかもしれない。
僕は一つため息をつき、入口へと翻る。
「おっと、兄ちゃんよ。それ」
男の呼ぶ声に振り向くと、何かを指さしていた。
指の示す方へ目を向けると、そこには一枚のポスターが貼ってあった。
「それ、新人冒険者の共同訓練の案内だ」
よく見ると明日の日付が書いてある。
「もし冒険者を続けるにしても、辞めるにしても、それにだけは行っておけ。どちらにしても必ず役に立つ」
僕は一言、ありがとうございますとだけ言い、逃げるように店から出た。
雨はいまだに降っている。
強く、強く。
僕は走った。
とにかくはやく走った。
目を赤くはらし、ぐしゃぐしゃになりながら。
熱く火照る体に土砂降りの雨が心地いい。
生きる意味だってプライドだって、全部壊された。
心に熱い火がともる。
逃げたくない。負けたくない、と。
僕はただ走った。
しっかり校閲してません。
今後内容が少し変わるかも