ゴブリンと自信 その4
次の日、目が覚めたのは昼の12時を過ぎてからだった。
起きてすぐに思い浮かぶのは、昨日のダンジョンでの顛末だった。
自信もなにもかもすべて折られて、昨日までの決心は全て水泡のように消えていた。
「今日はやめておこう……」
そういえば、と思い出し、布団を飛び出て、風呂場の脱衣所まで行く。
そこには昨日脱ぎ散らかしたであろう血まみれの服が転がっている。
固まった返り血は、その色を紫色から淀んだ黒色へと変え、異臭を漂わせている。
「さすが、ゴブリンの血ってだけあるな…… 放置していたらすごい臭いだ……」
とりあえず目当てのものを探そうと、血まみれのズボンを持ち上げて左右のポケットをまさぐる。
すると、中から小さな紫色の小石が出てきた。
魔石だ。
薄っすらと混濁した意識の中、これだけはと回収していたのを覚えていた。
「とりあえず、これを換金しに行こう。 恐ろしい目にもあったんだ、何か見返りがなきゃな。」
魔石を見ると昨日の恐怖を思い出してしまう。だが、日々の貧乏生活を考えると泣き言も言っていられない。
とりあえず、今日は冒険には行かないが、魔石の換金くらいはしておこう。
半日を無駄にしてしまった喪失感から、秋葉原の冒険者街まで行くことを決める。
昨日のように、走って目的地まで移動することもない。私服でいいし、持ち物もちょっとした買い物ができるくらいの手提げかばん。
昨日の大層ないで立ちとは全く違う。
そんな必要もない。
ザーザーと雑音をかき消す大ぶりの雨の中、傘を差し、片道一時間の道を歩む。
僕は物思いにふける。
僕は冒険者として生きていけるのだろうか。
もう一度ゴブリンと対峙した時、果たして、あの異形の生物と戦うことができるのだろうか。
恐怖に足がすくみ、動けなくならないだろうか。
……両親のように、恐怖に打ち勝ち、誰かを助けることができるだろうか。
答えはわからない。
いざとなればやめればいい。
冒険者でなくても生きていくことはできるし、人を助けるのに冒険者である必要はない。
医者だって、看護師だって、弁護士だって、警察だって、自衛官だって。
コンビニ店員だって、清掃員だって、土方仕事だって。
この世に存在するすべての仕事は、それぞれの方法でそれぞれの何かを守っている。
そのどれかが無くなってしまえば社会は回らなくなってしまう。
社会の歯車として生きていくのだって悪くない。
夢なんか追わなくても生きていける。
目的地への歩みが少し重くなる。
「まあ、なるようになるさ。」
そんな言葉で言い聞かせなければならないほどに心が疲弊していた。
そういえばゴブリンを倒したのだから、と淡い期待に、首からぶら下げた冒険者証のステータスを確認しようと思い立った。
冒険者は魔物を倒しその魔力の一部を吸収し、成長していくという。
淡い期待を持って、冒険者証を握り手に魔力をこめてみる。
赤色の光が手をつつみ、しばらくすると収まる。
僕は冒険者証を確認する。
それは依然として、5を示していた。
淡い期待は儚く散った。