修行 3
ちょっとしつこかった気がする。
それと、ユニークPV数が1000を超えました。
1000人もの方にこのゴミカス文章を読まれたと思うと恥ずかしくていたたまれません。
とりあえず、精進します。ありがとうございました。
駆け足で向かったブランドさんのお店には、集合時間の7時より数分早く到着した。
遅刻をしたわけではないということに少しだけホッとし、ブランドさんが訪れるのを心待ちにする。
朝七時ともなれば、日は既に上っていて、10月といえど、それなりに温かい日差しがあたりを照らしており、さきほどまで走っていた僕にとっては暑いくらいだ。
少しだけ滲んだ汗を手の甲で拭い、持っていたスポーツドリンクを口に含む。
まだひんやりと冷たいそれは、多少の運動で乾いた喉を潤していく。
人工的に作られた甘味は脳を刺激し、はやる心を落ち着かせる。
朝方だということもあり、電線には無数の雀が止まっており、強い風が吹きつけるたびにチュンチュンと鳴き声を聞かせる。
滲んだ汗を冷やすかのようにそよ風は僕の服を通り抜け、僕は身震いをする。
そのまま5分ほど待っただろうか、店の目の前にいる地面にお尻を付け、電柱に寄りかかり、ぼーっとしていたところに、自分より身長が低い、還暦くらいのお腹が出た老人がこちらに近づいてくるのが分かった。
ブランドさんだ。
ブランドさんが来たことに気付いたと同時に地面に触れていた腰をすごい勢いで持ち上げ、汗の乾いた体を待ってましたとばかりに立ち上がる。
「今日は、訓練を付けてくれるということで、了承してくれてありがとうございます!これから一週間、頑張るのでお願いします!」
ブランドさんとは見知った顔同士ではあるが、教官と生徒という関係性を考えれば、これぐらい丁寧であるほうが妥当だろう。
そんな僕に対して、ブランドさんは返す。
「おう、早いな。今日からビシバシ行くと思うから覚悟しとけよ!これからの頑張りで今後の冒険者としての可能性も変わってくると思うからな!」
ガハハと豪快に笑いながら言うその姿は、元上位冒険者だったという面影はない。
そんな教官であるように見えないブランドさんを横目に、僕はどうにか気を引き締める。
「はい!僕からお願いした手前、全力で頑張るのでよろしくお願いします!」
礼節を重んじるため、頭を深々と下げる。
「まあまあ、そんなわし相手に畏まっても仕方ないだろう?ましてや、赤の他人なわけじゃねえんだからよ」
ブランドさんならそういうと思ったが、とはいっても、この教官と生徒という関係は崩したくないところだ。
何か教えを乞うときはある程度の緊張感が必要だと思っている。
師との関係性が甘くなったり、砕けたりしてしまえば、なんとなくその師との会話ややりとりが軽いものになってしまい、自分に甘く、悪く言えば馴れ合いになってしまうからだ。
今の僕にとってはそんな状況はどうしても避けるべきで、これからの僕の冒険者ライフのためにもそうするべきではない。だから、
「とはいっても、これからはブランドさんが先生になるわけですし、これくらいへりくだるのも当たり前です!」
といった風に少しでも甘えを排除するように言うのだが、少しの間の後にブランドさんはにんまりと笑い、
「……それもそうだな!その姿勢忘れんなよ!」
とまるで自分は関係がないかのような声をかけてくる。
そんな僕の気持ちと裏腹にブランドさんは続ける。
「そうか、お前さんはわしのことを師として受け入れるのか」
なんだかニコニコしている。師という響きが気に入ったのだろうか。それとも、師としてしっかりしてほしいという僕の気持ちが伝わったのか。
「ええ!それはもちろん、先輩の元上位冒険者なんですから、師匠に違いないです!」
念を押すためにもちょっとだけ大げさに話をする。
「フフフ、そうかそうか、それであれば、何も問題はあるまいな!」
問題とは、つまりどれだけ大変なトレーニングでも耐えられるのだろうと踏んだということだろうか。それならば、僕は肯定するべきだ。
「はい!もちろんです!何の問題もありません!」
ブランドさんは腕を組みはっはっはと大きく笑い僕に念を押す。
「その言葉、二言は無いよな!冒険者に二言はあってはならないからな!」
二言?
ええ、もちろん、だって、この修業期間を乗り越えれば、僕は冒険者として、一皮むけることができるわけなのだから。
ブランドさんはガハハと笑い機嫌がよさそうだ。
「ところで、僕ら、いつになったら訓練を始めますか?」
かれこれ五分ほどこうして会話をしているが、一向に移動する気配も訓練を始める気配もない。
「まあちょっとまて」
なにかを待っているのだろうか、僕には皆目見当がつかない。
僕は息をつくとブランドさんは何かに気付く。
「おっと、ちょうどいいころ合いだったな!」
ブランドさんは僕のさらに後ろのほうを見て言う。
僕もそれにつられ後ろを振り向こうとする。
しかし振り向くときには悪寒が走った。何か見てはいけないものを目にしようとしているのか、それとも、これからの修業の日々が過酷なものだと暗示しているのか、はたまた、その両方か。
来るときにかいた汗とは違う、冷汗が頬をつたう。その汗がチェストプレートと鎖骨の隙間に流れ落ち、悪寒をさらに際立たせる。
僕は振り向いた。
皮肉にもそれは美しかった。
白と黒のコントラスト。
それは世界の始まりと終わりを想起させるような色。
それは恐ろしかった。
死神との邂逅。
今すぐにでも僕の魂をえぐり取ってしまいそうなそれ。
僕は、それが苦手だった。
日本人形を思わす美は、僕の全てを見透かし、否定してくるようだった。
何故この人がここにいるのだろう。
恐怖からガチガチに固まった首をブランドさんのほうへ何とか向け、大きく見開いた目で訴えかける。
「あなた、人がどれだけ優しいからって、そんな反応をしていいと思っているの?」
恐怖の根源から声が聞こえ、体をぶるっと震わせる。
「まあ、そう怒りなさんな。」
ブランドさんがなだめてくれたことで九死に一生を得た気分だ。
「言っていなかったが、ワシが師匠なわけだ。姉弟子のこいつのいうこともしっかりと聞けるよな、坊主?」
僕はもう一度恐怖へと顔を向ける。
冒険者に二言があってはならないと、そう念を押されていなければ、今この場で走って逃げかえっていたであろう。
その恐怖は僕へニッコリと笑顔を向ける。
心なしか、その笑顔は作られた笑顔のように感じられて、顔の上半分に陰が覆っているように見えた。
後ろから声が聞こえる。
「ほれ!ちゃんと挨拶せえ!お前さんの師匠だぞ!」
ブランドさんが僕の脇腹を小突く。
「ひえぇっ!」と情けない声を出してしまったものの、なんとか言葉を絞り出す。
「よ、よ、よ、よろしく、お、お、お願い、します…!」
絞り出した言葉はたどたどしい。
その恐怖と美の象徴は、肝要だというわけでもなく、次に言った言葉は、僕の運命を変えるような一言だった。
「ビシバシいくから、よろしくね?」
恐怖もとい、死神はこれからの修業が過酷なものだと告げてくる。
修行であるならば厳しいほうがいいだなんて思ってはいたものの、僕はこの死神のもとから生きて帰ることができるのだろうか。
そんなことを考えていても埒が明かないので、なんとか平静を取り戻して、声を出す。
「これから一週間、よ、よろしくお願いします、アーデルさん…!」
かくして、僕の修業は始まった。
踏んだり蹴ったりというか、端からけったいなこの修業で僕は何を得ることができるのだろうか。
しかし、第一線で活躍をする冒険者に教えを乞うことができるわけなのだから、もし生き残ることができたのなら、それは大きな成長へとつながるのだろう。
僕は一縷の望みに命を託し、大きな存在を目の前にして唾を飲み込むのであった。