なれ その4
ブランドさんの店までつくとアーデルさんは「それじゃ」と一言だけ言って道を進んでいった。
どうやら僕らの行き先は同じ場所だったわけではなかったようだ。
それにしても、あの大きな荷物はどうするのだろう。
まあ第一線で活躍する冒険者には時間もお金もたくさんあるわけだから、明日にでもどうにかするのだろう。
古めかしい電子音とともに両開きの自動ドアが開く。
ブランドさんは「お、坊主、いらっしゃい」といってニカっと笑う。
「今日はどうした?」
「えっと…今日はコボルトを何匹か狩って、その分の魔石と…」
「これ」と言いながらコボルトスピアを差し出した。
「おお、こいつはすげえじゃねえか。わしもめったに見ることは無いぞ。強運だったな、坊主」
ブランドさんがすごいと言ってくれたことに嬉しくなる。
「いや、幸運でしたよ、ほんとに。」
ブランドさんは返す。
「そうだな、こいつも売れば三百万くらいにはなるだろう。」
三百万円もするのか。想像していたよりも高価なものだったようですこし驚く。
そんなに高価であれば、性能も素晴らしいものなのだろう。できれば手元に置いておきたいし、あわよくば、使ってみたい。
そんな気持ちからか、僕はブランドさんに言う
「これ、できれば使いたいなって思ってて、えっと、どうですかね…」
そういうとブランドさんのさっきまでの笑顔がこわばった顔になる。
「………何言ってる、いいわけないだろうが。」
急な声音と表情の変化に僕は戸惑う。
「え、えっと…。どういうことですか…。」
ブランドさんは大きくため息をつき質問する。
「坊主、冒険者稼業には慣れてきたか?」
「え、えぇ、まあ、それなりには」
肯定の言葉にブランドさんは返す。
「そうか。でもな、慣れってのはな、いいことでもあり、悪いことでもあるんだ。わかるか?」
突拍子もない話に僕は眉を顰める。そんなことも気に留めずブランドさんは続ける。
「例えばだ、あるレストランで働き始めた青年がいるとする。」
「は、はい」となんとなく気の抜けた返事をする。
「そいつは皿洗いから始まり、やっとの思いでその店で出す料理を全て作れるようになったわけだ。そのまま半年が過ぎて、覚えた仕事のすべてを完ぺきにこなすことができるようになった。」
なんのことだろうか。
「仕事を完ぺきにこなせるようになり、それを自覚し、今の地位に満足する。すると、その料理人はどうなると思う?」
それとコボルトスピアがどう関係するのか。
「新しい料理を考える、とかですか…?」
手を横に振りながら呆れたようにブランドは返す。
「ちがう、全然違う。」
彼は僕に目を向ける。
「その料理人は手抜きを始める。」
ここまで来てやっとブランドさんの言いたいことを理解し始める。
「俺はできる、俺は完璧だ。そう言いながら、慣れという名の慢心をもって手を抜き始める。手を抜いて、そのうちそこに綻びが出て首になる。」
「さて」といって話を切り返す。
「冒険者だったらどうだ?首になっておしまいか?違うよな。」
コボルトスピアを指さし続ける。
「いい武器があるからと慢心し、使ったこともない武器なんか手に持って、こんな相手、取るに足らないなんて言うわけだ。」
コボルトスピアをから僕に目を向けなおす。
「そこでお前に待つものは死だ。」
これがダンジョン組合の役員だったらここまでの説得力はなかったはずだ。
「武器に慢心し、己の力に慢心し、適当な使い方で武器を振り回し、そのうち歯車がかみ合わなくなる。」
第一線で戦っていたというブランドさんだからこそ、その言葉に重みがあり、意味があるのだ。
「ダンジョンをなめるな」
睨みのきいたブランドさんを見て、僕は息をのんだ。
今の僕はどうだったのだろうか。
コボルト相手なら負けることがないと思っていなかっただろうか。
このまま中級冒険者まで簡単に成長できるなどと思っていなかっただろうか。
いや、思っていた。
小さな心で、やっとの思いで倒せるようになったコボルトを見下していた。負けるはずがないと心のそこで思っていた。
ゴブリンにすらおびえる、最弱の僕だというのに。
「すみません、僕、やっぱり勘違いしてました…。」
自分の浅慮さに飽きれ顔を下に向ける。
「いいんだ、今気づけたお前は、間違いなく上等だ。」
次の瞬間には上を向き、鼻から大きく息を吸う。
「危険なことは一切するな。もし、それで人が死んでしまおうが、な。わかったか?」
「はい…」とだけ返事をする。
あの夜、もう泣かないと決めた。
あんな惨めな思いをするのは嫌だと心に深く刻んだ。