なれ その2
今の僕はおそらく変な顔をしている。
ドロップした『コボルトスピア』のことを考えると笑ってしまうのも仕方がない。
今日の探索もここまでにして、できるだけモンスターに遭遇しないように、できるだけ戦闘をしないようにと家路を急ぐ。
中層で使用される武器の売値は、武器にもよるが大体一千万円ほど。
中層で使用されるコボルトスピアであれば、買値で百万円ほどといったところだろうか。
百万円あれば一か月使い続けてきたこのショートソードを買い替えることもできるし、防具だって一緒に新調することができる。
むしろ、このコボルトスピアさえ持っていれば、中層まで武器の更新が必要なくなるわけだ。
なんだか未来が見えてきた。
強くなっている実感もする。
戦いに対する嫌悪感も次第に薄れてきた。
このペースで成長することができれば、第一線の仲間入りをすることだってそう遠くはないだろう。
ルンルン気分の鼻歌交じりでダンジョンのゲートを潜り抜けると、そこには見知った顔があった。
その女の子は長身の男のこと一緒に並んでおり、私服の状態でダンジョンゲートに目を向けていた。
髪の毛はツインテールに結んでおり、九月の残暑が厳しいこともあってか、薄手の白いワンピースを着ていた。
対して隣の男の子はまだ暑いというのに黒い長そでのシャツと長いパンツをはいていた。
見るからに暑そうに見えるが、汗一つかいていなかった。
この前スーパーでぶつかったエミリーだ。
隣にいるのは、彼氏ってことなのかな。恋人どうしでダンジョンに潜るなんてなんだかロマンチックな気もする。
エミリーはこちらに気付く気配も見せず、男のことの会話を続けている。
「いよいよ明日だね!明日になったら私たちの素晴らしい冒険譚が始まるんだよ!ワクワクするね!」
それに男の子が返す。
「そうだね。明日が楽しみだ。僕のステータスはまわりのビギナーなんかよりも圧倒的に高いみたいだし、君のことは絶対に守るよ。」
エミリーは顔を赤らめている。
臭い言葉も頼れるダーリンが言えばカッコよく聞こえるもの。
エミリーは赤い顔を悟らせまいと、男の子に背を向けながら返す。
「そ、そうだよね!いやー全くビックリだったよ!君のステータスの平均値が15だなんて!ほんといつも頼りになるんだから!」
そうか、あの男の子は僕よりもかっこよくて、僕よりも背が高くて、僕よりも強いわけだ。
そりゃ、あんなにかわいいエミリーだって放っておくわけがない。
「でも君だって魔力値は僕よりも高いし、魔法使いとしての資質は僕よりもずっと高いじゃないか。君は絶対に守るからさ、君も僕に力を貸してね。」
褒められたら褒め返す。単純なことだけど、そんな彼だからこそ、エミリーはついていくのだろう。
すれ違いざまに男の子が僕に気付いた。
こちらへ振り向いてきたので笑顔で会釈をする。
彼は僕を覚えていたようで、笑顔で会釈を返してくれる。
エミリーは彼に尋ねる。
「あれ?もしかしてあの人知り合い?」
「まあ、そんなもんかな。そろそろ、日も暮れてくるし、帰ろう。」
エミリーはついぞ僕を思い出すことは無かったが、それも仕方ない。
彼や彼女はこの世界の主人公なのだから。
弱小冒険者の僕なんかとはまた別の才能ある者たちなのだから。
踵を返したエミリー達に追いつかれまいと赤く染まり始めた街を早足で進むのであった。
今日中に何話か書きます。