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「うちはなあ、五人家族ですねん」
駅前からどんどんそれて山の方の道を辿りながら京子が歌うように言った。
「おとうはんとおかあはんとおじいはんとおにいちゃん。祇園の方で扇を商いさしてもろうてて、まあまあ古い家ですねん。そやのに、おにいちゃん、いろんなもの見たい言うて、フランス行ってしもて、たいがいふらふらしてた思たら、急に帰ってくるとか言うの、どう思わはります? それもえろう慌てて、おばちゃんとこに届けもんがある、ついでに家寄る言うて電話切ったけど、ほんま慌てもんやの、うちの家、今改装してて違うとこにいるんですえ」
ちょいと唇を尖らせた顔が可愛らしい。
「あ、おばちゃん言うても親戚違いますえ、おとうはんのお仕事先の人で、嵐山に居たはりますのん。うちにはおばあはんいいひんけど、おばあはんてこんな感じなんやろかと思うようなええ人で、うちもおにいちゃんも大好きで。どうせ一晩おばちゃんとこ泊まるやろうし、ほなうちがおにいちゃん捕まえてくるわ、言うて出てきたん」
「え? じゃあ、嵐山に居なくちゃまずかったんじゃないのか?」
「ううん、かまへんの。おばちゃんにも言うてあるし、夜までに帰ったらええ話やし」
またぺろん、と京子は舌を出した。
いいなあ。
慌てもんや、と言いながら、京子は楽しそうだ。それは京子が育ってきた家の温かさを、兄に向けた思いやりの深さを思わせる。
こんな妹がいたらいいよなあ、可愛いくって。志郎お兄ちゃん、とか呼ぶんだぞ? 朝とか起こしに来てくれたりさ。
へらへら笑った俺に周一郎がこれみよがしに溜め息をつく。
「朝倉さんの御家族は?」
にこ、と京子が邪気なく周一郎を覗き込む。
「僕には家族はいないんですよ」
さらっと周一郎は流した。
「身の回りの世話をしてくれる者と……滝さんも一緒に住んでますけど」
「え」
京子はみるみる赤くなった。
「すんまへん……もう、アホやわ。さっきから、アホなことばっかり聞いてる!」
「気にしなくていいですよ」
ぷく、と怒ったように唇を尖らせた京子に周一郎が柔らかく笑う。
「この人一人で十人分ぐらいは騒がしいから」
軽く俺を示しながら言い放った。
「おい」
じろりと睨んでやったがしらっとした顔でそっぽを向く。
苦しかったんじゃなかったのかよ。ったく、人が心配してやってるのに。
「ふぅ、ん、仲、いいんや?」
京子はじっと周一郎を見ていたが、くるりと向きを変えた。
「すこぉし、気になるなあ」
「え?」
「お二人の、関係」
「はぁ?」
関係?
俺と周一郎の?
「ひょっとしてえ」
「ひょっとして?」
「コイビト、とか?」
「はぁあああ???」
俺が素頓狂な声を上げたのにちらっと京子が肩ごしに視線を投げてくる。
「小説とかでもようあるでしょ?」
「あるのか?」
「僕に聞かないで下さい」
周一郎はうんざりした顔で肩を竦めたが、そんなちょっとした動作でバランスを崩したようにふらついた。とん、と体をあててきたのをとっさに支える。道は傾斜の緩い上り坂、左右は竹林で日ざしは遮られてはいるが、足下は竹の枯れ葉で不安定だから疲れてきたのかもしれない。
「大丈夫か?」
「はい」
頷いたものの顔色はさっきより悪い。
京子ちゃん、後どれぐらい、と尋ねようとして、顔を上げると目を細めて腕を組み、まじまじこちらを見ている相手に気づく。
「やっぱり」
「は?」
「怪しい」
「何が」
「何か異様に周一郎さんに優しい、滝さん。庇ってはるし」
その目がまっすぐ俺が周一郎の腕を掴んでる手に注がれているのに、慌てて手を放す。放してから、そんなことしたら逆効果じゃなかったかと固まって、やっぱりますます凝視された。
「あ、あの、これは、その、こいつは体が弱くてだな」
「……弁解してはるし」
「違うだろ!」
「ま、ええけど」
うろたえる俺にくすくす笑う。
「好きな人に一人や二人、なんかついてても」
なんかついてても。
俺は地縛霊か。
「障害多いほうが燃えるしなあ」
「あ…そ」
見かけよりうんと情熱的なんだなとか、そっかもうそこまで周一郎が好きだって自覚してんのかとか、けれど、その発想の行き着く先が俺と周一郎が恋人同士だとかいうのは根本的にどっか間違ってるとか、そんなこんなを考えていたら、ふいに周一郎に腕を掴まれた。
「滝さん」
「?」
「……ちょっと」
「あ」
サングラスの向こうで明らかに白い顔になっている周一郎が、今度ははっきり苦しそうにこちらを見上げてくる。慌てて腕を掴んで体を支えた。
「すまん、京子ちゃん、冗談言ってる場合じゃなくて」
「あ、はい、もうあそこですし」
京子が指差した先にいつの間にか、緑に呑まれて崩れかけたような山門と、ペンペン草がわさわさと屋根に生えているボロ寺が現れていた。