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京都舞扇 〜猫たちの時間2〜  作者: segakiyui
15.走る走るとき走れば走れ!

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「どこだ!」

「ここからは出られないはずだ、探せ!」

 ばたばたし始めた屋敷内、それに輪をかけてばたばたと人相のよくない男達が走り回っている。

「ふ、ぅ」

 これは遅かれ早かれ見つかるな。

 溜め息をついて植え込みの影にもう一度深く身を潜める。

「あっちにはもう行けないし」

 さっき見えていた裏口はぎっちり防御されていて、近づくことさえできない。

「…大丈夫か?」

「は、い」

 何事かしきりに考えている表情の『直樹』がはっとしたように顔を上げた。逃げ始めたあたりでサングラスを落としてしまっているからか、さっきより青ざめていくのが気になる。

「何か思い出したか?」

「……いえ」

 『直樹』は苦しそうに下唇を噛んだ。

「でも」

 そっと額に指を当ててゆっくりと撫でた。

「ん?」

 何だ、と覗き込むと、その指の下に額の隅に薄白く残る傷跡があった。

「……怖かった、って、思いました」

「え?」

「それまで優しかったのに、急に詰られて、ひどく怖かった」

 澄んだ瞳が潤む。

「僕は、してはいけないことをしてるんだと、思いました」

「『直樹』…」

「見てはいけないものを見てて、だからみんな僕が疎ましくて嫌いで……居ない方がよかったんだって」

 生きてちゃ、いけなかったんだって。

「……同じでした」

「……何が」

「扇のことを、おとうさんに話したときと、同じ」

 幼い口調が確認するように続ける。

「周一郎、のことを、おかあさんに話したときと、同じ」

 知らなくていいことなのに。

 知ってはいけないことなのに。

「……どうして、僕は」

 いつも、いつも。

「見なくていいもの、ばかり、見つけちゃう、んだろう…?」

 膨れ上がってくる涙の粒を堪えもしないで零しながら、『直樹』はひくっ、と小さくしゃくりあげる。

 それはまるで、施設に居たころに傷つけられた周一郎が、その時流せなかった涙を流しているようで。

 俺の前でも語り尽くせなかった思いを打ち明けているようで。

 胸が、詰まる。

「……お前が見つけなくても」

 そっと頭に手を載せた。

「きっと誰かが見つけたさ」

「でも」

「あっちに居るやつは、性格は悪いが間抜けじゃない」

「あっち?」

 俺の指差した上空の方向を『直樹』は素直に見上げる。

「神様」

「かみ、さま」

「知らん顔をしてるんで、気づいてないかと思うときもあるけど、実は眼の端で全部見てて」

 こっちが忘れた頃に突きつけてくる。

「お前が間違ってるとしたら」

 それを誰かのために使ったことだ、きっと。

「誰かのため……?」

「うん」

 人は弱くて脆いから、真実ってのは苦手なんだ。受け入れられる時間と場所がある。

「それをちょっと早く言い過ぎたんだ」

「……ちょっと早く、言い過ぎた」

 『直樹』が首を傾げて俺を見た。

「だからさ、あーえーとうまく言えないけど」

 お前はそれを誰かのために使うんじゃなくて、自分が幸せになるために使うべきだと思うな。

「自分が、幸せになるために…」

 しばらく黙っていた『直樹』は、くすん、と洟をすすりあげて涙を拭った。

「じゃあ、今、みたいな時?」

「そうだな」

 にこりと笑う相手に俺はほっとする。

「今出口を見つけるってのは凄く大事だぞ」

「わかりました」

 応えた『直樹』が眼を閉じたかと思うと、すとん、とふいに表情が消えてぎょっとする。

「『直樹』?」

「ここから半径二十五m内から外部へ動ける通路は二本。一本は母屋の方へ、もう一本は別の中庭へ通じています。半径五十m内になると、外へ通じるルートは七本、けれどそのうち四本が建物の中、残り三本が中庭からのさっきの裏口と表通りへの通路、こっちはガードされているけど、もう一本は……」

 ぱちりと眼を開けて淡々と報告する。

「この斜め隅の、今は使われていない用水路。ここから外へ抜けられる」

「はい?」

 なんですかそのサーチシステムみたいな回答は。

 俺がよほど奇妙な顔をしていたんだろう、『直樹』は解きほぐすように説明してくれた。

「……ここへ来る時、表通りから通されて、建物の構造地図が途中にありました」

 それと、通ってきた通路、さっきみた離れと庭、走ってきたルートを組み合わせていけば。

「簡単です」

 見上げてくる瞳がよく見知った光をたたえていた。

 全てを見抜く英知の視線。

「それに用水路の上を渡っているあの生け垣を潜って、庭を抜けた向こうにルトがいますから」

 平然と、しかも主たる威厳を秘めたその口調。

「こっちは使われていない裏口だけど、鍵がかかっていない金属の透かし扉で、ああ、外には」

 くすりと笑いを零す皮肉な笑みを浮かべた唇。

「手回しがいいことだ、佐野さんがパトカーまで引き連れて待機している」

 これだからあの人には用心しなくちゃならないんです。

「だから、滝さん、僕達はここから抜けて」

 『直樹』は植え込みの陰、人一人通り抜けられる程度の細い通路を指差しながら俺を振り返る。

 その仕草はまさに、

「……周…一郎…」

「え?」

「お前、記憶が戻ったのか…?」

「記憶?」

 何のことです?

 訝しそうに瞬きする。

「僕にルトの見えているものが見えるのは当然……」

 言いかけた『直樹』が今度こそ真っ白な顔になった。

「……これは……何……ですか…?」

「……」

「この、眼の奥に見えている、これは一体」

 『直樹』がぞくりと身を震わせた。

「何が見えている…?」

「それは…」

「居たか?!」

「いやまだだそっちは!」

「こっちへ来たはずだぞ!」

 響き渡った声にはっとして身を潜め、戸惑った顔の『直樹』を引き倒す。間一髪ですぐ側を数人の男が手にそれぞれ物騒なものを抱えて通っていく。

「ガキはともかく、男の方は仕留めていいってことだ!」

「とろそうなやつだったから、すぐ見つかるんじゃないか」

「間抜けな顔してたから絶対押さえられる」

「足も遅そうだったし、きっとアホ面晒してそのあたりに居るぞ!」

 おい人をそこまで馬鹿にするのか確かに居るけどな、ここに見事に居るけどな、って。

「っ」

 がさり、といきなり目の前に銃口が突きつけられて血の気が引いた。

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