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京都舞扇 〜猫たちの時間2〜  作者: segakiyui
14.明かされた気持ち

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1

 早すぎるだろ、おっさん。

 ひょっとしてムカデみたいに百本ぐらい足があるんじゃないか。あんたは爬虫類じゃなくて、昆虫の方だったのか。ひょっとして、それは史上最強、氷河期にも平気で耐え抜いたという伝説の、全国5632万の主婦の敵ってやつじゃないのか。

 胸の中で罵倒の限りを尽くしながらのろのろと振り返ると、背後に立っていた綾野が、薄い笑みを浮かべて繰り返した。

「君は違うよ、里岡直樹君」

 ご両親が心配して、連絡を下さったよ。

「お、とうさん、たち、が」

「いろいろあって、叱り過ぎてしまったとおっしゃっていた」

「叱り、すぎた…」

 俺にしがみついたまま、『直樹』がぼんやりと繰り返す。

「そこに居る滝君は妄想癖が酷くてね」

 だから、私がいろいろ面倒を見ていたのだけれど。

「君にまでそんなことを吹き込むようなら、もうちょっと管理を考えなくてはいけないな」

 俺は猛獣か。

 お由宇か宮田がいたら、俺が猛獣とは猛獣も地に落ちたとか何とか突っ込んでくれるんだろうが、そんな和やかな雰囲気になりそうにないと気づいたのは、綾野の遥か後方の建物の陰に一瞬光ったもの、のせいで。

 あれはやっぱり銃口、なんだろうな?

 でもって、あれほどこれみよがしに俺の位置からしか見えないように立っているのは、遠回しな威圧ってやつだよな?

「こちらへ来たまえ」

 滝君、君もお客様を手荒に扱ってはいけない。

「……ふん」

 すっかり危険人物にされてしまった。

「で、も」

 ぎゅ、と『直樹』が俺の服を掴み直し、綾野は眉を寄せた。

「僕は、いえ、僕が周一郎さんだとしたら」

 おーい。

 今銃口がこっちに動いたぞ。ひょっとした『直樹』ごと始末しちゃう気か?

 考えた瞬間にはっとする。

 里岡夫婦が来た、と言った。それは『直樹』は諦めろ、そう説得されたということじゃないのか。

「……」

 ごく、と唾を呑み込んで、そろそろと向きを変えた。『直樹』が俺の体の後になるように、ゆっくり移動する。

「大丈夫、ですよ」

 ぽつりと『直樹』が囁いた。

「あの位置からなら跳弾しない限り、当たりません」

「『直樹』…?」

 何だって?

 『直樹』が知っているとは思えないことばを聞かされぎょっとする。

「ちょうだん、って何のことか、よくわかんないけど」

 泣き笑いのような表情で、『直樹』が俺を見上げる。

「そうだって、わかる」

「……」

 『直樹』の内側が細かな破片になって崩れ落ちていくのが見えた気がした。

「直樹君?」

 不審そうな綾野の声を遮って、

「……僕にはわからないけれど」

 震える声で『直樹』が応じた。

「でも、僕にはわかる」

「何のことだ?」

 綾野が訝しげに顔を歪めた。

「滝さんが守ってるのが、周一郎、で。今僕は滝さんに守られてる」

 ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

「僕にはわからないのに、僕はわかる、今滝さんに守られてる」

 振り仰ぐ瞳がきらきら光る。

「僕は、そう信じてる、滝さんは、滝さんだけは、僕を見捨てたりしない」

「何を言ってる」

 繰り返す綾野に応じずに、『直樹』はまっすぐ俺を見上げる。

「そう…だよね…?」

「……ああ」

 そんなことばを、きっとあいつは絶対言わない。

 未来永劫、そのことばを、そんな祈るようにすがるように、訴えることはない。

 それでも。

 距離を置いて座っていても離れない。

 側に居るために慣れない日射しの中に出てくる。

 俺と食事をするのを待って、俺が安眠するのを確認する。

 俺に自分の正義を弁解しない。

 俺が出て行くのを引き止めない。

 けれど俺の毎日を、寄り添うように知っている。

「そうだ」

「……ん」

「周一郎の何を知っている」

 嬉しそうに笑った『直樹』を殴りつけるように、綾野が冷たい声で言った。

「私はあの子が朝倉家に引き取られた時から知っている。七、八歳だったか。子供のくせに大人びた顔で、自分は朝倉大悟のBUSINESSを手伝うために居るのだと言い放った」

 妹はずっと気味悪がっていた。

「何を考えているかわからない。何を与えても喜ばないし、どんな優しいことばをかけてもにこりともしない」

 奇妙な猫を連れていて、その猫も周一郎の側を片時も離れない。

「魔女の使い魔のようだと嫌がっていた」

 使い魔。

 当たらずとはいえ、遠からずだなと思った。

 才能を買われて引き取られたのは知っていたが、その時からルトが居たとは知らなかった。

 けれど、ルトが居たなら、きっと周囲の気持ちや陰口なんかは筒抜けだっただろうし、今はそれなりに慣れて諦めてもいるが、そんな幼い時では、周囲が気味悪がっているということを押し付けられる一方で苦しかったに違いない。そんな相手が何をくれても喜べないだろうし、優しいことばの裏でののしられていては笑うことなどできないだろう。

「大悟はそれでも『相棒』だと無邪気に喜んでいた。大悟の側では多少周一郎も子供に見えたが、それでも自分を引き取ってくれた義理の父親が死んでも、泣くどころか悲しみもしなかったよ」

「そんな……人だったんですか…」

 綾野の冷ややかな糾弾に『直樹』が顔を強張らせる。

「違うよ」

 思わず反論した。


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