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京都舞扇 〜猫たちの時間2〜  作者: segakiyui
12.懐かしき微笑

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1

 眩しい。

 部屋に入った瞬間に視界が真っ白に焼けて,思わず目を閉じる。

「……太田」

 微かによろめいた瞬間、鞭のようにぴしりと鋭い声が響き、俺を支えていた白衣の男がびくりとした。

 太田、そっか太田というのか、覚えとくぞ太田、俺の体を好き放題しやがって太田、そのうちちゃんとお返してやるぞ太田。

 胸で繰り返しながらゆっくり目を開ける。

「滝君の憔悴が激しいようだが」

「そ、それはその」

「傷めつけたのかね?」

「いえそんなことはこれっぽっちも」

 内側を傷めつけた場合は『傷めつけた』うちに入らないのか?

 思わず反論しそうになったが、その前に目の前に立っている男の視線にぐさりとやられた気がして動けなくなった。

 なんだろう、こいつの目。普通の茶色がかった黒い虹彩のはずなのに、なんだか爬虫類か何かの、縦に瞳孔が切れた金色の眼に見えて、無性に気持ち悪い。

 しっしっ、あっち行け、そう言いたくなる。

「ご指示の通りほらどこにも怪我をさせてませんし傷もほら」

「わ」

 いきなり上に着ていたシャツを腹から胸まで捲り上げられてぎょっとした。

「綺麗なもんです、ええ、それにこういう弱い筋肉層ではたいしたこともできませんし」

 おいたいしたことって、何する気だったんだ。 

「しかし、この男の特筆すべきは肉体ではなく、極めて鈍くて回復力の早い精神ではないかと」

「離せっ」

 捲り上げられたシャツを掴んで引き下ろし、今鈍いと言ったろ、それも極めて鈍いとか言ったろ、そう突っ込もうとして、そのシャツがパジャマに近いものだと気づく。

「あれ? なんで俺こんなもの着てんだ?」

「……なるほど」

 くすり、と目の前の男が笑って顔を上げた。

「確かに鈍いな」「でしょう!」

 こら何を二人で確かめあってる。

「そうすると、滝君は今なぜ自分がここに居るのか、何をされたのかもわかっていないのだな?」

「ええおそらく」

 太田は嬉しそうに笑った。

「ほんと鈍くてどんどん薬を試したくなって困りました」

「おい…」

 さっき薬を使いすぎたとかどうとか言ってたのは、ひょっとしてそういう理由だったのか。

「じゃあ、私が誰かも知らないし、ここがどこかもわかってないと言うことだな?」

「え」

 太田は笑みを強張らせた。

「捕まえてから眠らせて情報を得ていただけだろう?」

「あ、いや」

「その大半は何をしゃべったかも覚えていないはずだな?」

「覚えてる」

 俺はぶすっと唸った。

 いくら俺が馬鹿でもそれぐらいはわかる。

「ここは『SENS』とかの秘密研究所で、あんたは綾野啓一っていう周一郎を恨んでせこいまねばかりしてるおっさんだ」

「………太田」

「あ、あの」

 側に居てもわかるほど、太田は冷や汗をかいて震えている。

「一体誰が、そんな情報を与えていいと?」

 あてずっぽうだったが見事にヒットしたらしい。思わず嬉しくなってにやっと笑った瞬間に、その笑みを見た綾野が眼を細める。

「…全く馬鹿でもないようだし」

 ほっとけ。

「それに人の気持ちに入り込むのは天性の才能があるようだな」

 下がっていい、と言われて太田が慌てて側から引いていく。

 取り残されて俺はゆらいだ体を支えるために踏ん張った。

「……こちらへ来たまえ」

 綾野が静かに斜めの前のソファを指す。

 そこでようやく、この部屋が、今までの部屋とは違って、企業の応接室のような造りになっているのに気づいた。灰色と黒で統一されたモノトーンの上品な調度、綾野が立っていたのは窓を背中にした大きな机の後で、机の上にはデスクトップのパソコンと積み重ねられた書類の束、それから広げられた新聞がある。

「立っているのは大変だろう」

「……なんで、俺は」

 こんな所へ連れてこられたんですか。

 尋ねた俺に綾野はまるで芋虫が突然しゃべり出したとでも言いたげな表情を向けた。

「………『直樹』が君を捜している」

「……え?」

 うっとうしそうに新聞を取り上げ、ソファの前のローテーブルに置いて、それとなく見るように促す。思わず引き寄せられて覗き込んだのは全国紙、続いて上に載せられたのは京都の地元紙だ。

 その両方に結構大きな囲み記事で『尋ね人』があった。

「周一郎の名前を手がかりに、松尾橋での事件を調べ、君の名前を知り、収容された病院を知り、松尾駅での事件を知り、それが自分と『扇』で繋がっていることになお興味を持ち、両親が自分の問いにちゃんとした答えを与えないといら立ち、京都府警を当たり、廻元に会い」

「清にも、会ったのか」

 どきりとして確認した。

「……あの子どもは誰なのだ、なぜ周一郎そっくりなのだと聞かれたよ」

 綾野は眼を細めた。

 清はさすがに『直樹』と詳しく話をしたいと思わなかったようだが、それでも俺の行方を知っているかもしれないからと朝倉家を紹介したらしい。

「そうして、朝倉家から私に連絡が入ってきた」 

「『直樹』が…」

 もう会わない、そう言ったときに納得していたとばかり思っていたのに。

「……まったく」

 計算外だ。

 綾野は冷たい口調で吐き捨てた。

「十分幸せな暮らしをさせてやってるじゃないか、なぜ君のような者を探しまわる」

 へえへえ悪うございましたね、庶民派で。

「……それでも、嘘じゃないか」

 心の中で突っ込みながら、俺は顔を上げた。訝しそうに見下ろしてくる相手に繰り返す。

「それはあいつが得た暮らしじゃない、あんたが勝手に与えたもんだろ」

「……朝倉家の方がよかったのだと?」

 綾野は冷ややかに笑った。

「あんな牢獄のような場所が?」

「それでも……あいつが選んでようやく得た場所なんだ」

 つるりと反論してしまい、そうか、と気づいた。


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