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「………滝さん」
「うん?」
「……何か…話して」
「何かって」
「………周一郎、さんのこと、とか」
「はぁ?」
「……だって興味あるもん……僕とそっくりなんでしょう?」
「あ…ああ」
「世の中に同じ顔の人が三人居るって……その一人なのかな」
「そうかもな」
「……おんなじ?」
「え?」
「……中身も……おんなじ? 僕と」
「…さあ」
一瞬なんと言っていいのかわからないものが腹の中で捩じれた。
「さあ?」
「……俺は……君をあんまり知らないから」
「……そ…か」
『直樹』は残念そうに溜め息をついた。
「……昨日会ったばかりだもんね」
「…そうだな」
「……でも……おかしいんだよ、滝さん」
ずっと前から知っているような気がする。
そう呟かれて、思わずどきりとした。
「僕…本当は他人は苦手なんだけど……滝さんは違う」
『直樹』は低い声で続けた
「凄く……安心する……なんでだろう」
「なんでかな」
「……滝さんは大丈夫だって……そう思うんだ」
胸が、詰まった。
周一郎の声で、周一郎のことばで、それを伝えて欲しかった、そう思った。
「そう、か」
「………だから……熱…下がらないといいのにって……思ってる」
「は?」
「……熱下がらないなら……滝さんが居てくれるでしょう…?」
「『直樹』くん…」
「………………………でも……」
駄目だよね。
小さく囁いて、『直樹』は微笑んだ。
「……周一郎さん……探さなくちゃ、駄目だもんね」
だから、僕の側にずっと居ることはできないよね。
もう、見つかっている。けれど、二度と見つけちゃダメなんだ。
そう叫びたくなるのを堪えた。
「うん……なるべく早く……探してやりたいんだ」
一世一代の演技を始める。
「寒い思い、してるかもしれないから」
そんなことはない。
「さみしがっているかもしれないから」
そんなこともない。
「一人で待っているかもしれないから」
幻の、周一郎が背中を向けて去っていく、そんな気持ちが広がってつらくなる。
大丈夫だ、もう一人でも、寒くも、さみしくもない、はずだ。周一郎に戻らない限り。
「………いい、なあ」
「……え?」
「……僕も……」
タオルを指でそっと押し上げて、『直樹』が目を細めた。
「そんな風に探してもらいたい、な」
「…そうか…?」
「うん……きっと絶対、滝さんを待ってるよ」
確信するように笑う顔がさすがに辛くて、タオル温まっちまったな、と絞り直すふりをして凝視から逃れた。
「だって……きっと喜んでた」
「何を」
「滝さんが、居てくれること」
あやうく絞ったタオルを落としそうになって、慌てて握り直す。
「そうかな」
「うん…きっと凄く嬉しかったはずだ。うんと……安心してたはずだ」
『直樹』がどこかあやふやになっていく口調で繰り返す。
「絶対……待って…る……」
「『直樹』くん?」
戻ってきたのは微かな寝息だけ。
同時に背後の襖がそっと開いて、家政婦です、と小さな声が響いた。
「あ……今眠ったみたいで」
「そうですか、ありがとうございました」
部屋はこのままにしておいてやって、元気になるまであんまり光をいれないで、と頼んで立ち上がる。うなずく家政婦の足下からルトが飛び込んできた。
「行こうか、ルト」
猫に話し掛ける俺を奇妙な目で見ながらも、相手は駅の方向を教えてくれた。
「なぅ?」
「……戻るぞ、朝倉家に」
そして俺は、できるだけ早くあそこからも出て行こう。
ずきずきしながらそう思った。




