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パンッ!
「てえっ!」
いきなり頬を殴られて我に返った。
「お、お由宇」「何をぐるぐる考えてるの」
お由宇は静かに言い捨てた。
「あなたが考えて何か解決するとでも?」
「おい」「何か?」
ひらひらと白い掌をかざされて思わず小さくなる。
「いえ、はい、ありません」
「よろしい」
お由宇はいつの間に淹れてくれたのかコーヒーのカップをそっと押しやって微笑んだ。
「落ち着きなさい。病院には連絡を入れておいた。周一郎は、今警察が捜索してくれている。清さんには廻元さん? あのお坊さんがついて面倒を見てくれている。今あなたにできることは何もないのよ」
「……うん……」
俺は唸ってカップを取り上げた。
「お由宇」
「何?」
「周一郎……本当に」
そのことばを口にするのが怖かった。
けれど、逃げていても何もきっと始まらない。
「自殺、したんだろうか」
「……私が知っている限りでは朝倉周一郎が自殺するなんてあり得ないわね」
くす、と微かにお由宇は笑った。
その慣れた口調にふとひっかかる。
「前から聞こうと思ってたんだけど」
「ん?」
「お由宇、ひょっとして前から周一郎を知ってるのか?」
「……そうねえ」
表向きは単なる心理学科の大学生、その実、いろいろな情報を苦もなく集めることができる奇妙な友人はくすぐったそうな顔になった。
「知っていると言えば知っている……けれど、友人だったことは一度もないと思うわ」
「じゃあ、何だ?」
「何……ねえ」
自分もカップを持ち上げてゆっくりと中身を口に含む。
「………商売仇……と言うべきかしらね」
「商売仇?」
なんじゃ、それは。
尋ねようとした矢先、再び電話のベルが鳴ってお由宇が立ち上がる。
「はい………え。ええ、はい、わかりました。今そこに? ええ、伺います」
受話器を置くときらきら目を光らせて俺を振り返る。
「願いが通じたわね。周一郎が見つかったらしいわ」
「え!」
「今、あなたが運び込まれていた病院に収容されているって。比較的水も飲んでなくて、本人も疲れてて『誤って』落ちたから、必死に泳いで何とか這い上がった、と言っているらしいわ」
「病院だな、わかった!」
バスタオルを後ろへ払いのけ、俺は勢いよく立ち上がった。前に座って、コーヒーの残りを飲んでいたお由宇が一瞬びくりと体を震わせ、やがてゆっくりと目を伏せて溜め息をつく。
「いきなりとんでもないものを晒さないで」
「え……? あっ、あーーっ!」
「叫ぶのは私の方でしょ」
平然と呟いたお由宇の前で俺は慌ててバスタオルを引き寄せて蹲った。
「お、俺のジーパンとシャツっ」
「もう乾いてるでしょ、お風呂場」
「サンキュ、お由宇!」
急いで飛び込み、洗濯機の上に載せられていた服を着込んで飛び出す。
「助かった、いろいろと! またお礼するから!」
「あ、志郎」
ばたばたと玄関で半乾きの靴に脚を突っ込んだ俺は続いた声に固まった。
「ところで、ここからどうやって病院に行くのか、わかってるんでしょうね?」
「わ、かりません~」
ひきつって振り返る。
「考えてみたら、なんでお前、こんなとこにいるんだ?」
「ようやくそれに気付いたの?」
お由宇はしみじみと大きな吐息をついた。




