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京都舞扇 〜猫たちの時間2〜  作者: segakiyui
1.春に来る鬼
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「た、高野さん」

「はい」

「気配殺すのやめてくれ。心臓に悪い」

「申し訳ありません」

 いや、全然申し訳ないなんて思ってないだろ、あんた。

 そう突っ込みたくなる淡々とした顔で、朝倉家の執事、高野が軽く頭を下げた。

 季節を問わずに黒尽くめのスーツ姿、いつも坊っちゃま一筋の初老の男は先代、つまり周一郎の義父、朝倉大悟の時から仕えている。

「お手紙がいくつか届いております……こちらは滝様宛で」

「あ、どうも」

 居酒屋のDMに学費振り込み請求書、レンタルビデオの案内なんて、どっから俺の住所と名前を知ったんだ? また宮田か? 時々人の名前を無断で使うからな、あいつは。

 うんざりしつつ中身を確認する。その横で、

「どんなものがある?」

 周一郎はやっぱり振り返らないまま尋ねた。

「お仕事のものは書斎に。お持ちしましたのは、パリの綾野啓一様からのものです」

「内容は」

「以前に京都のお母さまに扇を注文なさっておられたそうです」

 ぴくり、と周一郎が体を緊張させた。

「由緒ある貴重なものなので、ご自分で受け取りに行かれるご予定でしたが、お仕事でご都合が悪くなられたと。代わりに受け取りと保管をお願いしたいとのことです」

 綾野啓一? 

 どこかで聞いたような気がするな、と首を傾げていると、ふいに周一郎がちらりとサングラスの後ろからこちらを伺った。

「?」

 なんだ?

 きょとんとして見返したが、意味ありげな視線はすぐに逸らされてしまう。

「どういたしましょう」

「期限は」

「四月五日までにと」

 また周一郎がちらりと俺を見る。

 何だ? 

 何か俺に関係があるのか?

「周一郎?」 

 尋ねようとした矢先、周一郎は急にむっとした顔になって立ち上がった。

「わかった。出向く」

「し、しかし、綾野様は」

 はっとしたように高野がうろたえた声を出して思わず振り返る。

 主人に似て常時冷静沈着な男が取り乱すのは『坊っちゃま』の安全に関することだけだ。とすると、何か? 扇を受け取ってくるだけというこの旅行に、何かまずいことでもあるのか?

 眉を寄せて周一郎を振り仰ぐ。

「ここにいても、彼はいずれ来る」

 まっすぐ前を向いたまま、周一郎が冷たい声で言い放った。

「怯えて待つ気はない」

 『朝倉周一郎』が怯える? 

 んなもん、日本壊滅とかそういうレベルのものぐらいじゃないのか?

 俺はなお顔を顰めた。

 それとも、この旅行に、あるいはその綾野啓一に、周一郎が怯えるようなものが関わっているのか?

 それは一体なんだ?

 疑問符が頭の中でラインダンスを始めた矢先、ちら、とまた周一郎がこちらを盗み見て、ようやく、あ、と思った。そうかそうかそういうことか。よしよしなかなか可愛いじゃないか。

 独り合点で頷きながら、無邪気を装って尋ねてみる。

「高野」

「はい?」

「俺……一緒に行っちゃダメかな」

「は?」

 高野と周一郎が同時に振り向いた。

「ふざけたことを」

 嘲笑うように周一郎が一蹴する。

 あれ? 違ったか?

 ちょっと怯んだが、言い出してしまったものは仕方ない。

「あ、いや、その、京都? 一度行ってみたかったしさ」

「遊びじゃないんですよ」

「邪魔しない」

「滝様、あの」

「面倒事も引き起こさない。誓う。約束する」

 片手を上げてうなずいて見せる。

「でも、あの、旅費が」

「バイト代から引いてもいいぞ?」

「でも」

「だめか?」

「バイト代……なくなりますよ」

「あ」

 それは痛いな。今月参考書も買わなくちゃならないし、合コンの幹事もあったような気がする。

「うーん」

 女の子に積極的にお誘いされない俺の貴重なチャンスなんだが。

 悩んでると、つい、と冷たい顔で周一郎が側を通り過ぎながら吐き捨てた。

「どうぞ、滝さんは綺麗な女性と楽しんできて下さい。高野、一人分で手配しろ」

「え、はい」

「わ、行かないって言ってないだろう! お前がいいって言わないから!」

「いい」

 唐突にくるっと振り向いて、周一郎がまっすぐ俺を見上げながら言った。

「は?」

 戸惑う俺にすぐ身を翻して、屋敷の方に立ち去っていく。

 いい?

「あれ? 高野さん、あいつ今いい、って行ったよな? いいって、付いてっていいってことだよな?」

 ちょっとほんわか嬉しくなって、きょろきょろと周一郎の後ろ姿と呆然とした高野を交互に見ながら確認する。

「坊っちゃま……」

「俺、少しはあいつに信頼してもらえてるってことかな」

 高野がやがて深々と溜め息をついて呟いた。

「滝様を連れていかれるなんて……無謀ですよ」

「………どういう意味だ」

 俺はじろりと高野を睨みつけた。

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