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京都舞扇 〜猫たちの時間2〜  作者: segakiyui
6.雨に消える

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「じゃ、行ってくる」

「よろしぅお頼もうします、滝さん。気ぃつけてな、京子ちゃん」

「うん、おばちゃんも」

 暗い顔でぺこりと頭を下げた京子は、居間で向かい合って座っている周一郎と京都府警の刑事に視線を投げ、清にゆっくり背中を向ける。

 今朝早々、京都府警から来た刑事が二人、周一郎に詳しい事情を聞きたい、とやってきた。本当は所轄署の方へ出向いてほしかったらしいが、相手が朝倉家唯一の相続人、しかも先の事件では被害者で未成年、配慮すべしと通達でもあったのかもしれない。不愉快満面でやってきたが、迎えた周一郎がどう見ても、覚醒剤どころか万引きすらしそうにない気配に拍子抜けしたようだ。

 それでも詳しい話は弁護士同席の上でと切り出され、一筋縄では済まない相手とは思ったらしく、顔繋ぎ兼ねて、といった顔で上がりこんでいる。

 京子はひとまず実家に戻って両親と今後の相談をすることになった。廻元は夕べのうちに寺に戻っていて、まだ不安そうな彼女は俺が駅まで送っていくことになった。

 厳密に言うと、付いていくことになった、のだが。

「滝さん……何してはんの?」

 先を行く京子がきょろきょろしている俺を振り返ってきた。

「えーと、ここをこう出て、あそこで曲がって、だな」

 時々振り返って道を確かめているが、段々微妙な気分になってくる。

「帰れますのん?」

「俺も今それが気になってる」

「ふふ……変な人やねえ、滝さんて」

 暗い顔をしていた京子がようやく少し笑ってくれてほっとした。

 駅について時間を確かめ、切符を買う。入場券を買って一緒にホームに並び、しばらく無言で立っていたが、

「少し時間あるな……ジュースでも買ってこようか?」

「ううん……」

 松尾駅はホームの半分以上を満開の桜が覆っている。

 京都の桜の名所と言えば、嵐山が先に上がるが、ここの桜もどうしてどうして見事なものだ。近くの松尾大社は平安京の昔からの由緒ある神社、参拝客も多いのだが、その割にはこの駅はひなびた雰囲気が残ってるよなあと見渡していると、

「滝さん」

 ぽつりと京子が呼び掛けてきた。

「うん?」

「うち、わからへん」

「?」

「あの、周一郎さんて、何なん?」

 何なん?

 何なん、と言われても困る。

 どう見たって人間だろうが、そう真面目に答えそうになって、そういうことではないのだと気づいた。

「人の命をどうでもええ、やなんて」

 いつの間にか潤んだ目で、まっすぐに向かいのホームの桜を睨みつけながら、京子は続ける。

「おにいちゃん、死んでしもたのに。そら、あたしはあの人にとって他人やけど、おにいちゃんは関係あった人やのに」

「……」

「おばちゃんの大事な人や言うても動じへん。覚醒剤とか、そういうこと聞いても、しらっとして」

 ぽろ、と耐えかねたように零れてくる涙に胸が詰まる。

「十八、やて聞いた。そやのに、あれ、何?」

 あれ、何、か。

「人の顔してるけど、人間ちゃうわ」

「京子ちゃん」

 思わず口を挟んでしまった。

「何やの?」

 ぎゅっと唇を引き結んで見上げてくる相手に、何を言えばいいのか、何から話せばいいのかわからなくなる。

 人間じゃない、か。

 人の命が大切で、温かい情や思いやりをやりとりするのが当たり前な世界に住む京子に、周一郎が生きのびてきた場所をどう説明すればいいのだろう。誰も自分の命を守ってくれなくて、毎日心理戦を繰り返して、へとへとになって疲れ果てても助けさえ求められない。確かに暮らしは豪勢だったけれど、ずっと荒野に置き去られてきたようなあいつの気持ちをどう話せばわかってくれるだろう。

 俺だってきっと本当のところはわかっていないんだろう、けど。

 それでもあいつはぎりぎりのところで踏ん張ろうとしてて。

 冷たくなり切ってしまえばいいところを捨て切れなくて。

 そこに付け込まれて踏みにじられて、誰も信じられない、そう思ってる中で、清の存在がどれほどかけがえなかったか。

 けれど、今はその相手も信じられない、ののしられるしかない状況で。

「俺、あいつ好きだけど」

「……」

「あの、そりゃ、いろいろと我が儘だったりそっけなかったりするし、外から見てる限りいい人間には見えないかもしれないけど……俺は」

 そうだ、俺は。

「俺は、あいつを信じてるから」

「え?」

「今度のこと、うん、確かに手帳とかにはあいつの名前が書いてあったりしたけど……うん、それは確かにお兄さんが書いたもんだろうけど」

 それでもきっと何か理由が。

「理由?」

 京子が苦しそうに顔を歪めた。

「おにいちゃんが、殺されていい、理由?」

「違うって」

 俺は慌てて首を振った。

「殺されていい人なんていないよ。ただ、薬とか、殺人とか、そんなもんにあいつは関わって…」

 るかもしれない、んだよな、そこんとこは、と思わず言い淀む。

 朝倉周一郎が無傷で無垢な人間ではないことは、俺が一番知っている。それこそ、手を出すつもりなら『完璧に』『干渉したことさえ見せることなく』出しているだろうけれど。

「あいつは殺してなんか…いない」

「口だけやったら何とでも言えるやん。……滝さんはなんでそこまで周一郎さんを信じられるのん?」

「う」

 いや、そりゃ確かに騙されたけどな?

 目一杯綺麗に騙されたことがあるけどな?

「やっぱりコイビトやから?」

「だーかーら!」

 それは違うって。そう言いかけた瞬間、ふい、と京子の体が視界から消えた。

「きゃあっっ!」

「え……うあっ」

 京子が突き飛ばされたとわかったのは、続けて俺もホームから線路に転がり落ちてから、次の瞬間、全身思いっきり打ちつけて激痛に動けなくなる。

「ったああ……っ」

 ぐらぐらする体を必死に起こした耳に、かんかんかんかん、と派手な音が鳴り響いた。

「うるせ……って、おいっ!」

 一体何の音だよ、そう思った瞬間に全身の血が引いた。慌てて周囲を見回す。

「京子ちゃんっ? 京子ちゃんっ……つっ」

 叫びながら顔を動かすだけでへたりそうになるのを、必死に堪えて見渡した視界の端、くたりと線路の上に寝そべった姿があった。

 その向こうに、はっきり迫ってくる電車の影。

「京子ちゃんっ!」

 這いずるように近づこうとした矢先、

「、うわっ」

「おいっ、あんたっ、ほらっ立てっ」

 いきなり側に飛び下りてきた男が俺を引き上げた。

「や、待て、あそこにっ」

「いいからっ、ほらっ!」

 男が悲鳴のような声を上げて俺を抱えて線路を渡る。

「やめっ、やめろーっ!」

 じたばたしながら男にホームの下に引き込まれると同時に、がんっ、と頭を鈍い衝撃が襲って、そのまま俺は崩れ落ちた。


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