3
「ん? いやに沈んどるな?」
まあ一杯飲め。
いい薫りのする茶を勧めながら、廻元はふて腐れた俺の気分をすぐに読み取った。
「ほんまにすんません。おじさんが変なことするさかい」
京子が気遣って頭を下げる。
「おいおい、わしのせいか」
「いや、違う、気にしないで下さい」
京子には悪いが、どさりと布団に腰を落とし、また溜め息を重ねてしまった。
そりゃな? 他人だよ、俺は。確かに何の役にも立たないよ?
けど一応は危ない橋も一緒に渡ったんだから、多少は気持ちを許してくれてもいいだろが。
少なくとも、攻撃なんかしないって思ってくれてもいいだろうが。
理不尽な愚痴だとは思ったが、ついついいじけも入ってくる。
結局、どうこうなんてできないんだよな、いくらあいつが辛そうでも。あいつが信じてくれないかぎりは。
「京子、茶を入れ替えてくれ」
「はい」
廻元が言い付けて京子が立ち上がり、まだ口をつけてもいない俺の茶まで下げてくれた。
「……何がしたい」
「え?」
ぼうっとしていると、ぼそりと尋ねられて顔を上げる。
「あの坊主に何をしてやりたい」
「何をって……」
瞬きして相手の太い眉を見つめる。
「何を……何を?」
何をって言われてもなあ、ただ、もうちょっとその、と考えかけて、はたと気づく。
「何って何です?」
そうだ、別に応えなくちゃいけない道理はないんだ。
尋ね返した俺ににやりと廻元は笑った。
「ほら、それよ」
「は?」
「あいつがお前にしてることも同じだろ」
「?」
「お前にはわしの心の中はわからん。お前はわしが何者なのかもわからない。なのに、いきなりお前が何を望んでるのかと尋ねられても応えられるわけがなかろう」
「あ」
そっか、と気づいた。
周一郎の側に居たのはずっとあいつを傷つけるような奴ばっかりだったんだっけ。
俺があいつの側に居ると言ったって、何年も居たわけじゃない。あいつには俺がどういう人間だかわからない。ルトを通しても、自分で接しても、俺が何を考えてるのか、俺が何をしようとしているのか、まだ本当のところはわからない。
だからずっと警戒してる、そういうことか。
「それでも、自分を傷つけると思う相手の側にはおらんだろうさ」
廻元は窓の外へゆっくりと目をやった。
丸い窓の障子の向こうで、竹がゆっくりと風に揺れている。柔らかで静かな葉音が響き、部屋の中を満たしていく。さやさやと笹が触れあうその音は、波のように高くなったり低くなったりしながら、心の中まで打ち寄せてくる。揺れて波打ち、襞の隅々まで広がって、強張っているところを和らげていく。
ふと、この音があいつの横になっている部屋にも響いているといいなと思った。
あいつの部屋を満たし、耳を満たし、胸を満たして、竦んでいる体の底まで届くといいのに。音に揺られ慰められて、辛い夢など見ることなく、少しでもちゃんと眠れればいいのに。
零れ落ちた涙。
きっと誰にも知られることはない、そう思っているからこそ流せたんだろうけど、たとえば俺の前でもそんな風に辛いと泣けたら、きっとうんと楽になるだろうに。




