九話
今回は梓宸視点。一発変換できない。
本日休養日である梓宸は河原に座り込み、ぼけっと川の流れを見ていた。人を待っているのである。
「梓宸~! お待たせ~!」
元気な少女の声が聞こえて、梓宸は立ち上がった。服に付いた土や草を軽く払う。
「ごめん。遅れたわね」
待ち合わせをしていたのは、元気娘・静花だ。梓宸にとっては上司の姪にもあたる。
「そんなに遅れてない。大丈夫だ……ん?」
そこで梓宸は静花の隣に見なれない人が居ることに気が付いた。優しげな青年だ。たぶん、梓宸とさほど年は変わらないだろう。
「あ、王宇さん、こちら姚梓宸。姐さんの部下をしてるわ。梓宸、こちら礼部所属の医師の王宇さん。学術院で医師をしているの」
さくっと紹介されて、梓宸はあわてて礼をとる。
「刑部で官吏をしている姚梓宸と申します」
「ご丁寧にどうも。私は王天峰。呼びにくいので、どうぞ王宇と呼んでください」
「わかりました」
挨拶が済んだところで、三人そろって歩き出す。今日、出かけようと誘ってきたのは静花だった。友人である女帝・美蘭が街に興味を示していたので、街を巡って面白いことがあったら話してやろうと思っているらしい。
「お土産も持っていきたいけど、警備厳しいもんね……姐さんに頼んだら何とかしてくれるかな?」
「逆に静花を捕まえるんじゃないか……」
静花にとって梓宸の上司、皓月は叔母にあたる。なのに、静花は彼女を『姐』と呼ぶ。確かにそれほど年は離れていないし、姐と呼びたくなるのもわかるような御仁であるが、聞くたびにどこかくすぐったさを感じる。
「そうだねぇ……。その場で絵を描くくらいはできるんじゃない?」
「あたし、絵、下手なんだけど」
「私が得意だよ」
ニコニコと王宇が静花に告げる。静花が「いいかも~」などと嬉しそうに言う。本当に仲良しだ、静花と美蘭は。
京師で流行りの甘味などを食しつつ、見世物などものぞく。しばらく歩き回ったな、と言う時、小さい声が聞こえた。
「静花」
人ごみの中から手を振っているのは……なんだか見覚えのある人のような気がする。
「え! あれ!? 何してんのー!?」
静花が駆け出す。王宇が「待って、静花!」と彼女を追いかける。この人ごみの中、静花を一人にするのはまずい。だが、名を呼んだ人を一人にする方が余計まずい。
「あのね、来ちゃった」
えへへ、と笑う少女は、どこからどう見てもこの国の頂点におわす少女だ。つまり、女帝美蘭。町娘のような格好で、一応薄布を被き顔を隠しているが、いつばれるかわからない。
いや、皇帝の顔を知っている人などほとんどいないか。だが、美蘭は皇帝であることをのぞいても普通に可愛い女の子なので、かどわかしなどに会う可能性はある。その点は静花も同じだが、彼女は武力があるので言うほど心配していない。
「うわー、どうやって、むぐ」
どうやって禁城から出てきたの、と聞こうとしたであろう静花の口をふさいだのは王宇だった。彼は美蘭に向かって微笑む。
「お久しぶりです、美蘭様。おひとりですか?」
「久しぶり、王宇。ええ。一人よ」
よくここまで誰にも捕まらずに来られたな、と思った。梓宸としても美蘭に会えたことはうれしいが。
「これ……戻った方が……」
「せっかく出てきたのに」
正しい意見を言っているはずなのに、むくれられてしまった。そうなると、ちょっと罪悪感を覚えた。こっちが正しいはずなのに。
「……ちょっとくらいならいいんじゃない?」
静花が美蘭の肩を持った。この二人、本当に、本当に仲が良いのだ。
「……ま、少しくらいなら構わないんじゃないかな。少し街を見回るくらいなら」
「王宇まで!」
王宇が静花と同じことを言いだしたので梓宸が孤立してしまった。多数決でしばらく美蘭と共に街めぐりである。しかし、すぐに静花が「あー!」と言って駆け出した。
「姐さん!」
静花が横から露店を眺めている女性に抱き着いた。ふらついた女性を、後ろにいた男性が抱き留める。女性と抱き着いた静花が立ち上がった。美蘭も「あっ」と声をあげた。
「皓……っ、お義姉様!」
美蘭が静花と反対側に抱き着いた。っていうか誰?
「何をしているんだ、お前たちは」
何となく聞き覚えのある声に梓宸は目を細めた。王宇も談笑に混じっているし……と、睨むように彼を見て、彼の隣にいるのが私服の榮河……柳尚書だと気付いた。
「あ、周侍郎!」
「ん? ああ」
つっこみも入れずに返事をした女性に、梓宸は彼女が自らの上司だと確信した。両手に女の子二人を引っ付けた皓月はその二人に言った。
「何か選ぶといい。榮河と子俊が買ってくれるそうだ」
「本当に!?」
現金に喜んだのは静花だ。美蘭は反応に困っている。梓宸が露店を確認するとかんざしを売っている店だった。美蘭が禁城で使っているもの、それどころか皓月が普段使っているものよりも数段劣るそれは、しかし、みんなで選ぶと言うことが楽しいのだろう。
「あ、これ!」
静花が赤と青のかんざしを手に取った。赤い方を美蘭に渡す。
「おそろい!」
「静花!」
美蘭がぎゅっと静花に抱き着く。その後ろで皓月が「買ってあげなよ子俊」とか言っているのが雰囲気を壊しているけど。空気のよまなさに子俊……まあ、梓宸は魏先生と呼んでいるが、彼も呆れた様子で支払いをしていた。
「お前にはこれだな」
皓月のまとめられた髪に銀のかんざしを挿したのは榮河である。もう、こいつら仲良すぎだろう。
「……それで、周侍郎たちは何を?」
かんざしを買い求めた後、通りを歩きながら梓宸は一番慣れている皓月に声をかけた。いつも男物を着ている背の高い彼女だが、今日はどこからどう見ても妙齢の美女である。
「ああ。……少し、散歩でもしてみようかと」
「嘘だ! 今日、仕事じゃないですか!」
梓宸は非番だけど。皓月は今日は出勤日のはずである。皓月は「うむ」とうなずく。
「まあ、私がおらずとも何とかなるだろう。それと、深莉だ」
名前で呼べと。たぶん、あえて空気を読まない人なのだろうが、お前本気でやってんの、と思うことが時々ある。仕事中は頼れる上司なのだが。どこか抜けていると言うか。
「姐さん、甘味を食べに行こう」
「お義姉様、わたくし、麻花が食べたいわ」
「では、茶房にでも入るか」
女性陣がどんどん進んでいってしまうので、男性陣はついていくだけだ。こういう時、女性の方が強いものだ。
「……それで、実際のところは何を……?」
榮河や子俊、王宇と並んで歩きながら梓宸は尋ねた。先ほど、皓月が答えてくれなかったことだ。これに答えたのは、何故か王宇だった。
「探し物だよ。もう見つけたみたいだけどね」
と、王宇は小さく赤いかんざしをした美蘭を指す。思わずああ、とうなずいた。なるほど。美蘭を探しに来たのか。
少々年代が離れているので詳しいことはわからないのだが、皓月、子俊、榮河の三人は先代皇帝、つまり、美蘭の兄の友人であるらしい。そのため、美蘭のことも知っているのだろう。美蘭が『お義姉様』とためらいなく呼んでいることからも、相当仲が良かったのだろう。やっていることは姉と言うより親っぽいが。
茶房に入り、二階の席に案内された。七人と言う結構な大所帯なので、二つの机に分かれることになった。自然と、男女で分かれている。
かりっとした麻花をほおばって、静花と美蘭は幸せそう表情になる。それを見た皓月も少し頬を緩めた。気がした。
「そう言えば、お前たちは何をしていたんだ?」
冷静に尋ねたのは榮河だ。王宇が微笑んだまま答える。
「美蘭様が外に興味をお持ちで。会ったときに話したいからと静花が話しのネタ集めに来たわけです」
「……そこに、当の本人も来ちゃったってわけか」
ため息をついて子俊が言った。饅頭をほおばりながらなので決まってないけど。梓宸もせっかくなので饅頭に手を伸ばした。
女性陣は楽しそうである。何気なく目をやった時、基本無表情の皓月が笑った気がして梓宸はちょっと驚いた。
「ん? なんか外が騒がしくないか」
気づいたのは榮河だった。瞬間的に梓宸の向かい側に座る子俊の表情が変わった。
「見てくる。深莉、てめぇはここにいろ」
「わかった」
同じく立ち上がろうとした皓月に言い置くと、子俊は外の様子を見に行き、すぐに戻ってきた。
「深莉、妖魔だ」
妖魔。存在は知っているが、梓宸は見たことがなかった。晶皇国内でも、出るところと出ないところがあるのだ。
茶房にも混乱が広がっている。一瞬目を見開いた皓月だったが、すぐに立ち上がった。
「禁軍は間に合うまい。子俊、行けるか」
「おう」
「なるほど。では、妖魔退治と行こうではないか」
皓月は恐ろしく冷たい目をしていた。
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