五話
静花と美蘭が気まずい出会いをしてから数日後、逢瀬を重ねる二人とは関係ないところで、皓月は真夜中にたたき起こされた。
「おい。おい! 起きろっつってんだろ!」
「……ん?」
強い口調で呼ばれて、皓月は目を開いた。何度か瞬きし、寝台の側に立っている男に焦点があった。
「貴様こんな時間に人の寝室で何をしている子俊」
「寝起きにそんなツッコミできんの!? いつものツッコミ放棄はどこ行ったんだてめえ!」
ツッコみ返された。とりあえず皓月は身を起こす。夜着姿の彼女に、子俊は椅子に掛けてあった上着を投げた。着ろ、と言うことらしい。
「こんな夜中にどうしたんだ。私は眠い。というか、どうやって入ってきた」
一応、小さいとはいえここは皓月が京師・洛耀で使っている周家の邸だ。夫婦のお手伝いさんがいるし、皓月の寝室には侵入者除けの術がかかっている。
「いや、邸には範さんに入れてもらったけど、寝室には普通に入れたぞ」
「なんだと」
それつまり、術者である皓月が子俊を『侵入者』とみなしていないことになる。それは驚きの発見だ。
腕を組んで考え込んでいる間に再び寝そうになった皓月に向かって、子俊は彼女の本名を叫んだ。こんな夜更けに近所迷惑である。
「それでお前、何の用で来たんだったか」
「いや……ちょっと学術院の寮で不思議なことが起こってて」
呪術っぽいんだけど、という子俊に、皓月は「専門外だ」とにべもない。
「お前以外に頼める術師がいねえんだよ!」
「せめて朝になってからにしろ」
「お前、どんだけ眠いんだよ……つーか、人の命に係わるかもしれないからそれは無理」
「そうなのか。それを早く言え。すぐに支度するから出て行け」
瞬間的に意見をひるがえした皓月は、子俊の肩のあたりを押して寝室から出した。子俊は「何なんだ」と言いながらも、さすがに長い付き合いであるので心得た様子で寝室を出て行った。
子俊をたたき出した皓月は夜着を脱いで普段着に着替えた。男物の方が着やすいので着なれた服を着る。上に着る褙子は相変わらず女物だ。まあ、褙子の形は男女であまり変わらないが、柄の問題である。
髪はいつも通り緩く束ねる。最後に靴を履くと皓月は寝室から出た。
「お、おう、早かったな」
子俊がびくっとして言った。皓月は腕を組んで家人の範夫妻に言った。
「少し出かけてくる。場合によっては、明日の朝まで戻らん」
「わかりました。お気をつけて」
範夫人がにっこり笑って言った。彼女が京師・洛耀に出てきたころから面倒を見てくれている夫婦だが、皓月が好き勝手やり過ぎたせいか結構主に対して放任である。まあ、三十歳も近くになって過保護と言うのもどうかと思うが。今回は子俊が一緒であると言うのも大きいだろう。
子俊が馬に乗ってきていたので、皓月も厩舎から馬を一頭連れてきた。乗馬は得意である。
と言うわけで、馬で京師・洛耀の外れにある学術院に向かった。到着した学術院の寮は騒がしかった。早速足を踏み入れようとした皓月は、子俊に呼び止められる。
「……まあ、一応お前も女だからな。ここは一応男性寮だ。気をつけろよ」
皓月は振り返って目を細めた。
「大丈夫さ。子俊が一緒だからな」
「お、おう……」
意表を突かれた表情で子俊がうなずいた。皓月は気にせずさっさと中に入る。
「あ、魏先生」
「おう。賢永の様子はどうだ?」
「今、王医師が見てくれていますけど……」
声をかけてきた学生はちらっと皓月を見た。彼女は無表情にその視線を見つめ返した。
「そうか。皓月、行くぞ」
「ん」
皓月はうなずくと、子俊に連れられて寮の部屋の一つに入った。四人部屋のようだが、今は他の住人が追い出されているらしく、患者らしい青年が一人寝かされているだけだ。部屋の外には野次馬がいたけど。
「王宇」
「ああ、魏先生……そちらの方は?」
王宇と呼ばれた医師らしい青年は、皓月の顔、正確には目を見て眼を細めた。
「……術師の方、ですか」
「刑部の周侍郎だ。俺の知っている限りじゃ、一番の術者だな」
「でしょうね。そんなに澄んだ翡翠の瞳は初めて見ました」
指摘されて初めて、皓月は自分の瞳が碧眼であることに気付いた。いや、こちらが地の色なのだけれども。
霊力の強い人間は、碧眼であることが多い。皓月はそれが顕著で、晶皇国ではめったに見ないほどの澄んだ碧眼を持っていた。いつもはそれこそ術で黒く見せているのだが、その術をかけ忘れていたのだ。先ほど顔を見られた時も、彼は皓月の碧眼を見ていたのだろう。皓月は目元を自分の掌で覆った。
「お前それどうなってんの?」
「説明するのは難しいな」
眼を開いた時には彼女の碧眼は黒くなっていた。今更だが一応。
「それで、君は医師か」
「はい。一応籍は礼部にあります、学術院で医師をしている王天峰と申します。呼びにくいので、みんな王宇と呼びますが」
「王宇だな。私は刑部侍郎・周皓月だ。まあ、適当に呼んでくれ」
「では周侍郎と。いや、よかった。私だけではどうしていいものか」
一応、自分も霊力はあるんですけど、と言う王宇。確かに、彼も緑がかった瞳をしていて、霊力があることをうかがわせた。しかし、術師と言うほどではないのだろう。皓月は高熱にうなされている学生・賢永の顎をつかみ、口を開かせて喉の奥を見た。腫れているので熱があるのは確かだろう。額に触れても熱いし。
「熱があることは確かなのですが、治癒術では下がらないんですよねぇ」
王宇が言った。もう治癒術は試したらしい。完全には治らなくても、ただの熱なら治癒術は効果があるはずなのだが。
「だから呪術か……」
腕を組んだ皓月に、子俊が不安げに「違ったか?」と尋ねてくる。皓月は首を左右に振った。
「いや。私も呪詛ではないかと思う。何の呪詛で、誰がかけているのかが問題だが……」
皓月は言葉の途中で「ん?」と首をかしげた。首筋に紋様を発見したのだ。彼女は立ち上がると、棚や机の引き出しをひっくり返しはじめた。
「お前何やってんだ! 家探しか!」
様子を見ているだけの子俊がつっこんでくるが、皓月は相手にせず目的のものを探し出した。
「あった」
「……人形?」
「人形と言うか、人形だな。いろいろ用途はあるが、今回は呪詛だ。彼は誰かを呪おうとして呪い返しにより呪いが跳ね返ってきたのだろう」
「……なんでそんなことがわかるんだ?」
子俊の当然の問いに、皓月は賢永の首筋を指して言った。
「その模様、霊力のないものが術者になる場合に現れるものだ。それが彼にあると言うことは、彼が術者であり、その呪いが跳ね返ってきたと考えるのが妥当だ」
「呪い返しの分、弱くなっていると言うことですね」
「うむ」
皓月は腕を組んで王宇の言葉にうなずく。人形を王宇から受け取り、皓月は術を解除した。圧倒的な霊力を持つ皓月なので、簡単に呪術は解除できたが、しかし、すでに放たれた術は独立していて、熱は下がらない。
「……と言うことは、これは術を使ったことによる体調不良だ。誰を呪おうとしたのかは知らんが、慣れぬことをするからだ」
「……つまり?」
「体力が回復すれば自然に熱は下がる」
はっ、と子俊と王宇が息を吐いた。何をしても回復しないので、やきもきしていたのだろう。皓月は心もち目元を和ませた。
「心配することはなかろうよ。明日の朝には目を覚ますだろうさ」
「……お前ってさ」
「ん?」
子俊が言いかけて止めたので、皓月は彼を見上げる。子俊はごまかすように笑って言った。
「いや、何でもねえよ。ありがとな」
「構わん。だが、次に夜中にたたき起こしてみろ。その頭丸刈りにするぞ」
皓月は息を吐くと立ち上がり、子俊と王宇を見た。
「では、私はこれで失礼する。回復しないようならまた呼んでくれ。できれば常識的な時間に」
「わかりました。ありがとうございました、周侍郎。もう少し話をしてみたいところですが」
ニコリと笑って愛想よく言う王宇に対し、皓月はいつも通りの無表情である。
「送っていく」
「いや、大丈……いや、ありがとう」
「なんだよお前。ひねくれてんのか素直なのかどっちだ」
「好意は受け取ろうと思ってな」
適当に返事をして皓月は王宇に手を振り、子俊に送られて邸に帰って行った。
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皓月は黒髪碧眼の美人さん。←どーでもよい情報




