四十話
はっきり言おう。術者として半人前の深莉には、僵尸を倒せるほどの力はない。むしろ、力技でたたきつぶしてしまった方が簡単だ。
「と言うわけで子俊。お前は叡香僵尸を頼む」
「なんか種族の名前みたいになってるぞ。というか、これ、俺に倒せるのか……?」
「干将莫邪は退魔の剣だからな」
霊力皆無の子俊でも僵尸の相手ができる。僵尸は妖魔に近い。退魔の剣で切れるし、倒せる。
「その間に、私は璃雪を」
「……わかった」
いくら親友と同じ顔をしているとはいえ、相手はただの死体。いや、体自体も本人のものか? っていうかちょっと待て? 僵尸にするには、死体は新鮮でなければならないのではなかっただろうか。
………………あとで考えよう。
術者をとめたからと言って、僵尸は止まらないが、それでも璃雪のことは止めなければならない。墓場を駆けまわると言うめったにできない経験をしている子俊たちとは違い、深莉たちはその場から動かず術だけをぶつけ合っていた。
見た目だけ見れば子俊たちの方が派手だが、難易度はこちらの方が高い。張り合っているわけではないけど。
「ふふふ。わたくし、一度思いっきり力を使ってみたかったんですの!」
互いの干渉領域を押し合いながら、璃雪は楽しげに言った。半人前術者の深莉はそれどころではない必死さなので、聞くだけにとどめる。
というか、まさかそのために深莉をわざと怒らせるようなまねをしたのだろうか。そんなくだらないことのために?
しかし、思いっきり力を使って戦いたいのなら、華北州の周本家に行けばいいのに、何故深莉を選んだのか。
一瞬、目の前を自分が押しつぶされる情景がよぎった。深莉はとっさに術を解除し、璃雪から距離をとる。深莉の近くの墓石が彼女の代わりに崩れた。
「あら、惜しいですわ」
璃雪が飄々と言った。彼女は深莉よりも術での戦いになれている。深莉は基本的には軍師なので、それほど術者としての腕には自信がないのがあだになっている。
信力、ではないが、信じるほど力が強くなる、と言うこともある。思い込みと言うのは結構大きいもので、思い込みで風邪が治ったりもするし。今、深莉は、おそらく璃雪に気持ちの面で負けている。
「お前、そんなに術での戦いを望むなら、私の実家に行けばよかろうが。みんな、全力で相手をしてくれるぞ」
長兄の貴新も、引きこもり気味の次兄も、術者としての腕は深莉より上だ。ただ単純に霊力、と言う点では深莉の方が上かもしれないが、彼女は官吏になる道を選んだ時点で、術者となる道を放棄している。
たぶん、彼らの方が全力で璃雪と遊んでくれるし、いい勝負ができるだろう。
だが、璃雪はしれっと言った。
「あら、いやですわ」
「なんだと」
「だってわたくし、深莉様のことが好きですもの」
「ありがた迷惑な話だ。他を当たれ」
ばっさりと切り捨てた深莉であるが、璃雪は気にせずに「だって」と言葉を続ける。
「一目ぼれなんですもの」
「は?」
「わたくし、深莉様に一目ぼれをしたのですわ」
意味が分からん、と思っていると、璃雪は親切にも説明してくれた。
「わたくしと同じ、霊力の強いものが持つ瞳の色! なのに、深莉様は普通の方と変わらないようにお過ごしで、しかもそれが楽しそうに見えましたの。術者としての素晴らしい才能を持ちながら、術者ではなく、かといって力を否定するわけでもなく、むしろ利用している。俄然、興味がわきましたの」
璃雪の術に合わせて地面が揺れる。璃雪は地に関する術に親和性があるらしい。対する深莉は、比較的天に属する術が得意だ。神器・風天を持っていることもあり、天候を変えるほどの術だって、不可能ではない。
大地が揺れ、風が荒れ狂う。しかも天気が悪くなってきた。すべて深莉と璃雪の術の作用であるが、何も知らない人が見れば天変地異かと思うかもしれない。局地的な作用だけど。
「あなたと仲良くなりたくて、二年前、ちょっとちょっかいをかけてみたのですけど、失敗してしまいましたぁ」
二年前……って、叡香殺害の件も璃雪が糸を引いていたのか。もうさくっとやってしまっていいだろうか。
「深莉様も全然お相手してくださらないし。ですから今日は、倒れるまで、お付き合いくださいませね!」
深莉の足元が陥没し、背後から土の槍が現れた。深莉は干将を引き抜き、それを打ち砕く。ひとまず陥没した地面から脱出し、雷を落とすがはじかれた。さらに自分に向けて突き出された土の壁を切り裂く。と、死角から僵尸が現れた。
「禁!」
とっさにいつもの方法で障壁を作る。僵尸が霊力で跳ね飛ばされた。
「深莉!」
子俊に呼ばれて声がした方向を見た。子俊が璃雪の術に掴まっていた。深莉は干将を逆手に持ち直し、術を上乗せして投げた。干将が術を切り裂く。子俊は地面に突き刺さった干将を左手で引き抜くと、莫邪と共に璃雪に肉薄した。いや、お前では無理だ。
だが、深莉にも僵尸が迫ってきた。顔は叡香であるし、いつもにこにこ笑っていた彼の顔が無表情だと違和感がある。
深莉は術ではなく、力技で対抗した。すなわち、走って迫ってきた僵尸の襟元をつかみ、その勢いのまま投げ飛ばしたのである。もちろん、骨の一本や二本、折れたくらいで動きを止めない僵尸だ。投げ飛ばされたくらいではびくともしない。しかし、僵尸の背後から子俊が干将莫邪を振るった。僵尸の体が切断される。璃雪が「まあっ」と声をあげた。
「お二人とも、すごいですわね!」
璃雪はそう言いながらも術を放ってきた。その術の圧力に、深莉は一瞬よろめく。だが、深莉はそれを打ち消すように性質が対極に位置する術を使い、そのまま璃雪に向かって走った。わかっていたことだが、璃雪は武術に関する能力はないだろう。
なら初めから白兵戦に持ち込めばよかったのだが、近づくのが難しいのだ。今、僵尸を失ってできた一瞬の同様の間に術を打ち破って肉薄。璃雪が目を見開く。
「卑怯な!」
「貴様にだけは言われたくないな!」
深莉は璃雪の右手首をつかむと、右手手刀を彼女の首筋に叩き込んだ。気を失った彼女を支える。
「……終わったか?」
「何とかな。お疲れ様」
「おう……お前、干将の鞘かせ」
そう言えば、深莉が干将を持っていたので、鞘も彼女が持っていたのであった。
「悪いが取ってくれ」
と言うと、子俊は呆れた表情をしながらも深莉の帯から鞘を引き抜いた。彼は干将莫邪の二本ともを手に持つ。それを見て深莉は言った。
「いや、子俊。璃雪を運んでくれ。私がそれを持つ」
「……構わんが、目を覚まして術でも使われたら俺にはどうしようもねぇぞ」
「わかってる。仮に術封じをしてあるから、運んでいる間くらいは大丈夫だ」
深莉の力量が及ばない部分については、まだ近くにいるであろう弟の嗣悠を呼ぼうと思っていた。
さて。榮河たちはどうなっているだろうか。
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あと2話。




