四話
「あ、待っていたのよ!」
淡紅色の深衣をまとった少女、美蘭がこれ見よがしにむくれて見せた。それから、皓月の隣にいる静花を見てぴたっと動きを止める。
「……ええっと、どちら様かしら……」
「姪の静花です。静花、こちら、美蘭陛下。年が近いので、話し相手にでもいかがかと」
ざっくりした皓月の紹介を受けた静花がとりあえず、というようににっこり笑う。
「お初御目文字仕ります。周静花と申します。学術院で武科挙講習を受けております。よろしくお願いいたします」
「あ……えっと、皇帝をやっております、李美蘭と言います。初めまして」
静花の意外に丁寧なあいさつを受けて、美蘭も思わず丁寧なあいさつをする。
後宮の庭の東屋で、お茶とお菓子を出される。美蘭と静花が向かい合って座っているのもあって、お見合いのようである。聞いていることも「えっと、おいくつ?」と言うようなことなので、余計にお見合いじみている。
「面倒見が良いですね、周侍郎」
「翠凜か。久しいな」
「相変わらずですね、周侍郎は」
後宮の女官長、翠凜である。皓月よりいくらか年上の彼女は離れたところから腕を組んで姪と、かつての盟友の妹を見守る皓月を見上げた。
「相変わらず、お人よし。おひとりでいらっしゃる主上を放っておけなかったのでしょう?」
「さて、どうなのだろうな。ただの偽善かもしれん」
皓月がそううそぶくと、翠凜は「まあかわいらしくないこと」と小さく笑った。
「お見合いみたいですね、あの二人。静花も割と凛々しいお顔をしていますし」
でも、周侍郎とはあまり似ていませんね、と翠凜。当然だ。静花は母親似なのである。
「まあ、性格は合わぬだろうな、あの二人」
「……なんで会わせたんですか」
翠凜に突っ込まれ、皓月は口を開いた。
「性格が合わないからと言って、友達になれないわけではない。より多くの人間と触れ合うことは、主上にも静花にも大切だろう」
「……なんて、もっともらしいことを言っていますけど、やっぱりお人よしなだけじゃありません?」
「さて。好きなようにとってくれて構わんよ」
皓月は肩をすくめて翠凜のからかいを受け流した。
「あのぉ、周侍郎」
そこに、声がかかった。まだ少女と呼べる年齢の女官が遠慮がちに声をかけてきた。表情筋が仕事をしない皓月は真顔のまま「なんだ」と尋ねた。女官がびくっとする。
「どうしたの? こんな顔だけど、怒っているわけではないから」
翠凜が女官に話しかける。皓月に対して結構ひどいことを言っているが、ツッコミを放棄した皓月は傍観していた。
「あの、刑部の方がいらっしゃって、周侍郎に急ぎの用があるとおっしゃっているのですけど……」
女官が困ったように言った。皓月はちらっと翠凜と顔を見合わせる。
「そうか。では翠凜、しばらく静花を頼む。半刻ほどで戻って来よう」
「わかりましたわ、周侍郎。ちゃんとお迎えに来て下さいね」
「承知した」
相変わらず硬い口調で皓月はうなずくと、ほっとした様子を見せる女官について後宮の出口に向かった。
「あ、周侍郎!」
「梓宸か。どうした」
女官に軽く手をあげて礼を言い、皓月は迎えに来た部下に尋ねる。新人官吏は「とりあえず、一緒に来て下さい」と皓月の袖を引っ張る。上司に対してなんだ、と思いつつも、もともと気性が穏やかである皓月は特に注意もせずに引っ張られていった。
「おう、戻ったか」
「どうしたんですか、卯侍郎」
刑部のもう一人の次官である卯侍郎に声をかける。卯侍郎はにやっと笑って書簡を皓月に見せる。
「兵部からの書類だ。どう思う?」
「どう、と言われてもだな……」
とつぶやいた皓月であるが、「ん?」と声を上げる。何か見たことある。
「気づいたか。この時と同じような案件なんだと。当時の処理者がお前だったから、意見を聞こうと思ってな」
「……ふむ。これはどうしたのだったか……」
皓月は顎に指を当てて思い出す。まだ皓月が兵部にいたころの事件。軍事に関わるが、刑部にも関わること。確か、刑部と相談して決めたはずだが。
もう一度皓月が処理したと言う書類を見る。確かに、皓月の本名が書いてあった。
「……確か、私と刑部の官吏とで話し合いをして妥協点を見つけたはずだ。それから、大理寺にも間に入ってもらった、はず」
「珍しく記憶があいまいだな」
卯侍郎に突っ込まれ、皓月は「ああ」とうなずく。
「ちょうど、このころに妖魔戦争が始まったからな」
「あ~」
ずいぶんと昔に感じる。まあ、八年前なんて、そんなものか。
「まあ、普通に兵部と共同で処理を進めればいいのではないか? さほど頭を悩ませる問題でもなかろうよ」
「あのな? 世の中みんな、お前みたいに天才じゃないんだよ」
卯侍郎に言い聞かせるように言われた。何となく釈然とせず、皓月は目を細めた。
「私は天才ではない。というか、私の名が書いてある時点で、兵部が主導で進めるべき案件だろう」
と、皓月は兵部の官吏に向かってびしっと言った。皓月と年が変わらないくらいのその官吏はうなだれた。
「そうですね……お邪魔しました」
ちょっとかわいそうになった皓月は、その官吏に当時のことを思い出せる限りのことを話してやった。その様子をにやにやと見ていた卯侍郎が言った。
「やっぱり、甘いねぇ、周侍郎は」
「何を馬鹿な。卯侍郎こそ、周りに優しいではないか」
「だってそれは、結局は自分のためだからな」
平然と言ってのけた卯侍郎に、仕事中の官吏たちがびくっとした。皓月は目を細める。
「私には、違いが良くわからん。確かに私は甘いかもしれないが、必要とあれば、今この場にいる全員に『死ね』と命じることもできるだろう」
また官吏たちがびくっとした。今頃みんな、うちの上司はなんつう人たちなんだ、と思っていることだろう。
「そうやって、自ら修羅の道をゆくのか、お前は」
「余計なお世話だ。人を待たせているのでな。半刻後にまた戻る」
「はいよ」
卯侍郎の見送りを受けながら、皓月はまた後宮に戻った。東屋には気まずげな空気が漂っている。
「翠凜」
「ああ、周侍郎。さすがにそろそろ限界のようですわ……」
ほっとしたように翠凜が言った。今来た皓月にもはっきりわかるほど、美蘭と静花の間に流れる空気は重かった。皓月はざくざくと歩いていって、声をかけた。
「主上、御前、失礼いたします。静花、そろそろ時間だ」
「あ、うん」
静花が皓月の言葉にほっとしたように立ち上がる。同じく立ち上がった美蘭に、叔母と姪はそろって拳を掌で覆う礼をとる。
「それでは主上、姪がご迷惑をおかけいたしました」
「主上、お相手いただき、ありがとうございました」
「あ、ええ……またいつでもいらしてね」
なめらかな挨拶をする周家の二人に対し、美蘭は少し戸惑った様子を見せていた。帰りの馬車に乗りこんだ皓月は、やはり進行方向向きに座った。
「静花、主上はどうであった?」
我ながらざっくりした質問だと思ったが、静花はうまく受け取ってくれたらしい。少し顔をしかめ、言った。
「なんていうか……気が弱いね……すごく顔色うかがわれたもん」
「……そうか」
やや人見知りの気があるのは確かだろう。だが、それだけではない。育った環境が、美蘭を卑屈な性格にしている。わかっていながら何もしなかった、皓月の責任でもある。
「ま、気が合わんかもしれんが、たまに話し相手になってやってくれ」
「えー、いい人だとは思うけど、ずっと気を使いたくないんだけど」
まあ、それはそうだ。皓月だって、初めて美蘭やその兄叡香に会ったときは緊張した。
「……いつか、まだ見ぬ先に、お前と主上が一緒にいることで生まれる結果がある。それを、私は見たいと思うのだよ」
「……何それ、予言?」
「予言ではない。どちらかと言うと占いだ」
確かに、予知夢のようなものを見ることはあるが、必ず当たるわけではないし。ただ、一つだけ言えることは。
「そう遠くないうちに、お前と主上は無二の親友になる。それは確かだ」
彼女たちの未来を縛っているようで心苦しいが、そうなればいいな、と皓月を思うので、そうなるように手を貸すつもりであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最初の方、あんまり子俊が出てこない……。




