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月の異名  作者: 雲居瑞香
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三十九話









 姪っ子の静花ジンファに散々な言い方をされている深莉シェンリーであるが、彼女は戦わせればそこそこ強い。妖魔戦争でも後方支援に徹していた榮河ロンファとは違い、総司令官であった叡香ルイシャンの影武者を務めることもあった深莉は、それなりの戦闘力を有する。まあ、彼女特有の術式で強化していたのは否定しないが。


 とはいえ、彼女に神器の一つである干将は重たかった。宝物庫に納められている神器はいくつかあるが、何故よりにもよって干将莫邪なのか。確かに、退魔の力は納められた神剣の中では最も強いだろう。

 恩豪エンハオに神器を預けたのは女帝・美蘭メイランらしい。と言うことは、彼女が選んだのか。

 神器・風天ふうてんは深莉が妖魔戦争時に叡香から下賜されたもの。干将莫邪は子俊ジジュンが妖魔戦争時に貸されたものだ。そのため美蘭は選んだのだろうか。

 当時、深莉も叡香から別の神剣を貸与されていたが、その剣は叡香の遺体と共に棺に納められている。

 と言うわけで干将を借りているのだが、これが重い。


「いや、でも姐さんかっこいいよ。悔しいけど」


 と評したのは静花だ。しっかりと男装をした深莉は、どこからどう見ても見目麗しい青年にしか見えないと評判である。そもそも、二年前の時点で叡香の身代わりを務められるくらいなのだから、そんなものだろう。

 悠々と歩く深莉たちの側を、武官たちが駆け抜けていく。それをちらっと見た王宇ワンユが言った。


「本当に、わからないものなんですね……」


 自分たちを探しているはずなのに、自分たちを無視していく。今は深莉の術がかかっていて意識をそらしているから、と言うのもあるが、それにしても驚くほど気に止められない。

 今、深莉たち五人は全員で大通りを移動中である。深莉の「こそこそした方が目立つ」という意見が採用され、堂々と歩いている。先ほども言ったように、深莉の術で目くらましはされているが。

 本当は、非戦闘員である榮河や王宇、それに静花は置いてきたかったのだが、その間に襲撃を受けても困るので集団行動である。

 戦闘員は子俊と深莉の二人。場合によっては、深莉も役に立たない。静花は武官の訓練を受けているが、戦力として数えるつもりはない。

「というか、俺達どこに向かってるんだ?」

 子俊が尋ねた。そう言えば言っていなかったか。

「今は亡き、懐かしい友の元へ向かっておるのだ」

「……」

 深莉の言いように何か言いたそうな表情をしていたが、結局何も言わなかった。言いたいことはわかっただろうし。


 そう。彼女らは、叡香の陵墓へ向かっているのだ。この国で、たぶん、ジョウ家の邸の次に霊気に満ちた場所。そこできっと、璃雪リーシェは待っている。深莉が来るのを。

 巨大な墳墓を作っていたのは、もうはるか昔の話だ。力で中央平原を制圧したと言われる女帝のころですら、巨大墳墓はもう存在しなかった。皇家の陵墓は立派であるが、それほど巨大でも華美でもない。

 陵墓の一番新しい墓。そこに、叡香は眠っている。こんな時でなければ花の一つでも手向けるのだが。ちなみに、皇家の陵墓は許可なしに入ることはできないので、立派に不法侵入である。


「まあっ。来て下さってうれしいですわ!」


 本当にうれしそうにその女性は声をあげた。黒い髪に赤い瞳の小柄な女性。璃雪だ。彼女はあろうことか叡香の墓石に腰かけていた。

「てめぇ……!」

 子俊が目を怒らせる。いかにか弱そうに見える女性と言えど、友人を辱めるような相手には容赦がないらしい。璃雪は堪えた様子もなく、「まあ怖い」とくすくす笑っているが。それがより子俊を苛立たせる。

「先代様は、あなたの恋敵なのではありませんの? それとも、あなたの思いなど大したことはなかったのかしら」

「この……っ」

 今にも斬りかかりそうな子俊の肩をつかみ、深莉は一歩前に出た。

「璃雪。それくらいにしたらどうだ。そして、そこから降りろ」

「いやですわ。深莉様が怒ってくださるのなら、破壊しても構わないと思っていますの」

 と平然とのたまう璃雪である。彼女には死者に対する尊厳がないのだろうか。深莉よりも、隣で怒気を立ち上らせている子俊が気になる。深莉は榮河を振り返る。

「……榮河。悪いが、三人で行けるか」

「任せろ。しっかり疑いを晴らしてくるからな」

 と榮河は頼もしく言ったが、本当に大丈夫だろうか。まあ、静花と王宇もいるし、深莉御手製のお守りも持っているから大丈夫だと思うけど。


 本当なら、深莉が禁城まで送り届けるはずだったのだが、仕方がない。

「あら。逃がしませんわ」

 璃雪が視線を榮河たちに向けたので、深莉がそれをはねかえすための術を使う。璃雪がぱっと手で目元を覆った。

「やっぱり、気のせいではなかったのですわね。深莉様、主上に鏡返しの術を施されたでしょう」

「それが何か?」

 美蘭の同意を得て、深莉は彼女の瞳に鏡返しの術をかけた。十年前のことだ。まだ、叡香が生きていたころ。

 深莉の鏡返しの術は、洗脳などの精神支配系の能力をすべてはねかえす。欠けてからこれまで一度も効果を発揮しなかったのだが、ちゃんと効いたらしい。政治の世界には璃雪のような術者を雇うようなものも多く、それらから幼い妹を守るため、叡香が許可をしたのだ。当時、美蘭本人にも説明したが、叡香が亡くなり、美蘭が登極するときにも説明してある。だから、「それが何か?」なのだ。

「いえ、皇帝陛下に術をかけるのはいかがなものかと思いましたの」

 などとうそぶく璃雪に対し、深莉も言い返した。


「鏡返しのことを知っていると言うことは、貴様も術をかけようとしたのだろう」


 人のことは言えん、と深莉は目を細める。ふぁさっと手に持った羽扇が風に揺れた。

「……深莉。一思いに切り捨てていいか?」

「返り討ちになってもいいのなら、どうぞやってくれ」

 暢気に言い争い……と言うわけでもないのだが、動かない術者の女性二人に、子俊はしびれを切らせ始めている。深莉は一度目を閉じると、そっとまぶたをあげた。碧の瞳が赤い瞳を見つめ返す。

 赤い瞳は支配力が強い。碧眼は霊力が強いだけだと言ったが、実は、それだけではない。碧眼は未来視の力が強いのだ。


 碧眼は強い霊力を持つことを示す。そのため、一般的に術者は占い師と脱素びつけられることが多いのだ。未来視があるから。


 これは、支配力と未来視の戦いなのである。


「……俺、出る幕ねぇんじゃねぇの……」

 などと言いながらも、子俊は深莉の側を離れないだろう。彼も彼で、二年前、深莉と叡香の側から離れたことを後悔しているのだ。

 あの時、捕らえられた深莉と叡香が二人きりだったのは、他の護衛がすべて殺されたからだ。榮河はいつも通り後方支援だったし、子俊は最前線で指揮を執っていた。だから、総指揮官の叡香と、軍師兼身代わりの深莉しかいなかった。まあ、身代わりになる暇すらなかったけど。近づかれればさすがに性別でばれるので、意味ないし。

 深莉の周囲の空気が震える。術を使うのだ。神器を持っていると、呪文や印をきるのをはしょれるので便利。

 深莉が干渉していないところで、墓石がずずっと動いた。こちらは璃雪の術だろう。墓石が動き、そして、墓穴からのそりと起き上がったのは。

「ふふふ。あなた方のお相手をするのはこの方よ!」

 璃雪がはしゃいだ口調で言った。「んな!?」と声を上げる子俊に対し、深莉はやや冷静だった。


「……さすがに僵尸キョンシーはないわ……」


 その僵尸は、生前の姿のままの叡香の姿をしていた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


あと3話の予定です。

ちなみに、璃雪は深莉を逆から読んだだけ。

シェンリー→リーシェ

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