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月の異名  作者: 雲居瑞香
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三十八話








 先帝・叡香ルイシャン亡きあと、晶皇国の政治中枢の派閥はいくつかに分かれている。大きく分けると、先帝派、皇太后派、中立派、と言ったところか。しかし、実際にはそうした枠組みに分けることができない複雑さがある。

 まず、深莉シェンリー榮河ロンファなどのかつて叡香の側近を経験した者たちは、先帝派、と呼ばれることが多い。今回、この一派を一掃しようとしているのではないか、と言うのが榮河と深莉の読みだった。

 叡香は実力主義だった。彼が政治に関して私情を挟まないことは、先帝派と呼ばれる人たちにはわかっている。深莉も、以前よりよく理解しているつもりだ。彼は、深莉を愛していた叡香は、彼女を力ずくで手に入れるのではなく、より有益に、官吏として使うことを選んだ。


 かといって、友人の深莉や子俊ジジュン、榮河を贔屓するようなこともなかった。今から考えればこき使ってくれやがったなぁ、くらいの感想である。いや、本当に当時はいろんな地方にとばされたりしたし。


 閑話休題。とにかく言いたいのは、叡香は実力主義だったので、彼を慕うものは有能なものが多いと言うことだ。


 彼に近すぎてとばされることになったが、礼部尚書・榮河、刑部侍郎・深莉、学術院教官・子俊、吏部尚書・欧陽オウヤンシャオアン刑部尚書、御史台の王中丞。比較的、中書省に先帝派が多いと言うことか。ちなみに、深莉の同期である戸部のソン尚書も先帝・叡香に見いだされた人物だ。

 ひとまず、彼らは、いい。置いておこう。彼らは深莉たちのやることに口出ししないだろうし、危険と思えば切り捨ててくれる人たちだ。


 問題は、複雑に入り組む皇太后派と中立派である。


 現在の皇帝・美蘭メイランは、無理やり分けるとしたら中立派に入るだろうか。やや兄の側近たちに頼っているところがあるが、そもそも彼女は皇帝になるべくしてなった少女ではないので仕方がない面もある。彼らが当時、政治を動かしていたのだから。ついでに言えば、面識があるのも彼らのうちに多かったと言うことだ。

 皇太后派は、簡単に言えば先帝派を排除したいと思っている人たちだ。皇太后が彼らを疎ましく思っていることに便乗しているのだろうと思う。皇太后は、叡香が死んだのは彼らが叡香をそそのかしたからだ、と思っているのだ。いや、完全には否定できないが、深莉たちに叡香をそそのかすなど不可能だ。彼は、確かに、本物の皇帝だった。


 皇太后派はなんというか、考えが浅はかすぎて正直相手にならない。しかし、それなりに身分はあると言う事実がある。貴族階級に多いのだ、皇太后派が。

 貴族であるが女性である深莉も、能力はあるが下級貴族である榮河も、金はあるが商家の出身である子俊も、この皇太后派には見下される存在なのである。ついでに言えば、深莉には『叡香が好きだった女』という事実もある。いや、たぶん、事実。最近ちょっと自信がなくなってきた。

 叡香が生きていれば、皇太后が権勢を誇ることなどなかっただろう。今もそうだが、深莉たちが排除されればどうなるかわからない。ただ、皇太后は『皇帝の母』ということに執着しているような気がするから、あまり深く考えていないような気もする。


 最後に中立派と呼ばれる存在である。先帝派にも皇太后派にも属さないのでそう呼ぶが、三つの派閥に分けると中立派が最大派閥だ。もちろん、一枚岩ではない。

 そもそも、晶皇国では女帝・美蘭を皇帝として認めるか否か、という問題もある。昔、晶皇国の前身の国が大陸の東側ほぼ全域を手中に収めた時、皇帝だった女性がいると言う。力ですべてをねじ伏せたその女帝以降、女性の皇帝は誕生していない。もしかしたらいるのかもしれないが、文献の中には確認できなかった。


 中立派とは言うが、別に中立を保っているわけではない。先帝派よりのものもいるし、皇太后派よりのものもいる。美蘭を皇帝と認めている者もいるし、認めていない者もいる。皇太后を追いだそうとしている者もいれば、深莉たちを追いだそうとしている者もいるだろう。

 今回の件。璃雪リーシェを宮中に引き入れたのは皇太后だと言う。と言うことは、皇太后派が今回の主犯か、とも考えられるが、深莉たちの追放を決められるほどの権力を持つ者が、皇太后派の中にはいない。

 と言うことは、中立派の誰かが絡んでいる可能性が高い。おそらく、深莉たちを良く思っていなくて、自身が権力を掌握したいと考えている者……。

「駄目だ。やはり私は勢力闘争には向かんらしい」

「あきらめるなよ。いい線まで来てるぞ」

 円卓の上で伸びた深莉に、榮河が苦笑を浮かべる。たぶん、榮河ならすぐに答えを出せることを、彼は深莉に考えさせている。今まで深くは考えてこなかったのだが、これからは深莉に必要なのだ。美蘭を守るためには、誰が敵であるかを見極めなければならない。


 むくれた深莉の頭を子俊が撫でる。榮河ではないのは、彼女がまだ榮河にその行為を許していないからだ。いや、昔は普通になでられていたのだが、二年前に叡香が目の間で殺された時、男たちに取り押さえられていたのだが、そのころから本当に駄目なのだ。

「皇太后が私たちを疎んじているのを利用して、誰かが私たちを排除しようとしているのは明白で……。私たちがいなくなれば、すぐに美蘭様の立場は崩れ去るのにそんなことをすると言うことは、相手は美蘭様のことなどどうでもよいと思っている者。と言うことは、権力が欲しい……」

「いい線まで来てるけど、ちょっと方向を修正して」

 榮河にダメ出しされて、深莉はうなった。軍師である深莉としては、今すぐ動いて敵を排除したい。だが、榮河先生は結構厳しかった。しかし、彼も時間がないのはわかっているはずなのにこうして深莉を試していると言うことは、彼女が考えればすぐに答えが出ると言うことなのだ。


「ええっと……おそらく、相手は晶皇国の今後のことなんて考えていない、ということで……」


 今、深莉、榮河、子俊を排除すると言うのはそう言うことだ。緊急時に動ける人間が減るのだから。それなりに叡香のやり方を見ている美蘭は、緊急時に最も対応力の高い人間、つまり、彼女らを動かそうとする。それができなくなるのは痛い。

 しかし、晶皇国の未来を考えていないのだとしたら、権力を欲していると言うのはおかしいか。新しい王朝を立てたいのだろうか、とも思ったが、閉じた瞼の裏に、以前璃雪に見せられた燃え上がる京師が映る。いや、それも考えにくい。


「深莉、たとえ話だ。子俊が、お前が大切にしているものを壊した。子俊は壊したのは自分じゃないと言い張る。自分だと言えば、深莉が怒るとわかっているからだ。子俊が行ったのは……」

「あっ。保身!」

「おい! 今の答えにたどり着くまでの道のりが悪意しか感じられねぇぞ!」


 まるで十年前に戻ったかのようなやり取りだ。恩豪エンハオはすでに帰っているので、残っているのは静花ジンファ王宇ワンユであるが、二人とも半目でこちらを見ていた。

「仲よ過ぎでしょ……」

「緊張感がないよね」

 二人とも苦笑している。叡香ならここに容赦なく茶々を入れて来ただろうな、と少し懐かしむ。

「つまり、皇太后をそそのかして私たちを排除しようとしている人物は、保身を考えている……つまり、叡香が死ぬ原因を作った人……」

「そう言うこと。ただ、謎なのはどうしていきなり、私たちを排除しようとしたのか、だが……」

「別に俺たち、何かの情報をつかんだ! とかないしな」

 榮河と子俊が首をかしげているが、それならわかる。

「それは、璃雪が吹き込んだと言うことだろう。偽情報を流すのは、戦いの基本だからな」

「お前、戦の基本がわかってるのになんで勢力闘争には疎いの」

 榮河が呆れたように言った。確かに、実際の兵力をぶつける戦も、勢力闘争も同じだろうと思う。だが、深莉が今まで考えなかったのは。

「榮河や、叡香がいたからだろうな……」

「まあ、俺も考えてないし……」

「それは知ってる」

 榮河と深莉の言葉がかぶった。子俊がちょっといじける。


「ねー、姐さん。勉強の時間終わった?」

「つまり、どういうことですか」


 静花と王宇が説明を求めてくる。深莉は「うむ」とうなずいた。

「今すぐ動かないと危険。いろんな意味で」

「意味わかんない!」

 静花から苦情が飛ぶ。深莉はもともと詳しい説明をせずに兵士を行かせるような軍師だったので、通常営業ではある。当時、それくらい信頼関係があったのだ……。

「皇太后の裏にいる権力者はその後のことなんて考えてないんだよ。だから、当面の敵は、あの巫女の嬢ちゃんだな。つまり、主戦力は深莉」

 榮河が詳しく説明した。静花が呆然とする。


「何それ……あたしらが生き残れる未来が見えない……」


 とりあえずこの子、失礼すぎると思うのだがいかがだろうか。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


説明回で、作者の頭も混乱しています。


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