三十七話
この家は、何かあった時のために深莉が購入した、文字通りの隠れ家だ。偽名で購入したので、正確には深莉の所有物ではないが。中には保存食や武器など、様々なものがしまわれている。さらに、彼女が自分の邸宅に施した守護術以上の守りが施されている。これは単純に家の広さの問題で、邸宅は広すぎてどうしてもあれ以上強力な術式がしけないのだ。
ひとまず、動きやすい恰好に着替える。備蓄を確認していた深莉は、家の敷地に何者かが踏み込んだのを確認して顔をあげた。
「子俊」
「はいはい」
子俊が立ち上がる。来るときは手ぶらだった彼だが、今はこの家に置いてあった剣をもっている。普段、彼が持っているものとは比べ物にならないほど質の悪いものだが、妖魔を相手にするわけではないないのであれで十分。
しばらくして、子俊が戻ってきた。誰かが一緒だ。
「姐さん!」
怒った様子の静花が一緒だった。もちろん、ここまで彼女を連れてきた王宇も一緒である。怒る静花に対し、深莉は平然としたものだ。
「うむ。元気そうで何よりだ」
「元気そうで、じゃないわよ! どういうこと!?」
怒り心頭、と言えばいいのだろうか。説明もせずにつれだしたので、怒っている。まあ、武官になるべく京師に上がってきて、学術院にも入学したのに、こんなところでつまずいていれば怒りたくもなるだろう。
深莉は一度深呼吸すると、姪に向かって頭を下げた。
「すまん。これは完全に私の詰めの甘さが招いたことだ。申し訳ない」
「え、ええっと。そうなの?」
深莉が勢いよく謝ったため、静花の勢いがそがれた。深莉は「ああ」と顔を上げる。
「二年前に、全てを清算しておくべきだった」
すべては、叡香が殺された時に始まっているのだ。
「……まあ、詰めが甘かったのは私たちも同じだ。あまり、深莉ばかりを責めないでやってくれ」
榮河が静花に向かって言った。静花は唇を尖らせたが、「榮河さんが言うなら」と落ち着いた様子を見せた。そして、何故映画の言うとこなら聞くのか。
「とりあえず、これで全員でしょうか」
王宇が首をかしげた。総勢五人。これで全員である。
「王宇は戻ってもいいぞ」
「この状況で? 僕が捕まっちゃいますよ」
と、王宇は肩をすくめた。それはそうか。たぶん、静花を連れ出したところを見られているだろうし。王宇は御史台の王中丞の親戚なので、口を効いてもらえる可能性もあるが。
「え、これって捕まっちゃう系の話なの?」
今更静花が驚いたように言った。深莉は「うむ」とうなずく。
「何しろ、私たちは先帝・叡香を殺害した犯人らしいのでな」
「……」
間。
「……え、それ、本当?」
だいぶ間を置いてから、静花が尋ねた。これには深莉が答える。
「そんなわけなかろうが。いくら私が人間から一歩踏み外していようと、人の道まで踏み外すつもりはない」
「自覚あるのか」
子俊である。さすがに失礼すぎるので、深莉はひとまず彼を蹴っておいた。榮河がそれを見て「仲いいなぁ」と苦笑する。
「ま、今はそれよりも状況確認だ」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
深莉は片手をあげて榮河を止める。再び、境界を越えてきたものがいる。子俊は深莉の指示を待たずに玄関に向かった。しばらくして、剣戟の音が聞こえてきたので、深莉は弓矢をつかんですっ飛んで行った。
「って、何をしておるのだ貴様ら」
「お、珍しい皓月のツッコミ!」
と、嬉しそうに言ったのは禁軍将軍の恩豪だった。どうやら、恩豪が出合い頭に襲ってきたので、子俊が応戦していたらしい。弓に矢をつがえていた深莉も弓を下ろす。
「そんなことはどうでもよいのだ。何かあったか」
「うん。何かあったから、君たちはここにいるんだろ」
にこっと笑ってそううそぶく恩豪に、子俊が半分怒った様子で「そう言うことじゃねぇんだよ」とつぶやいている。何やら大荷物だし、この人、何をしに来たんだろう。
「私たちを突き出すつもりならそれでもかまわんが」
「そんなことしたら、あの術者のお嬢ちゃんに国を乗っ取られちゃうよ。とりあえず、中に入れてくれる?」
「……」
深莉は無言で手で中に入るように促した。恩豪のあとに深莉が入り、最後が子俊である。
「あれ、将軍」
この声は静花だ。思ったより人が集まってくるので驚いているのかもしれない。
「やあ、静花ちゃん。ちゃんと保護されたみたいで、よかった」
「保護……されてるんでしょうか」
疑わしげに静花が眉をひそめた。それには榮河も王宇も苦笑である。
「ま、それはいいや。君たちにお土産」
大荷物の中から恩豪が取り出したのは剣だった。それを子俊に向かって投げる。その剣を受け取り、鞘を見た子俊は驚愕する。
「これ、干将莫邪じゃねぇか!」
「うん。あ、皓月にはこっち」
「ありがとう。久しぶりだな、風天」
深莉は子俊とは違い、ためらわずに差し出された白い羽扇を受け取る。神器・風天だ。妖魔戦争の時、深莉が使用した神器であり、戦争終結後は宝物庫に納められていた。深莉が先帝・叡香から下賜されたものであるが、あくまで叡香が生きているときに使用するのに限るので、今、深莉の手元にあるのは本当はおかしい。
「皓月も剣が必要だったら子俊から一振り借りて。皓月なら干将のほうが相性がいいかな」
干将莫邪は夫婦剣であり、干将が男、莫邪が女であるとされる。そのため、女性は干将を扱う方が易い、と言われるのだ。
「いや……そもそも重さが……どうせなら青釭倚天剣の方が……」
「確かに、女性の細腕には重いかもね。頑張って」
「……」
恩豪が容赦なく言った。ひとまず、子俊から干将を受け取る。やっぱり重い。
それで、現状である。
「皓月の見立て通り、君たちは先帝・叡香を殺害した犯人と言うことで捕らえるように命じられた」
恩豪が真剣な表情で言った。深莉は「やはりか」とため息をつく。子俊が首をかしげた。
「その場で切られるもんだと思ったんだが」
「本当の謀反人ならな。だが、私たちには証拠がない。現状証拠だけで行くのであれば、確かに私は怪しいだろう。だが、それだけで御史台の王中丞が捕縛許可を出すとは思えない。これは強権で押し通したが故だろうな。禁軍にまで命令がいったと言うことは、今、主上は身動きが取れないのだろうな」
「……さすがの洞察力で」
「私ならそうすると言うだけだ」
恩豪の言葉に、深莉はため息交じりに返した。さすがに、女帝・美蘭は連れてこられないので、まんまと人質である。しかし、彼女の身については心配するだけ無駄だろう。皇太后も、彼女が最後の実子だ。彼女を失えば、権力を保てなくなる。さらにその背後で皇太后を操っている連中が問題であるが……。
「今のところ、御史台と中書省は反発していると考えていいよ。王中将も、欧陽尚書も捕縛許可を出していない。まあ、みんな皇太后のわがままだと思ってるよ」
という恩豪の見解に、深莉と榮河は顔を見合わせた。子俊と静花ははじめから脳筋のきらいがあるので当てにしていないし、王宇は少し不思議そうな表情をしている。
「……とりあえず、御史台と吏部が許可を出さないのなら、私たちはただの謹慎中と考えられるが……」
「ちょっと妙だな」
「妙?」
深莉と榮河と言う官吏二人の釈然としない言いように、恩豪が尋ねる。こうした勢力争いに関しては、榮河の方が慣れているので彼に任せる。
「いや、ほら、皇太后は別に実権があるわけじゃないだろ。確かに、主上の母親で、国母ではあるわけだけど、実際に政治に影響を与えられるわけではない。もし、そんなことができるなら、私たちは二年前の時点で放逐されていたはずだ」
「……うん、まあ、確かにね」
納得したようで恩豪がうなずく。榮河は指で顎を撫でる。
「つまり、皇太后の後ろに、さらに彼女をそそのかしている黒幕と言える人物がいるはずだが……」
「それがあの巫女をした女の子なんじゃ?」
「あの子は、別に政治的権力を持っているわけじゃないだろ」
「あ、そうか」
そう。璃雪はそそのかした一人であるかもしれないが、政治を動かせるわけではない。だから、他にも動いている派閥があるはずなのだが……。
これは勢力図をもう一度考えてみる必要がありそうだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
神器の名前は、ちょっと考えるのが面倒だったのです…。




